神だって超える#24
まず、驚いたというか呆れたというか。三人の神は平然とウドラン大陸にある王国:ユーキリスの城下町を堂々と歩く。それは別に構わないのだが、行き交う人、行き交う人、
「こんにちは、神様」だとか、
「やあ。調子はどうですか? 神様と女神様」だとか神書の掟を破って身分を明かしている状況に、ミチは苦虫を嚙み潰したような表情になるしかなかった。
「ガッハッハ。よいか? 神とはなぁ、下界の者に好かれてこそ神なんだぞ」
「そうだぜ、新人。それに神は強くなくてはならない。俺を超えることはテメエには無理だろうが、頑張れば下位神ぐらいにはなれるんじゃねえか」
馴れ馴れしくナンプシーが腕を首に巻き付けてくる。やたらと先輩風を吹かせたがる彼らを煙たくなったミチだったが、ここは大人しく彼らと行動をしようと我慢した。
「お三方は、神のどの位置に?」
「うふふ、私とお兄様は下位神ですのよ」
(なんだよ。下位神でよく大口を開けることができたな)
三人と会ってから既に苦笑が止まらないミチは、逞しい体つきのザックを指差した。
「わしか? わしは中位神じゃが、ポテンシャルは上位神じゃ」
「……ああ、そう。ちなみに何の神様なんですか?」
「守護神。この身をもってあらゆる災いから下界の者を護る使命がある」
「へぇ~。守護神って実在するんだな」
上位神と言われても恐らく疑わなかっただろう。それにしても守護神という聞き慣れた肩書でも中位神に留まるのかと、ミチは思った。
それにしても、このユーキリスという街は久しく嗅いでいない匂いに包まれている。市場は盛んで、見たこともない魚介類がずらっと並んで売られていた。磯の香が漂う。
「なんだ、この匂いが気に入ったのか?」
「気に入ったというか、潮の香りを嗅ぐのは久しぶりだ……です」
「ホーリッドの海は小さい。西の大陸だけが海に面している。だから俺の仕事も楽って話だ」
誇らしげに話しているナンプシーであるが、海の神がどういった仕事をしているのかイマイチ分からない。豊穣の神のように海の産物を創り出しているのか。
「よぉし、着いたぞ。ここがユーキリスの王宮じゃ。よいか? くれぐれも横柄な態度を取らんようにな」
「ん?」
「ここの女王は気が荒くてな。相手が神だろうが何だろうが関係ないって感じだ」
「以前、お兄様は女王様にコテンパンにお叱りを受けて、泣いておられましたね」
「おいおい、ピューネ。ここでそれを言わないでくれよ」
「うふふ。事実は事実ですわ」
神をも恐れぬ女王様ね。うん、既に悪い予感しかない。なにもわざわざ神が下手に出る必要も、そもそも会う道理もないんじゃないか? そんなことを思っても過去の背景を知らないので、とりあえずは3人に行動を合わせておく。
ユーキリアの女王:エリザベル。地球でよく聞く名に酷似していたが、間違ってもエリザベスとは言わないように肝に銘じておこうとミチは思う。というのも、王室に入って早々、蛇のように獲物を狙った顔の強面女が、玉座に足を組んで座っているのを見てしまったからだ。
髪はモンブランのように巻かれて盛り上がり、赤いシャドーに赤い口紅と、いずれも濃い色の主張で強さを顕示している。これは絵に描いたような”女王様”だと、ミチは尻込みをする。
「遅いぞ! 一体どれほど我を待たせるか!」
頬杖をついた彼女は顔を歪めて怒りを示す。咄嗟に三人の神は膝をついて頭を垂れた。
(おいおい、なんだか立場が逆になってねえか)
「おい、その無礼な奴は一体何者だ?」
ザックがすぐにミチの腕を引っ張り、無理矢理に腰を折らせる。
「失礼しました。まだ新人なもので、礼儀を知らずに」
「ふん、よいわ。しっかりと、我への礼儀を仕込んでおけ!」
「なっ、なんなんだよ、あのババアは――」
「シッ! あんまり女王さんの機嫌を損ねるな」
ナンプシーに口を塞がれたミチは、ううっと口ごもりながらも抵抗をする。女王はそんな彼を見定めるかのように、目を細めてジッと見据えた。
「それで、ベベット族の動きはどうなっておる?」
エリザベルの口から出たキーワードに、もがいていたミチも動きを止めて耳を傾けた。まさか、他の大陸の動向を窺っていたというのか。しかし、これまでの話しの流れから、ユーキリスが関わったという情報は得ていない。
