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神だって超える#31

 どこから攻撃を受けても対応しきれない。目が暗闇に慣れたところで、誰一人シルエットを映すことはなかった。懐中電灯や種火をイメージしてみたが、それらが反映して光を照らすことさえも叶わない。
 ニートルの狙いは、女王エリザベルを守護しているザックに絞られる。ザックの集中力を削ぐのに、どこから襲ってくるかも分からない状況は理にかなっており、エリザベルを守護する結界さえ解けてしまえば、すぐに女王を殺しにかかってくるだろう。
 遠隔で結界を張れるザックであるが、この暗闇で一度解いてしまえば、女王の居場所を判断するのは難しくなる。彼の精神力によって、エリザベルの生死が大きく左右されるのだった。


 案の定、ニートルの攻撃はザックへと集中していた。左から右へ、右から左へ、背後から前へと向きを切り替えて襲う。ザックは煩わしい虫を落すように出鱈目に己の剣をぶん回した。しかし、それらは空を斬るばかりで無駄な行為であった。傷こそ負うものの、出血も痛みもない神にとっては問題としない。核なる種さえ身体から抜かれなければ。
 しかし、こうも攻撃を受けていては、さすがにストレスが溜まってくる。なんとかして集中を保っているが、ひとつ油断するだけで女王を護るガードを解きかねない。

「ええい、うざったいのう」

 その声すらもニートルへ届いているのか分からない。今は相手からの攻撃があるが、もし何もない暗闇の空間で独りにされたらと考えるだけで、おぞましさがある。

「奴らの為にも早くコイツを倒さんとな」

 ナンプシーとピューネの顔を思い浮かべたザックは、なんとかして相手の動きを読み取ろうと耳を澄ませる。瞬間的にくる攻撃。その瞬間に、必ず音がするはず。足音か刀の振る音か。いずれにしても、それしか相手を捕まえる手段はない。

…………タッ……。
 わずかな音が聞こえたかと思いきや、脇腹から剣が突き立てられる。その剣はさらに肉を裂けにかかる。背に掛けて薙ぎ払いをされた剣に、ザックの身体の肉は剥がれ落ちる。

「っく……、面倒な奴め」

 肉体修正のために想像をするが、これを続けていれば、いずれは女王の防御に意識が薄れてしまう。さらに危惧しなければいけないのは、ニートルはザックの種にすら手を掛けようとしている点。

「神殺しはせんと、甘く見誤ってしまっていたか」

 音は僅かに感知したが、聞いてから反応していては反撃に転じることは不可能だった。このままでは時間の問題。さて、どうするか? 手立てを考えるが閃きにまでは至らなかった。


――胡坐を掻いて腕を組むミチ。光を生み出せない上に暗闇を晴らすこともできない。気配を感じ取ることも音を聞くこともできない。
(うーん、これは厄介ですな)

 暗闇の中で創造できないというのは、なにか封印めいたものが作用しているのか。あるいは創造には成功しているが、闇に呑まれてしまっているのか。

「さっきのアナザーって奴が中位神だった理由があるように、コイツの力にも穴があると思うんだけどな」

 まずは暗闇になっている範囲には限りがあるのではないかという考えが降ってくる。彼はすぐさま立ち上がって、走り続けてみる。残念ながら暗闇が晴れることはなかった。だが、額を腫らした・・・・・・ミチには分かったことがある。暗闇の中にも壁は存在しており、王室の中である可能性は高い。それはつまり、女王とそう距離が離れていないということ。
 しかし、近くにいた3体の神の気配がまるで感じられなくなったように、女王に近づく術は極めて難しい。

「んー。暗視ゴーグルも出てこないか。物体を伴うものは無理なのか……」

 およ? 今、自然とヒントめいたものを言ったような。物体、そう物体。形そのものが闇に呑まれているという想定をするのであれば、目に見えぬモノを創り出してみてみるか。

「目に見えないものねぇ~。光も目に見えるものだし、幽霊も人によっては見えるもんなぁ」

 独り言を呟いていた彼は、自分の声を聞いて灯台下暗しの恩恵を受ける。

「音か! 音といえば……、ピューネが音の神様だっけ? もし、音で打開できるのなら、早くに再会をしないとな」

 そうだとしても、ピューネ自身がこれに気付くことが出来るのか。こちらから音を発信するにしても、生半可な音ではどうも闇に溶け込んでしまうようだ。ミチは地団駄を踏んで足音を確認した。わずかに聞こえるものの、普段の音量よりもかなり小さいものだった。

