神だって超える#4
緊急神議会。
大層な名をつけたものだとミチは思っていたが、それほどまでに万能神の存在が大きな意味を持つということを理解する。ヴェリーと共に姿を現したヒューマンに、議会は騒然とした。まるで裁判所でも居るかのような気分になるのは、全能神と呼ばれる口髭が長く伸びた男が裁判長のようにふんぞり返っているからか。
そんな全能神もヒューマンの姿を目にした時は大いに目をかっ開いて驚いていた。
「ヴェリー。その者がそうなのか?」
彼女は歯切れの悪い返事で認めた。眉を寄せた全能神は天を仰ぎ、議会はさらにどよめきを増した。
「よりによって最低種のヒューマンとは」
さすがにそこまで言われると、モヤっとした気分になる。あらかじめヴェリーに釘を刺されていたこともあり、ここは大人しく黙っておこうとミラは我慢した。
「これは早々に万能神の種を抜いたほうが良さそうだな」
「お、お待ちください、全能神様。これは私の失敗であり、彼に責任はありません。それでは余りにも彼に対して申し訳がつきません」
「のう、ヴェリーよ。我々にとって万能神とは神界の象徴であり、結束を固めるのに必要な存在なのだ。それをヒューマンごときでは務まらんことは、お前だって分かっているだろう?」
「ですが……」
議会はヴィンヤード型に段々と傍聴席が後ろになるにつれ上がっている。二階席からは立場の高そうな者が幾人か立って、ヒューマンであるミチへと視線を注いでいた。
「ヒューマンなんかに万能神を与えるな!」
「そうだ、そうだ! さっさとそいつから種を抜いてくださーい!」
「ヒューマンに神になる資格なーし!!」
「さっさと消えちまえ!!!」
野次に火がつき出すと連鎖して引火が始まる。轟々と燃え滾る炎になった時には、もう誰にも抑え込めない勢いとなっていた。
「ヴェリー。想像をするだけで具現化が出来るって言ったよな?」
罵倒する声を背に受けながら、ミチはヴェリーに問う。彼女は戸惑いながらも「ええ」と答えた。
「想像するだけではダメ。感触・重量・構造・バランス・物体の中身まで全てを網羅したイメージをしないと。分かりやすく言えば、自分の実体験で触れたモノは具現化しやすいの。でも、ヒューマンのレベルでは……」
ああ、そうかい。その説明はとても分かりやすい。ミチは背後からくる野次の数々に奥歯を噛みしめる。そして、目の前に堂々と立ちはだかる全能神を睨みつけた。
「お主には悪いが、種は返してもらう。せめてもの謝罪の意を込め、お主に転生先を決めさせてやろう。とはいえ、知識がない故に転生先を決めきらんか」
その発言に議会の神々は笑いの渦に呑み込まれる。
(カッチーン!)
怒りが頂点に達した時、ミチは右手を上に翳した。掌からは青と紫が入り混じった放射レーザーが飛び出し、議会の天井に大きな穴を開ける。
一瞬の出来事だった。議会の中の神達は静寂し、ヴェリーは驚きのあまりに唾を呑み込んだ。
「さっきからヒューマンヒューマンって馬鹿にしやがって……! 神がそんなに偉いのか? 俺の知っている醜い人間とお前らは同レベルじゃねえか。こんな奴らに、俺らは今まで神頼みだって祈っていたのか。ふん、キモすぎて笑えもしねえ」
「な、なんだと! もういっぺん言ってみろ! この最下位種族が!」
声のする方へと、ミチは掌を向けた。その先にいた神達は慌てて逃げ惑う。
「最下位種族を相手に逃げるのか? まるで絵に描いたような悪者ぶりだな。お前達がいうヒューマンは確かに種族の中でも一番弱いかもしれない。だが、これだけは言っておいてやる。弱いからこそ、苦労し工夫し、そして――想像することをやめなかった」
二度目のレーザーを後方の議席へ向け放った。さらに速く大きいものを。議席の大部分を粉砕すると思えた瞬間、そのレーザーが何者かによって吸収される。
「そこまでにしよう。そして、ヒューマンを見誤った我らを許してほしい」
高身長で青毛の男。アニメに登場するようなクールなイケメンキャラが目の前に現れたので、ミチは顔面の中心に皺を寄せて手を下ろした。
