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政治家レイシズムデータベース2023年3月

 反レイシズム情報センター(ARIC)です。

 ARICでは、政治家はじめ公人によるヘイトスピーチやレイシズムの記録を行い、データベース化しています。

 このnoteでの「政治家レイシズムデータベース」では、毎月追加したデータの中から、特に深刻なケースをこのnote記事上でピックアップしていきます。

 今月も追加した差別事例から一部を紹介したいと思います。

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 今回から数回にかけては、関東大震災発生から今年で100年を迎えること、また東京都人権部による関東大震災時朝鮮人虐殺に対する歴史否定の問題を受け、それに関連した記事を掲載していく。

 以前の記事では、関東大震災時の朝鮮人虐殺否定論の一つとして、朝鮮人による「暴動」の発生を吹聴する流言が当時の官憲の資料からしてもいかにデタラメなものであったのか等を解説した。

「政治家レイシズムデータベース2021年9月」(note)

 今回はその他にもいまだに参照され、蔓延している震災当時のデマの問題、特にこれまでの記事でも紹介してきた、毎年関東大震災時の朝鮮人虐殺を追悼する慰霊祭に対して妨害行為を行なっている極右団体「日本女性の会 そよ風」(以下、そよ風)によってなされているデマを見ていく。

 この極右団体は小池百合子東京都知事就任以降、毎年朝鮮人虐殺追悼慰霊祭の隣で慰霊祭を妨害するための集会を開催しており、そのなかでのスピーチの内容は東京都によってヘイトスピーチとして認定されている。

「朝鮮人虐殺事件否定「そよ風」集会の発言を東京都がヘイト認定」(2020/9/7、週刊金曜日オンライン)

 上記記事によれば、集会で東京都から差別的言動として公表されたものとして、下記の主張が挙げられている。

「犯人は不逞朝鮮人、朝鮮人コリアンだったのです」
「不逞在日朝鮮人たちによって身内を殺され、家を焼かれ、財物を奪われ、女子供を強姦された多くの日本人たち」
「その中にあって日本政府は、不逞朝鮮人ではない鮮人の保護を」

2020/9/7、週刊金曜日オンライン
https://www.kinyobi.co.jp/kinyobinews/2020/09/07/antena-787/

 関東大震災時に朝鮮人が殺人、強姦、強盗を行ったとする典型的な極右の主張であり、こうした主張は、「朝鮮人によって犯罪が行われていたがゆえにそれに対する防衛策として日本人によって自警団が組織されたのだ」として虐殺の正当化に結びついている。

↓下記は極右インフルエンサーによる典型的な虐殺正当化論の事例(Twitter)。

司法省の『震災後に於ける刑事事犯及之に関連する事項調査書(秘)』によると、大震災発生直後の9月1日から9月3日で、朝鮮人による事件と記録されているものは40件で被疑者数は372名。たった3日間でこれだけの犯罪をやりまくっていたら、日本人から逆襲されるのは当然。そして虐殺6500人は完全にデマ。

Twitter
https://twitter.com/nipponkairagi/status/1300981672586833926

 まずそもそもどんな理由があろうと民族を理由として一括りにして殺害することを肯定すること自体がレイシズム以外の何ものでもないのだが、ここでは極右の主張の根拠自体もデタラメであることを解説したい。

 上記のように使い古されたデマは当時官憲が出した資料によってお墨付きを得ている。その代表的なものが1923年10月に司法省によって出された「震災後に於ける刑事事犯及之に関連する事項調査書」(姜徳相、琴秉洞編『現代史資料6 関東大震災と朝鮮人』みすず書房、1963年、所収)だ。それによれば、「鮮人〔ママ〕の犯罪として明なるものは別表に掲記するが如く殺人二件、同未遂二件、同予備二件、放火三件、強盗四件、強盗傷人一件、強盗強姦一件、強姦二件…」等、当時朝鮮人が行ったとみなされた犯罪について列挙されている。1923年10月20日当時、朝鮮人虐殺事件に関する新聞報道が解禁となった(それ以前は虐殺の広がりを重く見た当局によって報道が制限されていた)際に出た各種新聞記事においてもこの調査結果が参照され、朝鮮人による犯罪が強調されていた。極右はこうした報告、あるいはそれに連なる新聞記事を無批判に参照し、あたかもこれらが朝鮮人によって実際に行われた犯罪の事実であると吹聴し続けている。

 しかしながら姜徳相・琴秉洞氏らによって作成された資料集に掲載されていることからわかるように、こうした調査書の存在はネトウヨ・極右が初めて発見したようなものではなく、朝鮮人虐殺の実態究明に取り組む研究者らによって明らかにされてきたものだ。官憲が提示した朝鮮人による犯罪のリストは、その存在を踏まえたうえで信憑性を欠くものだとみなされてきたものだ。

