見出し画像

神だって超える#25

▼神議会所▼

 上位神儀礼場とは異なり、階級関係なくして傍聴可能な神議会。そこに呼ばれた二つの神、ウイランとディライトに注がれる視線は白眼視ばかり。
 ヴィンヤード型の傍聴席からは、彼らを非難する声がヒソヒソと流れ始める。神書に書かれた規則を破ることは珍しくはない。しかし、下界の者に肩入れをした挙句、下界の者を直接殺したとなると、状況は違う。
――神書にはこう綴られている。

『下界の者を手に掛けてはいけない。但し、己の神力しんりきによる役割として行うべき行動であれば、それを除くとする』

 その例として、死神や命の神はこれに値すると記される。天神のウイランは無論これに当てはまらない。問題は、下界の生死を操る部分で戦神は除外されるべきではないかとの声があがっていところにある。

「戦神は戦いを引き起こすものであって、その手段の一つとして下界の者を直接下すという考えは、やむを得ない事情に限り許容範囲とする。しかしながら、今回の件では戦を引き起こす重要性に欠け、また戦を起こすにしても他に方法があった妥当性が強い。故に、戦神ディライトが直接手を下さない下したの話はもとより、天神ウイランの行動を見て見ぬフリをした件には重き罰則に値する」

 全能神の凡庸な言葉を素直に聞き入れる二人。端から抵抗する言い分なんて持たずしてやってきた。我が身にある種が回収される判決が出ようと仕方がないこととしたのだ。

「天神ウイランには本来であれば種の回収が相応しいが、天神としての神力・重要度を考慮し中位神としての降格を。新たな後継者を探すべきだという声もあがっているが、育成には相当な期間を要する点と本人が反省している点を鑑みた結果、これを決する。
 一方で戦神ディライトの処遇だが、戦神の重要性は天神のそれと比較した場合、必ずしも惑星に影響を与えるかといえばそうでもないことから、種の回収も止むを得ないと判断」

 ウイランは自分の判決よりもディライトの判決を受けて、下唇を噛んで天を仰いだ。反対にディライトはウイランの処遇に安堵としていた。

「なにか云いたいことは?」

 全能神に問われた二つの神。ディライトは首を横に振り、ウイランは何かを言いかけた。が、すぐにディライトの手が肩に添えられ、ウイランは押し黙った形となる。

「その判決、すこしだけマズイな」

 傍聴席の一ヵ所から、そんな言葉が飛んでくるだなんて誰も想定していなかったので、驚きとざわめきが広がった。ふわっと傍聴席の端からゼウスが浮かんで全能神の前に躍り出る。

「判決に不満か? ゼウスよ」
「い~や、不満はないです。その判決は正しいと思いますよ」
「だったらなんだ? もしや、なにか良からぬ未来を視たのか?」
「さすが、全能神様。まさにその通り。今、ここで彼らに消えられては惨劇が起こるのです」
「惑星に関わることか?」
「惑星の一つや二つであれば、わざわざ出てきませんよ」
「であればなんだ?」

 ゼウスはニヤリ顔をして全能神に背を向け、背後で跪いていたウイランとディライトの首に腕を絡めた。

「全能神様、俺は未来を何万通りと視てきました。その中で、全能神様に事の説明をした数は2300通り。ですが、いずれもよくない結果に終わりました。私が全能神様に失礼ながら回避する行動の指示を出していたとしてもです。全能神様はなにも知らないで頂きたい。今の神界を護りたいのであれば」

 苦い表情をした全能神。全幅の信頼を寄せているゼウスが、決して自分を貶しているわけではないということは分かる。しかし、神界にまで及ぶとなると全能神として知らないわけにはいかないというのに……。

「今、お主がとっている行動が最善の策というわけだな」
「はい。ここは私にお任せください。しいては彼らの身をしばらく、このまま預かりたいのです」

 神議会の中にざわめきが起こり、状況を知りたい者が多勢と出てくる。勿論彼らに対してゼウスが口を割ることはなかった。全知神と万能神が絡んだ事の次第を耳にすれば、たちまち混乱は避けられない。

