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神だって超える#27

 あれからフィールは笑顔を消し去った。封印されし石版がある限り、レベット家は重い枷に縛られる。利口なエリザベルもそれを受け入れ、彼女は彼女の道へと進む決意をする。

「本当に行くのか?」
「……ええ。私はお母さまの才を引継ぎし娘。いざとなった場合、新たな封印式を組み込む必要があります。故に、同じ場にレベット家が存在することは危険そのもの」
「伝手はあるのか?」
「未だ未開拓にある西のユーキリアに入ります。――今後は一切、こちらと連絡を取り合うつもりはありません。私が王女として存在したことは抹消し、外部のみならず王都内にも第一王女は死んだと広めてください」

 淡々と提言する娘にフィールの心は強く傷んだ。まだまだ甘えたい年頃にあるはずなのに、彼女は離縁を自分の口から申し出たのだ。その覚悟を前にどうして引き止めることができようか。

「特にイーサンには姉がいたことを伝えないでください。彼女が間違っても姉を探さないように」
「わかった。イーサンを同じ境遇に立たせたくはない。この王族の枷から解放し自由に過ごしてもらいたいと思っておる」
「同じ気持ちです。ですが、建国儀礼には出させてあげてください」
「……というと?」
「あの場はお母さまの亡くなった場所。そして、建国儀礼の日とはつまり、お母さまの命日。お母さまの魂もイーサンに近づけて喜ぶでしょう」

 男勝りのじゃじゃ馬娘は、こんなにも誰かを想える器量を持っていたのか。こんな状況でなければ、国王の座を彼女に譲ることは確実だった。エリザベルであれば、女王としても国民を上手くまとめられると。

「最後に国王……いえ、お父様。お願いがあります」
「なんだ、遠慮なく言っていい」
「……ご武運を」

 下唇をキュッと結んだエリザベルは、国王に背を向けて王室を去る。そのまま彼女は大した荷物を持たぬまま、レベット王国からその存在を消したのだった。

 もう二度と戻ってくるつもりはない。遠くに広がるレベット王国を瞳に映しながら、エリザベルは頭を垂れた。

(ふっ。最後ぐらいは、お父様にワガママを言っても良かったのかもしれないな)

 頭を上げたエリザベルは王都を背にして西へと進み始める。その顔つきはさらに鋭いものとなっており、瞳の奥には黒い炎が宿っている。彼女の心にあった故国への未練はもうない。

(さよなら、イーサン。重荷は我とお父様で引き継いでやる。遊んでやれなくて、すまない。姉さんらしいことを何一つしてやれなくて、すまない)


 エリザベルが居なくなって寂しさが込み上げる。もう、涙は尽きた。尽きたはずなのに、一人ひっそりと涙を頬に伝わらせる。
 娘が覚悟を決めたのだ。国王である自分も覚悟を決めなければ。イーサンには申し訳ないが、王位は譲らないと決めたのだ。それが彼女の為になるから。それ故、期待をさせてはならない。王族を忌み嫌ってもらわなければならない。その為に出来ることなら何でもする。たとい、鬼や悪魔と思われようと……。


――「大変です!!! ベベット族による侵攻を確認!!! 南の森から大軍を引き連れ侵攻中!!!」

 突如として封印の部屋にやってきた兵士の報告。建国儀礼に合わせたこのタイミング。間違いない、奴らはこの石版を狙って押し寄せてきたのだ。

「すぐに動ける兵を全召集せよ!!」

 血相を変えたフィールは、術式を唱えるのをやめた術者達に叱責をする。

「止めるな!! 続けて一刻も早くに終わらせるのだ!」

 その鬼気迫った言葉に術者たちは慌てて再開する。不安そうに顔を向けるイーサンと目が合う。まさか、奴らはこの子の中にある封印術についても知っているのでは。

「お前はすぐに王都から離れろ!」
「待ってよ、お父様! 私もここの王女です! 国の危険を一緒に背負うのが私の仕事!」

 通常ならそうだ。だが、これは通常時ではないのだ。イーサン、お前を危険に巻き込むわけには……。

「私の命に、この石版の封印がされているからですか?」
「……お前、封印のことに気が付いていたのか」
「確証はなかった。でも、建国儀礼の日に限って、胸がポカポカと温かくなるの。ずっと疑問に思っていた。もしかしたらなんて思うことが年々と積み重なって――。顔も知らないし触れた記憶もない……。けど、これってお母様の、お母様の温もりだって。考えれば考えるほど、その意味は明確になっていく。私にはきっと重大なものが施されているんだって」

