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神だって超える#28

▼再びレベット王国▼

 咆哮がぶつかり合って、空気が震える。王都の正面で迎え撃つレベット王国の兵士達と、それを攻め落とさんとするベベット族の大軍。彼らは己の武器を交えて生死を懸ける戦を始めた。
 猛り立つ者の声を遠くで受け、イーサンは顔を歪ませる。王都の裏にそびえ立つ山々に逃げおおせたが、やはり一人だけが故国に背を向けることに抵抗があった。イーサンは妖獣プリア独自の身体能力を生かし、瞳孔の形を変える。これで遠くの場まで様子を窺うことができた。

「そんな……。妖獣プリアが押されている、どうして」

 妖獣はあらゆる形へと容姿を変えることができ、他種族に比べて身体能力も高い。と、聞かされていたイーサン。しかし、ベベット族はそれを上回ってきていた。軍の中で一際、躍動している者がいた。

「なに、あれ……」

 三つ目の男は、八方から仕掛けた妖獣兵達の攻撃をまるで予知しているかのように難なくと躱す。彼によって、次々と同志が討たれ死んでいくのを確認すると、イーサンは思わず目を逸らさずにはいられなかった。
(ひどい。どうして、こんな……)

 彼らの目的は封印されし石版である。それさえ渡せば全てが丸く収まるのでは……。いや、そんな簡単な話ではない。渡したところで、彼らが攻撃をやめないとも限らない。

「そもそも、あの石版って一体……」

 代々レベット家が引き継いできた石版。王都の中でもその存在を知っているのは一握り。そうして、母によって埋められた我が身にある封印術。そこまでして守るべきものとは。考えられるのは、神との関係か。
(ディライトに確認してみなくちゃ)

 王都の正門の守りが薄くなり始めている。このままでは王都の侵入を許し、その中で暮らす者達の命が危ない。
 声を荒げることのない国王である父が、必死に逃がそうとした。それほどまでに自分の命には極めて重要な刻印があるのだと思い知る。今、戻っていけば、取り返しのつかない事態になりかねないのかもしれない。
 それでも――。
(レベット王国は私の国なの。見捨てるわけにはいかない!)


 ベベット族は確かに武勇に優れている種族だと聞いていた。が、妖獣はそれに劣らず優秀な種族だ。しかし、そんな妖獣が簡単に押されている。フィールは冷や水を浴びせられたように不吉な予感に苛まれる。

「……っく、まだ終わらんのか」

 自分の命、さらにはこの国が墜とされようと、封印の石版だけは相手に渡してはならない。イーサンが生きている限りは解かれぬと分かっていても、厳重な封印を施し1年という時間を長引かせることに重要な意味がある。

「……ベベット族が王都内に入ってきました」

 これ以上、ここにはいられない。フィールは封印の部屋から出て、そこへと続く地下の階段を隠すための装置を発動した。壁がゴゴゴと動き、それに蓋をするように塞ぐ。これで時間稼ぎにはなるはずだ。
 王室の玉座に腰を下ろして天を仰いだ。
(私もここまでか。どうか、イーサンとエリザベルに幸運を)

 王室の扉が開かれる。ベベット族がもう押し寄せたのかと身構えたフィールの前に、息を荒げたイーサンの姿が。目を見開いたフィールは愕然と共に彼女へと激昂した。

「なにをしている!! この馬鹿者が!!」
「私は誰にどう思われようが、王女として生きてきました! だから、だから……私はこの国と共に命を賭す覚悟です!!」


▼ユーキリア▼

 東大陸からやって来た男達を前に、門番の役割を担っていたザックは胸騒ぎを覚えた。中位神の中でも厄介な神力を持っている二つの神。精神:アナザーと夜神:ニートル。

「珍客だな。何か用か?」
「ただの見回りだよ。エルバンテがレベットに侵略をしているんでね。このユーキリアでも何か問題があるんじゃないかと」
「仮にそうだとして、お前達がここに来る理由にはならん。レベット王国を心配した方がよいのでは?」
「豊穣の神が身分をわきまえもせず、レベット王国に突っ込んだんでね。僕達としては見て見ぬフリが利口かなって」

