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神だって超える#13

  バトルもののアニメを見て育ってきた。魔法だとか気力だとか現実では起こり得ない非現実に憧れを抱き、出るはずもない非科学的な技をイメージしてみる。無論、突然として不思議なパワーが宿るのはフィクションの世界だけの話だ。
 まさか自分が今、その非現実的な世界でバトルを繰り広げようとは考えてもいなかった。目の前には銀髪に銀翼を生やした男。ヴィジュアル系あるいは俳優の役柄でしか現実には見たことがない。

「弱い者イジメはよくないぞ。ここからは話し合いで決めようぜ」
「先程の攻撃を見て、お前が弱いと思う者はいないだろう」
「いやいや、マジで素人なんで勘弁してください」
「そうやって油断をさせて不意打ちをする気だな、そうはさせん」

 どう転んでも戦いに繋がる。これが戦神だった男の性癖なのだろうかとミチは困り果てる。相手が神である以上、自分が完全に敗北を喫するか和平に持ち込むしか方法はない。とはいえ、敗北を認めたところでなんの解決にもならないし、和平もこの状況では期待が望めない。

「さてさて、どうするか」

 考えている暇などなかった。ディライトは加速力をあげ、目にも止まらぬ速さでミチの横を過ぎ去った。痛みはなかったが、己の右肩が抜ける・・・感覚があった。右手に握っていたオリハルコンの剣の柄を持ちあげようとするが、どうにもそれは視界に入って来ない。
 ふと、右腕を確認した。ミチの右腕はオリハルコンの剣と共に落下していた。

「ぎゃああ!!! 俺の右腕が~!!! 血が―血がー!」

 と、斬られた箇所からは血が全く出ていないことに気が付く。綺麗にスパッと斬り落とされた断面には血管や筋肉繊維が見て取れた。

「あひゃ、痛くもねえしなんともねえ」
「当然だ。種を植え付けられた時点で、お前の命は全て種に集約されている。あの娘から説明を受けていないのか?」

 そう問われたミチは顔を歪めてヴェリーへと顔を向けた。彼女はスッと視線を外し口を尖らせる。

「ま、万一のことがあるでしょ。私なりにアンタを思いやったんじゃない……」

 この女、ツンデレ度が増してないか。真剣にミチは彼女を心配した。

「さっきのお返しだ」とディライトはニヤリとする。
「だったら修復の仕方を教えろ。お前が出来て俺が出来ないのは不公平だ」
「……お前なら簡単に出来る。本来の自分の姿を想像すればいい」

 ミチは本来の自分の姿を想像した。脳内でその姿は完璧に捉えた。

「お、右腕の感覚がある!」

 彼は生えた右腕を見て大喜びをした。が、どういうわけかディライトの表情は驚きを隠せないでいるようだった。

「なんだよ、そんなに俺が腕を修復したことが信じられないのかよ」
「い、いや……そうじゃない。そうじゃないが……」

 忍びない様子で彼はミチの顔を指差した。キョトンとしたミチは想像で鏡を創り出し、自分の顔を確かめる。あれ……?

「なんで俺の顔がアリオットになってんだ!」

 そう彼の顔は万能神の一人、アリオットと瓜二つだったのだ。彼は想像の中で、無意識に自分の顔をアリオットに置き換えたのだ。普段からずっと自分の顔を見ていなければ、実に想像することは難しい。

「ちょっと! 私のアリオット様を汚さないでよ!」

 下空からウイランがミチへと苦情を口にする。

「うるせえ! 俺だってなりたくてなったわけじゃねえ! いや、イケメンにはそりゃあなりたいけどもよ!」

 彼は再度、自分の顔を浮かべて鏡の中の自分を確認する。今度は田中の顔となった。

「な、なぜだ……」
「ちょっと、ミチ! ふざけてないで真剣にやってよ!」

 そういう訳ではない。変装が得意になったところで、元の顔が戻らないのはやはり嫌なものだ。モテない人生を共に過ごした顔。好きか嫌いかで言えば、なんだかんだ嫌いではなかった。

