神だって超える#9
天神と面を合わせることに成功した一行。しかし、彼女は早々に立ち去ろうとした。
「ちょいと待てえい」
引き止めるミチに冷ややかな視線を返したウイラン。その冷たい表情にミチは気圧される。
「なに?」
「な、なにじゃねえ。お前もここの神なんだろ? だったら、もっと雨を降らせたりしろよな。こんなんじゃあ、育つものも育たねえよ」
ギロリと睨まれるミチは思わず「うっ」と、後退する。大きな溜息を吐いたウイランはマクマへと苦虫を嚙み潰したような顔で質問をする。
「まさか、あの話をしていないの?」
「あ~う~ん……まあいいかな~って。どっちにしても、彼はアタシ達に会いに来ないといけない立場だったわけだし~」
「あの話ってなんだよ」
「……そうだね~。ここらで話しておいた方がいいかもね~」
あの話とはなんだ? と、ミチはヴェリーに顔を向けるが、彼女もまた理解をしていない様子だった。マクマが二人に手招きをするので、彼らはそれに従い歩み寄った。
マクマは自分の肩についていた、ブルーベリー色でリンゴほどの大きさの果実を目の前で握りつぶす。
「これは?」
「随分と古い記憶は、アタシの脳内リンクでは鮮明に映し出せないの~。この果実に封じ込められた千年前の記憶、これを君達に見せてあげるよ~」
果汁が飛び散ったかと思えば、そこから閃光が走る。その瞬間、頭の中に鮮明な映像が映し出され、まるで映画の中に飛ばされたような感覚に陥る。空中から見た光景は勝手に動き出す。
『こんなところにいたのか、マクマ』
視界が切り替わる。目の前には銀髪の男が浮かんでいる。
『ディライト~、君もここにいたんだね~』
どうやら目の持ち主はマクマのようだ。ディライトと呼ばれた男は優し気に微笑み、ユサユサとマクマの頭を撫でた。
『今日はイーサンに会いに来たんだ』
『今日はじゃなくて今日もだよね~』
『ははは。バレてたか』
▼――千年前のホーリッド――▼
まだ草木の緑色が各地で見られていた。長閑な暮らしをしている街という街があちこちにはあり、それは少し昔の地球と似ている。
ホーリッドの東大陸:レベット(旧名)。そこに神々がよく集っていた。大きな理由の一つに、ディライトがこよなく気に掛ける娘がいたからだ。
レベット大陸にして最大規模のレベット王国。その王女として位置するは、イーサン・ブルア・レベット。
彼らは妖獣族と呼ばれる種族だった。獣を主として容姿を人型や四つ足型、あるいは羽を生やす妖精、時には小さなノームのように姿を自在に変えることを可能としていた。神界の中でも、神の次に優れた種族だと高い評価を受けていた。
まだこの時は、神としての役割を全うしていた十の神達。戦神ディライトは平和なこの世界で、特にするべき仕事もなくプカプカと空に浮かんでいた。
「まーた、サボり~?」
「失礼な。やることがないだけだ」
「そんなに暇なら神界に戻ればいいのに。私なんて毎日、天気のコントロールに神経を使っているんだけど」
「おうおう、頑張れ! 天神!」
「うっざ。あんたに雷を浴びせようか?」
「キャハハハ。次それをやったら記念すべき100回目だね~」
この三人は十の神の中でも特に深い絆を築いていた。それ故、毎日のように、下界ではくだらないことで盛り上がっている。
「ん?」
ディライトは地上を歩く女に気が付いた。彼はジーと見つめる。確かこの辺りはレベット大陸とシャンブリ大陸の唯一接している地ではないか。女一人でどうしてこんなところに?
