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神だって超える#20

 これは思わぬ展開だ。神が下界の者を手に掛けた瞬間、神書のルールに大きく背いたことになる。種の回収、あるいは上位神からの陥落。
 それもまた都合がいいことに、戦神が関わっている。

「これで奴らも終わりだね」
「天神の上位神である地位は揺るがないだろうが、戦神の立場はかなり危ぶまれるな。その席、俺達のどちらかで競う可能性がある」
「ふふ。僕は譲るつもりはないよ?」

 二人が会話をしている中、スッと黒いコートで身を包む男がやってきた。咄嗟に、二人は身を屈めて視線を落とす。

「首尾はどうだ?」
「はっ。王女の殺害には失敗。天神が直接ベベット族に手を下し、戦神がそれを見過ごした形です」
「そうか。お前達には都合の良い展開になったわけか。――だが、王女を葬ることに失敗したことは事実。……少し計画が狂ったな。時期を改めよう」
「へ? 今すぐにレベット王国を侵略すればいいのでは?」

 アナザーが思わず顔を上げた。コートの陰から鋭い眼光がわずかに見え、ビクっとした彼は直ぐに俯いた。戦慄したアナザーは全身にゾワっとした震えを覚えた。

「王女に神が付いているとなると話は変わってくる。神同士のいさかいは現時点では望まない」
僭越せんえつながらお尋ねしたい。なぜ、王女の命に執着なされるのですか?」

 ニートルは顔を下げたまま訊ねる。ツツツと汗が一筋と流れる。神にとっては奇怪な生理現象である。

「全知神様によれば、彼女の命をもってあそこ・・・の第二封印が施されている。神さえも立ち入れぬ、その場所。果たして、絶対的存在だと謳われた神をも拒む力とは一体……。それはさておき、彼女の命とは別に封印を解除する条件がある」
「条件?」
「1年に1回、レベット王国では建国儀礼というものを慣習としてやっている。その日、第一封印を解いて日々の御礼を手向ける儀式が執り行われる。封印解除の順番に決まりはないとの見解だ」
「建国儀礼の日が狙い目というわけですね」
「それが今夜だった。だが、王女の殺害は失敗に終わり、面倒なことに神が2体も付いているという。一度、万全の策を立て直す必要が出てきた」

 コートの男は、屈んだ二人の神の肩にポンと手を置く。アナザーとニートルは唾を呑み込み、身体が鉛のように重くなったのを感じた。
 男は天を仰ぎ、首をコキコキと回す。なにをされるのかと身を低くした二人にとっては恐怖の時間だった。

「今回は良しとしよう。お前達の上位神に対する嫉妬や憎しみはよく分かった。――1年後、再決行する。その時には必ず仕事を果たせ」

 二人の前から消えた男。錘が外れたように彼らは体を倒して上空を見上げた。

「あれが万能神か。僕、気圧されたよ」
「俺もだ。中でも、あのウェルダ様からは殺気しか感じん」
「当たり前さ。三天超位神(万能神3人の総称)でも、あのお方は冥府との繋がりが一番濃いのだから」
「にしても、そんなお方と全知神様が求めているものとはなんだろうな?」
「さあな。俺達の知るところじゃねえ。いや、知るのが怖いってのが正直なところか」

 アナザーとニートルは空笑いをした。それは恐怖心を紛らわせるために繕ったものでしかないことを二人が一番理解する。


▼エルバンテ▼

 集った兵士達の前にオルランは姿を見せた。何事かと兵士達の顔に緊張が走る。今までこんなことは一度もなかった。訓練こそ受けていたものの、実戦を味うことなく引退していった者も多くいた。そんな平和な国で、突然に集合の号令を掛けれられ、不安にならないはずなかった。

「我が弟、シルランが先程亡くなったという情報が入った。情報によれば、レベット王国による襲撃であるとのこと。しかし、その真偽を見極めなければならない。これが真実だとするのならば、レベット大陸への侵攻を決する」