「興醒めだ。もうお前を斬る気にもなれん。さっさと去れ」

 ディライトが背を向けた。戦わずに済んだことを喜ぶよりも、ミチはなんだか見下された気分になった。

「ふざけんな! まだ、終わってねえよ!」

 オリハルコンの剣を右手に生み出し、ディライトの背に向けて突っ込んだ。背後で気配を感じ取った彼は瞬時に身を屈め、ミチの懐へ入った。
 ディライトの拳がミチの鳩尾みぞおちに深く突き刺さる。痛みはないものの、実体験で得た感覚を脳が錯乱して再現してしまう。

「うっ……!」
「遊びは終わりだ。これ以上関わるのなら、お前の種を抜き取ってやる」

 ディライトが拳を引こうとした瞬間、ミチはがっしりとその腕を抱えるように掴んだ。

「なに?」
「へへーん、捕まえた。まったく、脳もビックリしちゃったじゃねえか。なるほどなるほど、経験は身に……いや、脳に沁みついているわけか。そこでだよ、ディライト君。君に質問したいことがある」
「……」
「君、神になる前も男だったんだろ?」
「だったらなんだ?」
「うん、そうだよね~。だったら長生きしていたとしても、男ならではのあの・・痛みを今でも覚えているんじゃないかな?」
「なにがいいたい!」

 田中の顔で不気味なほど破顔一笑する男に、ディライトは恐怖を感じた。

「食らいな、”秘技:田中の想い!”」

 斬り落とされたミチの右腕が、ロケットのように真っ直ぐに猛スピードで駆け上がっていく。それは、目標物に向かって一直線に。それが下に見えた時、ディライトは察した。彼は必死に逃げようとしたが、どこから湧き出るのかミチのパワーに抗えなかった。せめて股を閉じようとしたが、それもまた必死にミチの足が入り込んで外へと得体の知れない力を発揮する。

「まさかお前! 強化した自分の身を又《・》しても想像したのか!」
マタ・・だけにな」

 なんとか抵抗すべく想像を施そうとした。だが、焦りとは脳内のイメージを掻き消してしまう。集中力と冷静さ、今のディライトにはそれが欠けていた。

「くそっ!!!」

 イメージ通りの軌道を描き、ロケットパンチはディライトの股間へと突っ込んだ。彼は白目を剥き落下する。

「卑劣だとは思った。思ったが、俺にはこの手段でしか勝ちを導き出せなかった。ふっ、悪いな。だが、いい勝負だった」

 格好つけたミチだったが、その様子に女神たちがドン引きしていたことに彼は気付きもしなかった。

「お見事です! さすがはミチ様!」

 一人、タナカだけは勝利に歓喜して駆けつける。田中の顔をした男にタナカが笑みを見せ、二人の田中&タナカが拳を合わせる。

「えっと……、とりあえずその顔を元に戻そうか」

 ヴェリーが二人の間に割って入って、苦々しくミチに向けた。

「ああ!! そうだ!! 俺の顔どんなんだっけ」

 何度も彼は想像して失敗し、想像して失敗の繰り返しを経て、ようやく自分の顔を取り戻すことに成功した。取り戻せたときは妙にスッキリした表情であった。

「それにしても、アンタの想像力をもっとスマートで格好良くできないの?」
「細部の設定が難しいのは、ヴェリーだって分かっているだろ」
「それはそうだけど……」
(確かにあそこまで自由に想像して表現するのは容易いことではない。それも強者を前にして)

 マクマとウイランとは地に落ちて気絶をしたディライトへ駆け寄って、背を擦っている。その様子にミチはなんとなく寂しい思いをした。

「勝ったのは俺なのに。結局、弱さを見せたイケメンには敵わないんだな」
「そういうことではないと思うけど……。多分、あの三人は特別な友達だから――。うん、だからきっとディライト様が負けたことで、なにかあの二人にしか分からない心情があるんだよ」

 ミチとヴェリーとタナカは、空の下にうつ伏せで倒れるディライトの傍で涙する二人の女神を見つめる。その光る涙はきっと、千年という時間の長さでしか生み出せない、常人には分かり得ない重みがあるのだった。

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