 冷笑を浮かべるアナザーの横で無表情を決め込むニートル。この二人を前にすると、寒気が走る。彼らの心の中に渦巻く黒い炎が、以前から存在していることに気が付いていた。能力だけを見れば、上位神の中でもさらに上を目指せる力。それが故、中位神に留まっている彼らには不満以外のなにものでもなかったはず。

「ここには、わしを含め神が3体もおる。安心して立ち去るんだな」
「おいおい、そう煙たがるなよ。同じ十の神としてもっと仲良くしていこうよ」
「あいにく、仲良しこよしをする為に神は存在しておらん」
「……ま、そうなるよな。大事な大事な女王様を護るためなら、神同士で争うことも厭わないと」

 女王との関係について大方、把握しているのか。それも彼女がただの・・・女王でないことを。

「神同士で争うつもりはない。だけど、女王のところまでの案内は頼むよ」
「断る」
「あっそ。でも、アンタの意思は僕にとっては意味をなさないことだって分かっているだろ?」

 避けたくても避けられないアナザーの神力。彼の力をもってすれば、上位神ですらも抗えない恐ろしい能力。スゥっとアナザーの目を覆い隠していたバンダナが、意思を持ったように誰にも作用されずズレた。

「っく!」

 ザックは一瞬にしてアナザーの操る精神状態の中に取り込まれた。アナザーはバンダナを再度、目を隠すように結んで首をコキコキと鳴らす。自我を失ったザックは、アナザーとニートルの両名を引き連れて、王都へと入りこみ更にその先、真っ直ぐ王宮内へと入り込む。国民も兵士も疑いを持つことなく、ザックに道をあけ頭を垂れた。

「さすがだな、お前の能力は」
「当然だろ。なんなら、封印を解く仕事だって楽勝だったはずさ」
「確かにな。だが、ゼウス様の前では通用しないというのがウェルダ様の考え。だからこそ俺達はここにいる」
「分かっているって。万能神は万能神に任せておけばいい。あのクラスにはさすがの僕でも入り込む隙がないって分かっているよ」

 何の問題もなく女王の待ち構える王室前の広場までやって来た。しかし、そこで待機をしていた下位神2体と一人のヒューマンが、護衛にあたっていた。

「どうしてお前達が……」と、顔を強張らせるナンプシー。
「おじ様の精神が操られているようです、お兄様」
「くそっ。あいつら女王の命を狙ってきやがったのか」
「察しがよくて有難い。今すぐそこをどいてくれないか? 君らでは端から相手にならないからね」

 否応関係なしにアナザー達は、彼らの横を通り過ぎて王室へと歩み進もうとした。その時、アナザーの腕を掴んだ者がいた。下級種族の代表と呼ばれるヒューマン族の男に。

「なんだ、貴様は。僕に馴れ馴れしく触って……ぶっ殺してやる!」
「神様がそんな簡単に、下界の者に手を出していいのか? ま、今の俺って神界にも下界にも通じている中途半端な存在だけど」
「ダメよ、ミチ! その人には絶対に抗ってはいけない!」
「そうだ! 彼の神力は常軌逸しているんだ!」

 ピューネとナンプシーが必死な表情でミチを止めに入ろうとする。

「まあまあ、俺は天才だからよ。なんてたって戦神とも互角に渡り合った男だからよ」

 あ! と、思わず口を滑らせたミチは慌てて口を塞いだ。恐る恐る彼は、止めに入ろうとした二人の顔を確認する。当然の反応といった感じで、2体の神はマヌケな顔をしていた。

「なにを言っているのか意味が分からないが、君、ものすごく不快だよ。精神の中で朽ちてくれ」

 アナザーのドスの利いた声に反応して、ミチは彼の顔を見た。先程までしていたバンダナが外れており、薄気味の悪い瞳が目に飛び込む。その瞬間、ミチの身体がグラっと揺れ、視界が真っ暗闇へと変わっていく。

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