 ああ、サンリーよ。君は封印式だけでなく愛情もしっかりと注いでいたのか。まったく、我々の娘達はこんなにも利口に育って……。

「それが分かっているのなら、とにかく遠くへ逃げろ!」
「嫌よ!」
「国王である父親の云うことが聞けんのか!」
「こんな時だけ父親面しないでよ!」
「……」

 そうだ。都合のよい時の父親面だ。イーサンには父として何もしてやれていない。なにを言われても言い返すことはできない。

「これは、国王命令だ。……従え。さもなくば、お前を……罰する」

 愛娘に掛ける言葉としてはあまりにも残酷だ。それでも心を鬼にし、感情を捨てなければ、イーサンはここに留まり続けるだろう。

「……最低。私は封印をする為の器でしかなかったのね!」

 イーサンが封印の部屋を飛び出して行く。彼女の背を追いかけたかったが、今は踏ん張るしかなった。

「国王! 迎撃に向けて指揮を!」
「わかっておる! ベベット族を誰一人として王宮内へと入れるものか!!」


▼シャンブリ大陸▼

 マクマはレベット大陸を離れ、シャンブリ大陸の上空を飛行していた。その理由は1つ。ウイランとディライトの姿がどこにも見当たらなかったからだ。

「アタシを差し置いて、なにか楽しいことをしているんじゃないよね~」

 不機嫌な表情をしながらマクマは、ユーキリスの王都の光を受け降り立った。この大陸には、三体の神が常に張り付いている。マクマはその神々とあまり親交がなかった。どうしても、神の中で格付けが壁になることが多い。上位神であるマクマは、同じ上位神のウイランやディライトといるほうが気楽だった。下手に敬われるのは苦手だ。何かを成し遂げて成り上がったわけではない。女神として生まれ変わった時から上位神という肩書が与えられたに過ぎないのだ。

「ん~。どうしよっかな~。ここの女王様苦手なんだよね~。あまり、姿を見せないようにしたいんだけど――」

 と、王都の入り口を護る守衛がゴニョゴニョとなにかを話をして、何か驚いたような表情をしている。そんな折、ちょうど良いタイミングで守護神ザックが現れた。

「あ、あのおじさんに聞こうかな~」

 シメシメとマクマが近づこうとした時、守衛がザックに挨拶をした勢いのまま報告に入る。

「先程、エルバンテ王国がレベット王国へ向け侵攻したとの報告がありました!」

 心臓が止まるかと思った。元より、心臓で生かされている身ではないが、マクマの肝が冷えたのは事実。慌てて近場の大岩に身を隠した彼女は、詳しいことを聞こうと耳を傾けた。

「案ずるな。他国の戦争に我が国は関わらない方針。被害を受けることはないだろう」
「ザック様は援護にいかれないのでしょうか?」
「それは守護神だからか? ガッハッハ。残念ながら、わしの役目はここの女王を護ることが第一優先でなぁ。可能性は低いが、ベベット族がここに攻め入ることも軽視しておらん。わしが東へ向かっておる間に襲われては困るしのう」

 呑気な笑いをしたザックにマクマは苦い表情をしたが、そんなことよりもレベット王国に危機が迫っている。
(ウイラン、ディライト! こんな時にどこにいるの~! イーサンが危ないのに!)

 マクマはすぐに東へ向け、全速力で飛ばす。このままイーサンの身に何かあれば、ホーリッドそのものが危険になる。ディライトが怒り狂うようなことになれば……。それに、イーサンはアタシの友達でもあるんだ!
 最大限のスピードを出しているのに、一向にレベット大陸が見えない。焦燥と悔しさが滲む。
(お願い、間に合って!)


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