「なになに~、どうしたの~?」
「ん、ああ。なんか妖獣族が一人で歩いているから気になって」
「えぇ! あれってレベット王女じゃない!」
驚いて声をあげたのはウイランだった。前のめりになった彼女は、レベット王女を心配そうな表情で見守る。
「さすがに生まれ故郷の王女様が気になるのか?」
「当たり前。神になってまで故郷を守れるなんて運がいいよ」
「ウイランは一途だからね~。その一途さが時には重たいんだけど~」
「何か言った!」
レベット王女はキョロキョロとして周囲を警戒する。誰にも見られていないことを確認すると、彼女はシャンブリ大陸へと足を踏み込んだ。
「王女さん、大丈夫かね?」
「なにしているんですか! 王女!」
ウイランの心配も届かず、彼女はどんどんと先へ急ぐ。森の中に入ったので視界が悪くなり、ウイランが上空から森の中へと入っていった。
「おいおい、なるべく神の存在は消さねえと、全能神にまた怒られるぞ」
すぐにディライトもウイランの後を追う。この時、マクマだけは追わなかった。彼らの背を見届けてから自分は一人で森の上空を移動する。しばらくしても、彼らが姿を現すことはなかった。
「あれ~。なにかあったのかな?」
そう思っていた最中、急に悪天候となって雷が轟く。そして、狙いすましたかのように森の中へ一直線に紫雷が落ちた。只事ならぬことが起こったのか、マクマは急ぎ雷の落ちた場所へと向かう。
「どうしたの~!」
マクマが地に降り立った時、腰が砕けたレベット王女と苦笑しているディライト。そして、息を荒くして凄い剣幕をしたウイランがそこにはいた。
「あれ~? もしかして、やっちゃった~?」
「ああ、もしかしなくてもやっちまったな。ベベット族に襲われた王女を助けるためとはいっても、ちとやり過ぎだ」
振り返って二人を見たウイランは力の抜けた口角をプルプルと揺らして、絵に描いたような下手な笑みを見せる。
「あー! だって仕方ないじゃない!! 仕方ないよね? ねえ、マクマ! 私は悪くないよね?」
「あ~う~ん、あ~。ヘヘヘ……アタシは知らな~い」
「この薄情者!」
ディライトはやれやれと困り果て、尻餅をついたレベット王女へと手を差し出した。彼女はゴクリと唾を呑み込み、戸惑いながらも手を掴んだ。
「お助けいただき、あ、ありがとうございます! この御恩は必ずお返しします!」
深々と頭を下げた王女にディライトは頬をポリポリと掻いて問う。
「妖獣がどうしてこの大陸に?」
彼女の困る質問だと思っていたが、意外にもレベット王女は視線を逸らさずに力強い言葉を投げた。
「私はレベット王国の王女イーサン・ブルア・レベットです。この先、私達は世界を見なければいけない時代に入りました。まだレベット王国の知らない新たな文化・資源・技術などを知り取り入れることで、さらに王国の成長を遂げましょう。その為には他国との交友が必須。外の世界は危険だと教え込まれたレベット王国はあまりに閉鎖的です。そこで私自らが危険でないことを証明しようと――」
パチン! ディライトの手が、レベット王女改めイーサンの頬を叩いていた。「あっ」と思った時には、痛い視線で見てくる二人の女神たち。
「うわ~女性を殴ったよ~」
「私の国の王女様を殴るなんて、最低だわぁ」
「あれはもう死罪でいいよね~」「いいんじゃないかなぁ」
心苦しくも、ディライトはイーサンに向き直る。
「お、俺達がいなかったら、お前はもうとっくに死んでいるんだぞ」
「……はい、分かっています。ですが、ベベット族の皆さんが悪いというわけではありません。妖獣の中にだって、心が歪んでしまった者もいます」
「だからといって護衛もつけずに行動するなんて馬鹿げている」
キュッと下唇を噛んだイーサン。今度は彼女の手の平がディライトの頬を応酬した。
「私は馬鹿なの! 馬鹿だから、こんなことしか出来ない! 私は馬鹿だから……無能だから……誰も……誰も私に付いてきては……うわぁぁぁっん!」
へなへなと座り込んだイーサンは、天を仰ぎボロボロと涙を流して大泣きを始める。そして、ディライトに痛い眼差しが再来するのだった。
「今度は女性を泣かせたよ~」
「弱い者をいたぶる趣味があるのかしらねぇ」
「神としてどうなのかな~」「資格剥奪でしょう」
この空気にディライトもまた、涙を零しそうになるのだった。
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