「すべてが片付いた後に、しっかりと説明をしてもらうぞ」
「承知しました」

 ゼウスは二つの神の首根っこを持ち、スッと神議会から姿を消す。突如として終えた神議の隅で、アナザーは奥歯を噛んで怒りに肩を震わせていた。

「くそっ! あいつらを蹴落とす計画が狂ったじゃないか!」
「まさかゼウス様の邪魔が入るとは……。差し詰め、未来を変えるための行動か」
「ウェルダ様を止めるための行動? あいつらがいないと難しいとでも?」
「そういうことだろうな。ゼウス様一人ではウェルダ様に敵わない、それが未来の指し示した答え。しかし、神界にまで及ぶ封印とは一体なんだ……」
「自分達が思っている以上に、僕達はヤバイものに関わっているのかも――」

 アナザーは言葉を止めると共に、息を止めた。背中にゾワっとした空気を感じたからだ。それはニートルも一緒だったようで、二つの神は恐る恐る振り返った。黒いコートで全身を隠すウェルダの姿がそこにはあった。

「お前達は気にしなくていい。ゼウスの邪魔が入るのは、想定内の範疇だ。それよりも奴が行動を起こしたということは、未来を視て動いているということだ。つまり、俺の動きは全てあいつに読まれている」
「は、はぁ」

 ウェルダはコートを翻すように彼らへ背を向け、歩き出す。無言の指示を与えられたように二つの神もあとを追う。

「俺はアイツと対峙することになるだろう。よって、お前達には別の働きをしてもらいたい」
「別の動きですか」
「その働きによっては、お前達を中位神から上位神へと位上げしてもらうように、全知神様に取り次いでやる」

 アナザーとニートルは見つめ合って、互いに首を縦に振った。

「それでその動きとは」
「ホーリッドのウドラン大陸、ユーキリスの女王エリザベルを殺害せよ」
「ユーキリスの女王? どうして下界の者を殺すことに意味が?」
「エルバンテにユーキリスの間者が紛れていた。まあ、苦痛と共に殺してやったが。――今夜のレベット王国の侵攻を既に奴らに流されたようだ。でだ、邪魔が入らぬようにユーキリスの向かっても良かったのだが、計画を前に下界の者を殺めることは避けたい。エリザベルを殺す理由か? それには大きな理由があり、よって、お前達には重大な仕事となる」

 ウェルダから明かされたエリザベルの正体。一国の女王に過ぎないと思っていたが、今回の件に大きく関係をしている重要人物の一人だったことに、アナザーとニートルは唾を呑み込んだ。それはまさに、重大な任務を任されたものだとも納得がいく。

「我々、二人が確実にユーキリスの女王を討ちましょう」
「僕の力があれば、下界の者なんて瞬殺です」
「油断をするな。これもゼウスの視る未来に描かれているはずだ。何かしらの対策を講じているはず」
「では、慎重に慎重を重ね、確実に始末をします」

 

 こうして、二つの神がユーキリスに近づいたのは、陽が沈みきって暗闇に包まれてから数刻の頃。既にユーキリスを護る三体の神については把握している。守護神ザック、海神ナンプシー、音神ピューネ。中位神1体、下位神2体。厄介なのはザックのみか。

 彼らが女王に崇拝をしている理由は概ね把握した。今まで同じ十の神として、どうして三体の神が下界の者に頭を垂れているのか理解に苦しんだ。
(なるほど。僕達の知らないことを彼らは知っていたんだね)

「なんだか、ムカつくな~」

 アナザーの瞳には凍りつくような殺気が宿っていた。中位神のみならず下位神にまでコケにされ続けていたような感覚を彼は持ってしまったのだ。

「奴らは相手にするな、アナザー。我らの目的は女王の命だけ」
「わかっているさ。ついでに少しだけ痛めつけてやろうかと思っただけ」

 空に浮かんでいた彼らの視線の先。南の大陸、シャンブリ大陸の方角の遠くの空が途端に爆発のような白光が放たれた。小さな惑星では周回りが短く、今いる場所からでも十分にエルバンテが動き出したことを察知できる。

「さぁ、上位神へ成り上がりに行こうぜ!」

 嬉々としたアナザーと表情を崩さないニートルは、ユーキリスへ向けて動き出すのだった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?