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神だって超える#37

 時代は遡って千年前。突如、イーサン大陸の方角が真っ白な閃光に包まれたかと思いきや、その方角からはカミソリのような鋭い風が吹きつける。その風によってユーキリアの建築物は切り刻まれ、外に出ていた二プラン族の肌に傷を残していく。守護神:ザックが急いで防壁を創造するが、その風は大地を捲りあげ頑強な岩と共に防壁が突撃してきた。

「くっ! ユーキリア全体を守るのは無理かもしれん!」
「頑張れ、オッサン!」
「ぐぬぬ……ミチよ。お前さん、どうにか手伝えんか?」
「締まりがねえ守護神だなぁ。う~ん、どうにかねえ」

 シールドを張るとはいっても、どうもイメージがしづらい。現実に触れたものを具現化しやすいというが、大規模なガードを試みることなんてなかったわけで。

「ひとつ試してみるか。失敗しても許せよな」
「ふはは、元々期待はしとらんわ」

 ミチはユーキリア王都全体をイメージする。それを包み込む防壁を想像するのだが、彼は東京ドームのシルエットを思い浮かべた。
 10歳の時に父と姉のミカとで観戦した記憶。ミチは試合途中で眠りに入ってしまった。意識を戻した時には父の背におぶられていた。ミカは父親と愉しそうに試合の感想を語り合っていた。その二人の会話を聞きながら、また眠りに入った。
(あー、あんまり東京ドームに思い出がねえじゃん!)

 細部のイメージ構築が難しい。攻撃の入る隙間を作ってはいけない。しかし、完全密封にしてしまえば二プラン族の呼吸困難を引き起こしかねない。
(この風がいつまで吹き続けるとも分からないしな)

「さあ、挑戦してみるか。マクマ、お前の力を借りるぜ」

 ミチは瞼を閉じ、細い息を吸いながら周囲の自然を感じて取ってみる。
マクマやウイランが云うには、自然と一体化することで認血で受け継いだ力を発揮できるという。自然を感じるとはどういうことなのか。周囲の大地や森、ユーキリアの端に広がる海を心の目で確かめる。

 海を駆け抜けると心の視線は空へと回転をはじめ、そびえ立つ木々が集まった緑一色の森へと視線を落とす。ザワザワと木々は揺れて葉を脱いでいく。

『聞こえるかい? オイラ達の声がさ』
『風が怒っている。風から守って!』

 森の中からどこからともなく声が聞こえる。

『ほら、もっと意識をするんだ』

 次は海から声がエコーして届けられる。

『なーに、心で会話をするだけでいい』

 今度は四方八方から同時に話しかけられているようなスケールの大きさを感じたミチ。

『我はホーリッドの大地。お主、我らに干渉しようとしてきたな』

 大地か。通りで全身に威圧感を感じるわけだ。ミチは小さく微笑を浮かべる。自然を相手に会話をするのは、些か不思議な気分ではあるが、敵ではないと確信している以上、警戒する必要もなさそうだ。

「えっと、俺の名前はミチ。よろしく」
『ミチ。しかとこの目で見させてもらっている。決して利口な者ではないが、そなたは多くの生命に活気を与える不思議な力を持っているようだ』
「そんなに褒められると、照れるな」
『我々の力を借りたいのだろう?』
「おお、話が早い。実はそうなんだが、自然と一体になるって感覚が分からなくて」
『当然だ。我々の意志がそれを望まぬ限りは不可能ゆえ』
「あー、だったら望んでくれねえかな。そうしたらユーキリアを守ることが出来そうなんだよ」

 大地からの答えは直ぐには返ってこない。中々骨が折れそうな交渉になりそうだと、ミチは困り果てる。

『いいだろう。マクマが認めた者、信ずるに値するだろう』
「いいのかよ。今の間はなんだったんだよ」
『自然界のあらゆる生命に確かめておった。皆、快く引き受けよった。そもそも風と一体化になるほうが早いのだが、今の状況では風と同化することなど無理だろう。ミチよ、我々の力をどう使うのか楽しみにしよう』