「うーむ、これじゃあ呼び掛けても届かないよな。イルカのように音波で届けられたらいいんだが。――そういえば昔に観たイルカ―ショーで、お姉さんがホイッスルを鳴らしてイルカに指示をしていたっけ?」

 その要領で考えれば、笛を創造することは出来なくても似たものを発することが出来る。ミチは口を尖らせて口笛を鳴らした。力強く吹く時もあれば、細い音を吹く工夫もこしらえて。


 わずかにだが、遠くから高い音が届く。ピューネは目を閉じて集中をした。その音を辿って、彼女は音の発信源を追いかける。その発信源を突き止めると、その者の身長や体型、骨格が全て形となって視えてくる。

「フフ。音ではなく音波、さすがエリザベル様の御認めになった殿方ですね。そういうことなら――」

 ピューネは胸の前で手を組み、柔らかい声にメロディを付けて唄い始める。その唄には常人では受け取れない音域が入っており、それは当人達の耳に届いた瞬間、常人でも聞き取れる音域へと変形をする。

「この唄は――」ナンプシーが気付き、
「ふん、やっと突破口を見つけたようだな」ザックが微笑み、
「お、上手くいったようだな」ミチは勝機を感じとる。

 動き出した神々。突如として動き出したザックに、闇の中でニートルは静かに追いかける。彼の耳にはピューネの唄った音域は届いていないので、ザックが無暗に走っているだけだと勘ぐっていた。

 ピタリと足を止めたザックに対し、ニートルは剣を伸ばして彼の背中を突き破ろうとした。が、耳に突然と襲ってくる暴音に彼は絶叫する。音はさらに膨れ上がり、頭がカチ割れそうな激痛を伴う。

「うがあああああ!!!!」

 それは彼の想像力を奪い、辺り一面に広がった暗闇は解除されて晴れていく。悶絶する彼の前には集合した4体の神が。その背後では相変わらず自身に満ち溢れたエリザベルが頬杖をついて、ニートルを静観している。

「な、なぜだああああ!」

 暴音を止められてようやく膝をついたニートル。既に勝負は決していた。

「ブラックホールを感じさせる、見事な闇だったぜ。だけど、やっぱり俺の前では相手にならねえな」

 勝ち誇ったミチであったが、それに対して誰一人ツッコミはしなかった。結局のところ、彼の功績は大きかった。ニートルの創り出した闇への打開法。そのヒントをピューネへと与えたのは紛れもなくミチである。

「今回の件は、アナザー共々しっかりと上に報告をあげさせてもらう」

 冷淡な口調でザックが詰めると、ニートルは顔を歪ませて降参の構えをする。両腕を上げた彼には抵抗する気がないようだ。

「さあ、お前達の計画について話してもらおう」
「……お前達ももう知っているんだろう? 今も顔色一つ変えないそこの女王がどんな役割を担っているのか」
「まあな」

 すでに状況を把握している空気が漂う中、ミチだけがこの場にいる者の顔をあちこちと確認する。

「ちょっと待て、俺は何も知らんぞ。テメエらだけで納得せず、ちゃんと説明をしろ」

 そんなミチに皆、哀れな視線を向け始める。

「なんだ、お前はエリザベルの夫でありながら、何も聞かされていないのか。不憫な奴よのう」
「……嫁に尻を敷かれるタイプですわ」
「いやいや、ナンプシー様には痛いほど分かるぞ。女王のSっ気は男を虜にする力があるのだと。ミチ、恥じる必要はない」

 どうもこの3人は勘違いする方向へ持っていく頭に仕上がっているようだと、ミチは白目を剥きながら思う。

「よい。我から話そう。どうして我が神と繋がっているのか、どうして我が神に命に狙われるのか」

 頬杖をついていたエリザベルが遂に、重い腰を上げて立ち上がる。そうして、彼女の口から己の存在について明かされる。

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