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神だって超える#16


▼エルバンテ領土内▼

エルバンテ領土の近くで足を止めた一向。

「ミチ、これ以上は行けない」

ディライトはそう言って背を向ける。ウイランは交互にミチとディライトの背中に目を泳がせながら困っている。

「気まずくなるのは仕方がないが、それはお前の代償でしかない。お前達が残ることに強制して引き止める権利は、まだ万能神ではない俺にない」

ミチはそのまま歩みを進め始め、タナカは黙って彼に付いて行く。ヴェリーとマクマは距離が広がっていく彼らの後ろ姿を目で追いかけながらも、ウイランとディライトを気にかけた。

「アタシは真実を知りたいから行くよ~。ここに残ったところで、過去を戻せるわけじゃないし」
「……勘違いをしている場合があると思います。私も勝手な思い込みで、ミチはヒューマンだからと期待をしていませんでした。でも、それは大きな間違いでした」

 二人はそれだけ言い残して、ミチとタナカに追いつこうと駆け出した。置かれたウイランとディライトは互いに視線を交わす。

「どんな理由があるにしても、私はベベット族を簡単には受け入れられないと思う。それは向こうだって同じことだとは思うけど」
「けど?」
「ミチ様が言ったように、イーサンの望むことはこんなことじゃなかったはず。だから、もう彼女に恥じない……ううん、私自身がこれ以上誇りを捨てないためにベベット族に会ってくる。妖獣プリアの生き残りとしてね」

 ディライトは決意を固めたウイランの揺るぎない瞳に視線を逸らした。今の自分はそこまでの決心を心得ない。

『ディラ、私ね――貴方のことを愛しているわ』

 突如としてイーサンの言葉が頭に甦る。

『でもね、今はまだダメよ。妖獣プリアもベベット族も、西の大陸に住むまだ知らない命も、全ての種族が友好を築く世界を私はつくってみせるの。だから、その夢が叶った時にようやく、私は神様とだって一緒に生きていける自信が持てるの』

 そうだ。あの時、彼女はそんなことを楽し気に話していたのだった。まるで封印をされていたかのように、記憶から消し去っていた。いや、無意識の内に閉じ込めてしまったのか。
(全ての種族が友好を築く世界……か。あんな状況の中でも、そんなことが言えたのか?)

『私がその夢を諦めそうになった時は、貴方が私の背を押して。私がそれでも立ち直れない時は、貴方が私の夢を叶えて』

 スッと入ってきたその言葉。多分それはどれだけ記憶を探っても見つからない。なぜならそんなセリフは初めて聞いたからだ。だが、確かにイーサンの声で脳に響き渡る。

「どうしたの?」

 ウイランは表情を固めたディライトを心配した。彼の耳に彼女の声は届いていなかった。

『――私がいなくなったとしても、貴方には頼れる友がいる。それでも立ち直れない時は、いつか貴方を救ってくれる人が現れるから……』
『そんなに悲しまないで。誰かを恨まないで。私は見ているから、ずっとディラを見ているから――』

 涙がとめどなく溢れ出す。不思議と分かってしまった、これは彼女の死に際の心が響めいているのだと。イーサンの想いが今この時になって流れ込んできたのは、自分の背を押すためか。
(背を押されているのは俺の方ではないか……)

 急に涙を流し始めたウイランが狼狽えていると、ディライトはその涙を拭い取って決意の瞳を宿した。

「すまなかった。俺達も彼らと共に行こう」
「え、あ、うん」

 情緒不安定な彼に疑問を覚えながらも、その理由を深くは聞かなかった。なにはともあれ、ディランも前に進もうとしたことに、ウイランは心底嬉しく思えたのだった。


 二人が先を行くミチ達を追いかけたところを確認したところで、二つの影もゆっくりと歩みを進める。

「お見事です。さすがですね、サーベラント」

 艶やかな黒い髪を揺らしながら女は小さく拍手をする。それに対し、丸眼鏡を身に付けた男は頬を赤らめて照れ笑いをする。

「その力は素敵ですね。是非、私も使ってみたいものです」
「想いとはどこに現存するのか? 想い人へと依存するのか、想った者にだけに依存するのか」
「心理という名の真理ですね」
「はい。僕も最初の頃はチンプンカンプンで、神としてどう役に立てばいいのか最近までは分かりませんでした」
「成長しましたね、サーベラント」

