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何があっても、何もなくても、幸せ。

高嶋れい子

長くなったけど、ここ1か月くらい感じてたことを書きます。


この一生に一度あるかないかの緊急事態。
私は『今だ…!』と思いました。


あれこれ動けない今だからこそ考え方を変えるチャンスだと思ったのです。


先日、ヨガのオンライン懇親会があった時、今オーストラリアにワーホリで行っていて4月末には日本に帰ってくる予定という男性が参加していました。

今後のことは何も決まってないけど、帰国後おそらく2週間ほど自主隔離生活を送ったあと、どこかの田舎で農作業をやりながら暮らす予定、と言っていました。
 

その方に、私のヨガの先生が訪ねました。
 

『何もなくて、今幸せでしょう?』

『はい、お金も家もないけど、今1番幸せです』
  

と、男性は答えました。

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さて、多く持っている方が幸せというのは本当だったのでしょうか? 
 
 
たくさん稼ぎ
たくさん所有し
この資本主義の世界の中で生きていて
もっともっと上へ
もっと有名になり
 

それで幸せになれるというのは本当だったのでしょうか?
 
 

人間の経済活動が滞ったことで様々な環境汚染や公害が改善されているという事実は、何を意味しているのでしょうか?

  

私たちが住む日本では20代、30代の死因の一位が『自殺』という事実を知っていましたか?
10代は辛うじて事故死が一位
40代は病気が一位に入ってきますが
二位は自殺です。
 
 
若者が希望を持てず自ら命を絶たなければいけない社会。それは健全と言えるのでしょうか。
 
  

今年の2月に出版され、今ベストセラーになっている本『シン・ニホン』を読んだでしょうか?


これまでの日本の政策の中で一番報われてこなかった世代は?
このコロナの自粛生活で疲弊し、最も大きなダメージを受けるのは、どの世代なのでしょうか?
  
   

若者の自殺率を低くしたいってずっと心の中で思ってきたのだけど、それには社会の構造が変わることも必要だし、
「自分には生きてる価値がない」
思わされるような価値観を捨て去ることも、必要だと思うのです。
 


いち個人事業主に過ぎない私にとっても来月はどうなってるかわからない状況です。
たぶん、一番に煽りを受けるのが私のような人なのでしょう。
 
 
でも、先日ヨガの先生が言っていた言葉、私は真理だと思います。

もしみんな仕事がなくなっちゃったり、このスタジオも閉めなきゃいけなくなったら、いいじゃない。みんなでどこかに集まって、畑を耕して、ヨガをしながら共同生活すれば。

私たちにはこの肉体と、智慧を携えた頭があるのだから、生命さえあればどうなっても生きていける。


  
結局は、何があっても、何が無くても、幸せなのです。

 
あってもなくてもどちらでもいい。

 
幸せを決めるのは物じゃないとかいうのはもう語り尽くされてきたけども、

もっと上へ
もっとたくさん
もっと、もっと…
という価値観や常識を、本当に見直す時って今なんじゃないかと。

  

私はなんの変哲もないこの部屋に住んでるけれども
雨風を凌げてちょっとでも自分好みにアレンジして
窓から空を眺められているだけでも嬉しい。

そしてこの自粛生活によって図らずも娘と正面から向き合える時間を持てたこと、とても幸せなことだと思ってる。
  
  

そんな風に感じてきたこの1か月だけど、仕事とは関係なく、これからの未来を考えるプロジェクトに先日お声がけいただいたりで、これまたとても嬉しく思ってます。

悲観するわけでもなく、誰かを批判することもなく、智慧を絞って自分自身にできることをやっていきたい。

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