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神だって超える#1

 神の世界を幻想とするか、現実とするか。
 神の存在を空想とするか、実在とするか。
 神の力を夢想と見るか、在天と見るか。

 誰かが問う。“神様はいつから存在するの?”と。
 宇宙ができた日からなのか。惑星が生み出された日からなのか。
 生物が誕生した日からなのか。

「ホントにホントに、ほんと~にやめちゃうんですか!」

 女は肩まで伸びた栗色の髪を揺らして、無精ひげを生やした男に詰め寄っていた。男は困ったように笑みを浮かべて頬をポリポリと掻く。

「ああ。俺は神を今日限りでやめる」
「どうしてですか! 何が不満なんです? 地位ですか、権力ですか!」
「ヴェリー、地位も権力も一緒だと思うんだが。そもそも俺は万能神の中でもトップなんだ。それで権力を求めるってのは、変な話じゃないか?」

 ヴェリーと呼ばれた女は、足元をすくわれてムスっとした表情を作った。そんな彼女の機嫌をとろうと男は試みたが、彼女が納得することなく、

「どうして、突然やめるだなんて言うんですかぁ~」

 と、今度は涙を零しながら大口を開けるのだった。

「ようやく、俺の後継者になり得る存在を見つけたんだ。これで俺も肩の荷が下りるってもんだ」
「うぅ……誰ぇなんでぇすか、それぇ~」

 グシャグシャになった顔のヴェリーに、男はスッとハンカチを渡してやる。彼女は無遠慮に鼻水と共に涙を噴出した。

「エルドラ銀河の1つにダーシャという惑星がある」
精霊ニンフのわくしぇい?」
「そうだ。何度かあそこに訪れたことがあるが、とてもいい場所だったな」
「どうせ女の人がキレイだったとか、そういう理由でしょう」

 びしょびしょになったハンカチを返しながら言い当ててきたヴェリーに、男は苦笑する。長年の付き合いは馬鹿にできないものだと思う。

神議会しんぎかいも終わったことだし、あとは転神儀てんしんぎで俺の役目は終わりだ」
「……本当に行くんですね。私を置いて……」
「そう落ち込むな。次の万能神候補の面倒は頼んだ、ヴェリー」
「お目付け役なんて柄じゃないし……」
「いや、俺はお前を信用しているんだ。どんな神よりもな。だからこそ、お前がいれば大丈夫だと思っている」

 ヴェリーの頭をポンポンと叩いてやる。彼女は嫌な素振りをするが、それは照れからくるものだった。のどかな草原の真ん中で、男は大きな伸びをした。どこか解放感を得たような表情である。

「おーい。もうすぐ、転神儀が始まりますよー」

 遠くから呼ぶ声に二人は反応した。一方は陽気に、一方は気落ちした表情で。男の背は大きかった。何百年と見てきた背中だ。ヴェリーは再度流しそうになる涙をグッと堪えた。


▽上位神儀礼場▽

「神議会での決定により、万能神:ゼウスの転神儀を執り行う。その上で改めて問う。ゼウスよ、本当に良いのだな? 万能神の立ち位置は誰もが憧れるところ。それをわざわざ捨てるというのは……」

 神の中でも一番上に君臨するといわれる全能神に訊ねられ、膝を折ったゼウスはほくそ笑んだ。

「分かっています。ですが、俺もそろそろ解放されたい。馬鹿に聞こえるかもしれませんが、不自由を味わいたくなったんです」
「……うむ、仕方がない。今までの大義を考慮して、お主の次の転生先を決めさせてやろう」

 それならばと、ゼウスは即決で場を示した。儀礼場の中にいた上位神の一同の中でどよめきが起こる。彼は人差し指を立て、全能神へ追加の請願をする。

「次に来たれし万能神の種を宿し者。その者に是非、転生した俺が居る最低最悪の惑星ほしを任せてください」

 これ対し、上位神達の表情は困惑に満ちた。ゼウスの提案は、それほどまでに突飛めいたものだったのだ。さすがの全能も彼の思惑を窺わずにはいられなかった。

「あの惑星ほしを任せた場合、万能神になることは不可能に近いぞ?」
「当然、承知の上です。――あそこを束ねるのは、俺でも無理だった。俺は見てみたいのです。俺よりも優れた万能神の存在を」
「朽ちるかもしれぬぞ」
「それならそれで、その程度の後継者だったと諦めます」