(あー冷めた。イケメンが格好良く登場するのは、全生物のお決まりなんですかね)
「ま、分かってもらえて良かった」
「これがヒューマン……なの?」
ヴェリーが唖然としていると、ミチはぎこちないウインクを彼女にしてみせた。彼女が反射的に目を逸らしたので、彼はがっくしと肩を落とす。
「全能神様、彼へ万能神になる機会を与えてみてはいかがでしょうか? 私個人としましては、ヒューマンの秘めたる才を見定めたくなりました」
青毛のイケメンが膝をつき、頭を垂れる。その絵は様になっており、現実で目にするとは思ってもみなかったと、ミチは感慨深くなる。
「アリオットが云うのなら仕方あるまい。ヒューマンよ、お主の名はなんだ?」
「ん、俺の名はミチ。もしかして神の名を新たに付けてくれるとか?」
「そんなシステムはないよ、ミチ」
ボソリと教示するヴェリーに、ミチはほくそ笑んだ。この瞬間、ヴェリーが自分の名を呼んでくれたのだ。
(女性に下の名で呼ばれたのは、いつが最後だったかな。ん~、やっぱりいい~)
感動している彼を知ってか知らずか、全能神は続けた。
「万能神としての器の有無を測る。その方式は実に簡単。一つの惑星の統治及び安定させること。また、その惑星を担当する十の神から得た認血を体内に取り込むこと。ヴェリーをサポート役に任ずる故、認血については彼女から聞くがよい」
随分と大きな話が出てきたものだ。国の統治ならいざ知らず、惑星の統治だなんて初めて聞いたフレーズだ。それに十の神というのも、バトルファンタジーの最後の方に出てきそうな強者の集いみたいだ。
「前万能神の意志により、その惑星を”ホーリッド”と決する。期間は別段決めてはおらぬが、万能神の穴を直ぐに埋めたいと思っているのが正直なところ。あまりチマチマとしていると、お主の種は返還してもらうことになる」
神議会は解散し、神々は散らばっていく。中には未だに悪態をつくものもいたが、それでも随分と大人しくなったものだった。
「う~ん、やっぱりゼウスの後継者だけあって凄いのを見たよ~。アタシの目に狂いはなかったな~」
再び現れた果実を身に纏いし女。緩い表情で彼女はミチに微笑みかける。
「あー!! お前は魔女じゃねえか! なにが目に狂いはなかっただよ。『所詮はヒューマン』って馬鹿にしてたくせに、白々しい女め」
「キャハハ。そんな昔のことは忘れたよ~。まあ、この先長い付き合いになるか短い付き合いになるか分からないけど、よろしくね~」
「なーにがよろしくだよ。お前とは絶対に絡まねえ」
ヴェリーがツンツンとミチの横腹を突き、手招きをする。彼は耳を寄せて彼女の言葉に耳を傾ける。
「その人、上位神のマクマ様よ。ホーリッド十の神の一人。そんな方とどうしてアンタが顔見知りになっているのよ」
「知らねえよ。あっちからちょっかいをかけてきたんだ。それより、十の神だとか上位神だとか、いまいちピンとこねえ」
ひそひそと話していると、青毛のイケメン男が歩み寄ってくる。咄嗟にヴェリーとマクマが膝を崩して頭を垂れるのであった。つまり、アリオットはさらに上の神の立場にいるということになる。
(上位神の上……?)
考えて答えを導き出すよりも早くに彼の方から挨拶をしてきた。
「僕はアリオット。万能神の一人だ。もしかしたら、君とは共に切磋琢磨をしていく関係になるかもしれないね。えっと……ヒューマンの挨拶はこうだったかな?」
彼は握手を求めてきた。思わず彼の手を握ってミチは応えた。神の手といっても人間のそれと何ら変わりなかった。
「ん、万能神? 万能神だって!」
「ああ、そうだよ」
「まてまてまて。万能神って一人じゃなかったのかよ!」
驚愕する彼の反応に三人の神は呆然として首を捻った。ミチがヴェリーへ顔を向けると、彼女は「アッ」と声をあげて頭を掻く。
「えへへ、言ってなかったっけ?」
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