「どうも先程、決起集会が開かれたとのこと。間者からの情報が確かであれば、今晩にも行動を起こすかと」
「やはりな。忌々しい全知の神が動き出しよったか」
おいおい、この女王は一体何者なんだよ。ミチは質問をしようとしたが、口を挟んでいはいけない今の空気を察して黙る。現在のミチはただの見学者かつ新人という立場。機嫌を損ねることに、まず意味はない。
「連携を取るべきかと」
ナンプシーのその提言をエリザベルはあっさりと撥ねのけた。
「レベット王国とは一切の連携も連絡も取らぬ。その上、東の大陸を護る神々とも関わり合う気はない」
「実はもう一つ情報が入ってきまして。二つの神は神議会に掛けられる手前、しばらくホーリッドを離れたと」
ザックの情報にエリザべルは鼻で嗤ったが、その表情を一つとして変えはしない。
「予想はついておった。なるべく邪魔者は消したいだろうからな」
「そうすると、残った豊穣の神をベレット大陸から離した方がよいかと」
「というと?」
しばらく喋らなかったピューネが、我がと受け答える。
「彼らは第二王女と親密な関係にありますわ。彼女の危機を知った場合、下界の渦中であれ、豊穣の神は王女を救うかと」
「放っておけい。邪神といえど、同種の神殺しまではせんだろう。今の状況で自分の首を絞める行動は取らぬはず」
一人だけ置いていかれているミチだったが、この流れを静観している間に掴んだことが幾つかある。
まず、エリザベルはただの下界の女王ではない。神が三人も膝を付いているのだから当然ではあるが、あまりにも神のことに精通をしている。ということは、もしや神の弱みを握っているような人物……とか?
いやいや、それなら神の力をもって消せばいいのでは? それすらも抗う力があると?
(わかった! この女、女王のフリをした神なんだ! それも上位神以上の神が変装して)
「おい、そこの男。なにをスッキリした顔をしておる」
エリザベルに声を掛けられてハッとしたミチは素直に頭を垂れた。
(まあ、偉い神様なら、素直に下手に出ておくか)
「とりあえず、あの封印だけは邪神に渡すわけにはいかんの」
「っは。未来を見据えるゼウス様が対応をしれくれるそうですが」
ゼウスの野郎、ちゃんとコイツらと関りを持っているんじゃねえか。もっと情報を寄越せよな。
「して、その未来とは?」
「それが真っ白なルートだと……」
ザックは困ったように頭部を指の先でカリカリと掻いた。不快そうにエリザベルが眉間に皺を寄せると、慌ててその指を引っ込める。
「真っ白なルートとはなんだ?」
「いえね、他のルートではどれも最悪の結果になるというのですが、一つだけ真っ白なルートが存在すると」
「で、そのルートとは?」
「それがゼウス様の方で調整をするとかで……、えぇ、つまり、わしらに教えることで最悪な運命になるとかなんとか」
「ふん、あやつらしいわ。大事なところで気を抜かしてくる」
おっと。万能神であるゼウスに対してもこの物言い。ただの上位神でもないと考えるべきか。しかし、万能神の枠は既に三体の男によって埋まっている。全知神はウェルダと繋がっており違うだろうし、全能神がわざわざ女装までするか?
老けた顔の全能神が女装しているところを想像しブンブンと顔を横に振った。
(あぶねー。危険な奴を創造するところだったわ!)
女王エリザベル。この者が果たして一体何者なのか。その謎と彼女達がしようとしていること。
(なるほど。ゼウスが俺を送った理由には深い意味がありそうだな)
かくして分かっていることは、真っ白なルートと誤魔化した真意は、彼らに未来を教えることで封印が解かれてしまう未来へと変わってしまうということ。どういう過程でどうなるのかはさておき、千年後の世界では封印は解かれておらず、ミチという人間がゼウスから万能神の種を引継ぐということ。
(相変わらず頭がおかしくなりそうだけど、結局ループするってことじゃねえか)
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