 まるで冗談ではない口振りのゼウスに、全能もようやく首を縦に振った。

「それでは転神儀を執り行う。ゼウスの身体から万能神の種を解放次第、次の後継者候補へと引き継ぐ。その役目を――」

 全能神が指定するよりも早くにゼウスは手を挙げた。全能神は眉をピクつかせて、彼に意を求めた。

「その役目、ヴェリーにお願いしたい」
「なんと! とても大事な転神儀なんだぞ。それは分かっておるのか?」
「確かに実力でいえば上位神にも至らないが、俺にとっては大事な妹のような存在なんです。彼女がいたから、ここまで長いこと万能神を続けられたといっても過言ではありません」

 転神儀において、神の宿り種・・・を次の後継者候補へ引き継ぐ作業は、上位神でも並外れた集中力と命中率を要した。それ故、重大な役割を担うことになり、全能神からの厚い信頼を勝ち得たものにしかできないことだった。
 全能神は奥歯を軋ませ、苦渋の中でゼウスの望みを聞き届けることにした。

「ヴェリーを今すぐにここへ連れて来るのだ!」
「それには及びません。――おい、ヴェリー! どこかに潜んでいるんだろ! 出てくるんだ!」

 上位神の中から慌てて飛び出てきたヴェリー。周囲の目が彼女に集中し、彼女は頭を掻いて下手くそな笑みを作った。

「まったく。上位神以上しか踏み込めない場だというのに」

 文句の一つでも言わないと怒りが収まらない全能神は、ヴェリーを睨みつける。委縮したヴェリーの頭を撫でてやったゼウスは優しい微笑みを見せる。その笑顔は彼女にとっては酷なものだった。

「さあ、いつでも大丈夫です」
「うむ。では、始めるとしよう」

 全能神はゼウスの胸の前に両手を翳した。聞き取れない声で呪文を唱え続けていると、ゼウスの胸から小さな白い種がニョキっと突っぱねて出てくる。身体から完全に剥離されると、彼の身体が次第に薄くなり始めた。
方々からは「万能神様」「ゼウス様」という声が涙を含みながら漏れてくる。彼を慕う者は多く、その実力を認めない者はいなかった。

「じぇうしゅ様~」

 案の定、ボロボロと大泣きするヴェリー。ゼウスは消えゆく指で、彼女の頬に流れる涙を拭ってやる。

「お前なら大丈夫。新たな万能神の力になるんだ。大丈夫だ、ヴェリー。お前なら――」

 スゥと消え去ったゼウス。その瞬間、彼女は顔の中心に力を注ぎ込んでクシャクシャな皺を作った。

「さあ、ヴェリーよ。これを次の者へと」

 全能神から白い種を渡されたヴェリ―は腕でゴシゴシと涙を拭い、種に神経を集中させた。
(ミスは許されない。これはゼウス様から託された仕事)

 種に記録されているゼウスの記憶の欠片。ここから彼が、何処のどの人物に後継させようとしたのか辿る。ダーシャの惑星……そうして、そこに映る一人の青年。
(彼がそうだ。現在の位置は――)

「見つけた!」

 あとはその者に種を植え付けさせる呪文を唱えるだけだった。これが一番難しい。種からはゼウスの記憶が流れ込んでくる。そこに意識が移ると、標的へのズレが生じてしまう。

 女神として生まれ変わったヴェリー。右も左も分からず、仲間ともうまく馴染めなかった彼女にゼウスだけは壁を一切見せずに接してきてくれた。
 彼が全知神と全能神に次ぐ極位神である”万能神”と知って驚いたが、彼はそんな立ち位置関係なく、毎日のように気に掛けてくれていた。その人柄ゆえに他の神からの信頼は厚く、万能神としての力も桁違いで、まさに完璧な神の存在を体現させてみせた。

「うぅ……じぇうしゅ様~」
「ば、馬鹿者! ヴェリーよ、集中をするのだ!」

 ゼウスの記憶を追ってしまった。全能神が慌てて止めるよりも早く、白い種は次の後継者へ猛スピードで向けて飛んで行ってしまう。狙いの方向とは真逆の方角・・へと。

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