 どよめきが波打って広がる。オルランは腕を挙げて制止をかけた。

「今はしっかりと準備をして覚悟を決めておいてほしい」

 兵士の前から姿を消したオルランは、王室で待ち構えていた黒コートの男に小さな拍手で迎え入れられる。

「良い判断だと思います」
「勘違いをするな。万一に備えての暫定的な対応をしたまでだ。本当にレベット王国の王女が弟を殺したのか、確認する必要がある」
「本人にでも聞きますか? 白を切られるのが目に見えていますが」
「偵察隊を送るなりなんなりとして、素性を明かす」
「それこそ偵察を送ってきていることを、向こうに気付かれるのはマズイんじゃないですかね?」

 オルランは正しい判断を決めかねていた。こんな状況になったことがなかっただけに、自分の力不足が露呈し苛立ちを覚える。なによりも弟の死は、彼の心に大きなダメージを受けさせていた。本当は嘆き、悲しむ時間を要したはずだった。しかし、事態はそうゆっくりもしていられない。

「お前はレベット王国が戦争の準備をしている言っていたな?」
「ええ。ですが、先程入ってきた私の情報網によると、以前の状況から少し変わってています」
「というと?」
「レベット王国は今、直ぐに動けない状況なのです」
「それはどういうことだ?」
「数日前、レベット国王が病で伏せられたと。私の知るところでなかったので、驚いております。そもそもあの国は独裁国家のようなもの。総指揮は当然、国王自身が執ります。とはいえ、戦力では向こうが上回るのが現状。この機会をもって、エルバンテ国の兵力をあげておくことが得策かと」

 次から次へと、まことしなやかな虚言が生まれる。なんとしてでも1年後の建国儀礼までは引き延ばしたいとウェルダの思うところだ。封印の解除法は妖獣プリアにしか分からない。神を差し置いて、なぜ下界の種族にしか解けないのか。それこそ、全知神が追い求める真理の鍵。
 今、ベベット族に動かれて妖獣プリアの犠牲を出されては困る。本来であれば、既に封印の一つである王女を殺害し、今頃執り行われている建国儀礼に合わせ、戦争が行われているはずだった。その戦火に乗じ、封印の地へと踏み入れ全知神への手土産にしようと考えていた。

「今は焦らないことです」

 オルランに向けて放ったが、内情は自分に言い聞かせたものだった。
(俺も動くか。まずは鍵となる王女に顔合わせをしておこうか)

 王室を出たウェルダに一人の兵士が、遠慮しながらやって来る。

「ど、どうも。アンタの言う通りに、シルラン様の死をオルラン様へと報告しました。や、約束通り、俺に最高の女を用意してくだせぇ」
「ほう、すっかり忘れていたな」
「そんなぁ~」

 信憑性を深めるため、目撃証言をする者を適当に用意していたこと思い出す。無論、この兵士は東の森で起こったことなど一切知らず、上手い話を持ちだせば、簡単に虚言報告を引き受けた。

「とはいえ、約束通りに褒美は与えてやらんとな。女は用意してやれんが」

 ウェルダは兵士のこめかみを片手で握る。激痛に兵士の顔が歪む。

「いてー! はなしてくだせええ!」

 彼を投げ捨てる。決して放せと言われたから放したわけではない。こめかみを抑えて未だに苦悶する兵士は、さらに脳内に走った電撃に絶叫した。

「俺からの特別褒賞だ」

 それだけ言い残すとウェルダは姿を眩ました。
 身もだえする兵士は地を這いつくばり、痛さから逃れるように、あえて自分の額をゴンゴンと叩きつける。脳内の痛みは徐々に場所を移し、額へと変わっていく。それは自ら打ちつけた痛みとは非なる痛み。

「あぎゃあああああ!!!!」

 絶叫した彼の声を聞きつけて、多くの兵に加えてオルランも飛び出してきた。

「一体何事だ!」

 取り囲んだ者達が瞳に映したのは、ヨダレをたらたらと流し、充血する三つ目・・・を宿した鬼面たる兵士の顔だった。

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