 女はサーベラントの頭を撫でてやる。彼は火を噴く勢いで全身が茹であがったタコのようになった。

「それにしてもあの三人を改心させるとは、きっと物凄いお方なんでしょうね、ミチ様というお方は」
「そ、そ、それほどじゃあないですよ。僕もいずれは彼らを立ち直らせるつもりでしたからね」
「それは残念ですね、サーベラントの活躍を私も見たかったです」
「はい、任せてください!」

 二人は和やかな会話をしながら、エルバンテへと入国するのだった。


▼エルバンテ内▼

ミチ達の姿を見るや否や、ベベット族は跪いて敬意を表する。すぐにこの国の頭首であるリリブが駆けつけて、彼も同様に頭を低くした。

「あ、そういうのはいいんで」

 ミチが制すると、リリブは体勢を崩して後頭部に手をやって笑みを浮かべた。

「お帰りなさいませ。いかがでしたか?」
「ああ。お陰様で他の神と会うことができたよ」
「それはそれは良かったです」

 と、ベベット族がざわつき始める。一体何事かとミチ達が振り返ると、そこにはウイランとディライトが気まずそうに立っていた。

「おい、あれって銀髪の」
「まさか。そんなはずはないだろう」
「いやいや、神様のお供となれば彼らも神様であるはずだ。銀髪の神様と言えば……」

 ベベット族一同は青ざめて、一斉に額を地につけて土下座のような構えをした。リリブも咄嗟にディライトへと低姿勢を作る。

「安心しろ。アイツはお前達に何もしねえよ。万一、何かをしようとしても、アイツに勝った俺がなんとかしてやる」

 ミチの発言にベベット族一同は顔を上げて驚きの表情をしてみせる。

「あの暴神に勝っただってさ……」
「本当かよ。あの人って物凄い神様なのか?」
「そういうことだろ」

 ははぁ! と、今度はミチに対してベベット族は土下座のまま敬礼を行う。
(なんだか、カルト宗教の教主になった気分だな)

 苦笑したミチは、彼らに頭を上げることを指示した。その指示に戸惑いながらもリリブが許可を出したので、皆、ようやく立ち上がって平常姿勢へと戻る。

「ミチ、俺は」
「来ると思ってたさ」

 歩み寄ったディライトへ、ミチは微笑んだ。ウイランもマクマに迎え入れられ、どことなく表情の硬い笑みを零す。

「して、神様の対面を祝しまして、今晩は私達の料理存分に振るいますぞ」

 リリブがそう言った矢先に、ミチは止めに入った。
(またサソリ料理ばかりを出されるのは勘弁だな)

「それよりも聞きたいことがある」
「はぁ。神様が知らぬことを私達が答えられるかは疑問ですが」
「千年前のことについてだ。そうだな、ちょうど、この銀髪のイケメン君が暴れたとされる頃だ」

 リリブはチラリとディライトを見た。ディライトはなんとか警戒をされまいと下手くそな笑みを作る。しかし、どうもその表情が怖かったのか、リリブは思わず目を逸らしてミチの顔へと移した。

「千年前に制作されたと思われる文献が残っています。その書き記された内容は途中までですが、おそらく大地が枯れ果てる、少し前の出来事かと」
「それを見せてくれないか?」
「ええ、もちろん構いません。ついでにそれ以降の文献も是非、読んでください。銀髪の神様について書かれたものから、代々引き継がれる習慣。進化するサソリ料理まで様々なことが記されております」

 後半に関しては正直、まったく興味を抱けないものだった。とはいえ、文献を遺す文化がベベット族にあることは救いだった。もしかすれば、簡単にウイランの生まれ故郷が滅亡した根幹が見えてくるかもしれない。

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