 1923年9月5日、臨時震災救護事務局警務部で行われた打ち合わせでは、「鮮人〔ママ〕問題に関し外部に対する官憲の採るべき態度」について下記のような決定がなされた〔下線部:引用者〕。

 第一、内外に対し各方面官憲は鮮人問題に対しては、左記事項を事実の真相として宣伝に努め将来之を事実の真相とすること。
 従て、(イ)一般関係官憲にも事実の真相として此の趣旨を通達し、外部へ対しても此の態度を採らしめ、(ロ)新聞紙等に対して、調査の結果事実の真相として斯くの如しと伝ふること。
 朝鮮人の暴行又は暴行せむとしたる事例は多少ありたるも、今日は全然危険なし、而して一般鮮人〔ママ〕は皆極めて平穏順良なり。
 朝鮮人にして混雑の際危害を受けたるもの少数あるべきも、内地人も同様の危害を蒙りたるもの多数あり。
 皆混乱の際に生じたるものにして、鮮人に対し彼らに大なる迫害を加へたる事実なし。
 第二、朝鮮人の暴行又は暴行せむとしたる事実を極力捜査し、肯定に努むること。尚、左記事項に努むること。
 イ、風説を徹底的に取調べ、之を事実として出来得る限り肯定することに努むること。
 ロ、風説宣伝の根拠を充分に取調ぶること。
〔後略〕

姜徳相、琴秉洞編『現代史資料6 関東大震災と朝鮮人』みすず書房、1963年、79-80頁。

 当時官憲は、朝鮮人による「暴行」に関する風説を官憲が事実として肯定することを図り、さらには官憲の調査を「事実の真相」として新聞上でも伝えるように働きかけたというのだ。またこの決定は、「事実の真相として宣伝に努め将来之を事実の真相とする」とあるように、対外的な発信を意識したものであり、これ自体朝鮮人による「暴行」が行われた根拠を意味するわけでは全くない。

 また元の司法省調査についても、歴史研究者の山田昭次氏が示したように、朝鮮人の「犯罪」として示されている者の合計138〜139名のうちのほとんど(119〜120名、約86%)が容疑者・被害者の氏名が不明、容疑者の氏名が判明していても所在が不明とされているケースばかりなのだ[1]。つまりこれらの場合、当局が直接確認を行うことができたわけではないのだ。そして流言によって特に脅威とみなされていたと思われる「殺人」、「強姦」の事例は全てこのパターンに当てはまる(ちなみに容疑者の氏名が明らかで所在不明となっておらず、取り調べもなされているケースの犯行内容は窃盗などが多い)。このように犯罪関係者の身元が特定できないのは震災時の混乱だからというわけではない。同じ司法省による調査のなかでも、朝鮮人による「犯罪」の多くが身元不詳なのに対して、日本人による殺害事件は被害者・加害者ともに身元の明らかなケースが多く、前者と著しい対照をなしている[2]。

 上述の朝鮮人「犯罪」の流言に関する官憲内での合意を踏まえれば、朝鮮人が行った「犯罪」として挙げられているものの多くがデマを参考にしつつ、それを無批判に列挙したものに過ぎないと考えることが妥当である。

 今回は、関東大震災時の朝鮮人虐殺について歴史否定・歴史修正を行うこと自体がヘイトスピーチであるという点からさらに掘り下げ、極右が依拠している資料についてこれまでの歴史学者らによる検証を踏まえて解説を行った。この作業を通して見えてくるのは、当時の官憲が差別煽動を公認したことの重大さである。当時の虐殺を警察も追認していたことの問題だけでなく、当時行政が朝鮮人による「犯罪」を一緒くたに事実として公表した結果、それが今日においてもヘイトスピーチを行う上での有効な「根拠」としてみなされているのである。

参考文献

加藤直樹『TRICK 「朝鮮人虐殺」をなかったことにしたい人たち』ころから、2019年
警視庁『大正大震火災誌』1925年
山田昭次『関東大震災時の朝鮮人虐殺とその後』創史社、2011年
中央防災会議 災害教訓の継承に関する専門調査会「1923 関東大震災報告書【第2編】」2008(https://www.bousai.go.jp/kyoiku/kyokun/kyoukunnokeishou/rep/1923_kanto_daishinsai_2/index.html)

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[1] 山田昭次『関東大震災時の朝鮮人虐殺とその後』創史社、2011年、80-82頁。
[2] 姜徳相、琴秉洞編『現代史資料6 関東大震災と朝鮮人』みすず書房、1963年426〜438頁。

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