 声は遠ざかっていき、そうして消え去った。先程までの想像力に磨きがかかり冴えわたる。草のツルがまとまって何層にも重なり合い、ユーキリアを包み込むようにドーム状に形を成していく。刃のような風を防ぎながらも酸素を供給して、二プラン族に苦しみを与えない。
 緑の防壁に包まれたユーキリアに二プラン族は呆気にとられる。それだけではない。神々も唖然とした面持ちで立ち尽くす。

「こらこら、守護神であるわしが惨めになるではないか」
「すごい……。あれは豊穣神様のお力ですね、お兄様」
「あ、ああ」

 瞼を閉じ続けながらイメージを絶やさないでいるミチ。この状況下で彼は冷静に考えていた。この殺傷を伴う風、これはイーサン大陸から吹く。間近でこの風を受けてはイーサン王国は一溜りもない。千年後の大陸は荒れ果てた大地であったことから、辻褄が合う。
 とすると、この風を創り出したのはディライトか。ついに復讐神としてお目覚めになったようだ。

「素晴らしき力だ、ミチよ。さすがは我の夫よ」

 背後から集中力を切らせる発言を受け、ミチのイメージは解かれる。ツルがスルスルと萎んでいき、縮小していく。

「げっ。女王さん、勘弁してくれよ。守れるものも守れなく……」

 振り返ったミチにエリザベルは指さす。ツルが萎んだ先の景色からは、強靭な風は吹いてこなくなっていた。

「見事。お前はこの国を守り切ったのだ」

 エリザベルは声を大にした。それは王都全民に向けて放った言葉であった。瞬間、大歓声が轟く。

「ここを守りしは、我の愛した男! 名はミチである! 彼を讃えよ!」

 大地が震える。二プラン族の大喝采にミチもさすがに唖然とするしかなかった。

「ミチ様!!!」
「ミチ様! ミチ様! ミチ様!」

 彼の名を連呼する大合唱。さすがにここまで盛り上がりの中心にいることが恥ずかしくなってきた。

「気に入らねえな」

 冷ややかな視線を送ってくる者がいた。ナンプシーである。その隣ではピューネとザックが目を泳がせて戸惑っているようだった。

「お前は何者だ! その力を扱えるのはマクマ様だけのはず。それに上位神どころじゃねえ、その創造力は! ゼウス様とはどういった関係にあるのだ!」

 これはさすがに、どんな言い訳をしても逃げ切れる気がしなかった。ゼウスの指示通りに黙認を続ければ、目の前にいる神々と軋轢が生まれそうである。
(おいおい、最悪な空気になるのだけは勘弁だって)

「下位神ごときがギャアギャア、うるさいのう」

 むむ。聞き覚えのない声にミチをはじめ、神々の一同は声のする方向へ顔を向けた。キツネ顔のノッポ男と、Vシネマに出てきそうな強面の無精ひげを生やした男。

「なっ! 役病神デデ様と無病息災神ヒゼン様! どうして貴方達が」

 ナンプシーの見事な紹介に感謝を捧げようとミチは思った。それよりも、正反対にある力の2体の神が共にいることが可笑しくて仕方がなかった。

「どうしてっちゅう言われてもな、なんやここらでドンパチが起こるって聞いたもんやからな」

 ノッポのデデが懐かしさを思い出させる喋り口調をするものだから、ミチは故国を思い出す。実際には関西弁をより濃くした喋り方ではあるが。

「ゼウス様からの直々の指示だよ。これから此処は戦場になるから、十の神同士でユーキリアを守れって」

 身形とは異なり、随分と優し気な口調のヒゼン。まあ、無病息災の神だから優しくても変ではないのは当然であるのだが、いかんせん顔が怖い。とミチは苦笑する。

「そのゼウス様からの指示や。そこの御方は、ユーキリアを守り抜くキーマンやっちゅうて。せやから、今は喧嘩しとる場合ちゃうで」
「しかし! 素性が分からない者に協力をするといっても」
「黙れや! 下位神ごときが、そこの御方に口出しとんちゃうわ!」

 デデの一喝にナンプシ―は身を縮める。どうも彼の言い方では、自分の素性を知っているのではないかと考える。そんなミチとデデの視線が合う。彼はニンマリと大きく笑った。敬意の欠片もなく獲物を見つけた肉食動物のようにミチには映ったのだった。

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