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翻訳蒟蒻

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#短編

【短編訳】 赤い部屋 (1894)

「タイムマシン」や「透明人間」や「核兵器」の生みの親H.G.ウェルズによる深淵の怪談。  私はグラス片手に暖炉のそばに立っていた。 「よっぽど幽霊らしい幽霊じゃないと、ぼくは怖がりませんよ」 「それは、あなた次第ですよ」  ジイさんが横目で答えた。その手は腕までしわしわだ。 「28年の間、一度だってお目にかかったことありませんけどね」 「世間は広うございます。見たことないものも、悲しい話も、まだまだたくさんございますよ……」  次はバアさんが答えた。暖炉にあたって炎

【短編訳】 悪魔と作家 (1899)

『どん底』のマクシム・ゴーリキーによる厭世主義の佳品。  寂滅の季節、死の季節、倦怠の季節、それが秋だ。  曇りがちな昼は涙に濡れそぼつ灰の一色で、夜は黒々しい影に浸って風が呻くばかり、すべてが魂に憂鬱の翳りをもたらしては「無常」を仄めかしている。  何もなにも生まれ、衰え、死ぬ。  なぜ? なんのために?  陰気な思考に満ちた魂は、秋が深まるにつれてますます彩りを失ってゆく。この苦々しい状態を和らげるためには妥協せねばならない。無常を引き受けることで、猜疑と絶望に

【短編訳】 最後の授業 (1873)

19世紀フランスの自然主義作家アルフォンス・ドーデによる、戦災としての「文化」の悲劇。  朝に家を出たときは、サボろうと思っていた。もう遅刻する時間だったし、まず国語の宿題をやっていない。またハメル先生にこっぴどく叱られてしまう。  暖かくて、空気の透きとおった朝、ツグミが清らかに歌っている。わざわざ行って怒られるより、このままぶらぶらしている方がいいよなあ。  そう思っていたのに、草地のむこうに演習中のプロイセン兵がいたから、急いで学校へ向かった。なるべくそっちを見な