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神だって超える#39

 ゼウスが吹っ飛んできた。その表現が一番正しいだろう。目の前で土埃を上げて落ちてきたゼウスはムクっと立ち上がり、平然とした表情で一同を確認した。

「やあ、お揃いのようだね」

 なんとも気の抜けた声色であったが、彼の腹には大きな穴が開いていた。とてもじゃないが喜んで迎え入れる雰囲気ではない。その上空に直ぐに黒いコートの男が現れる。コートの隙間から見える眼光に息を呑む暇もなく、その男は手を翳して黒い塊を作り始めた。

「どういう状況やねん。あれってウェルダ様やないか!」

 狼狽するデデはおろか、他の神々も顔を強張らせるしかない。ここから未来、ゼウスにすらも測れない出来事が起こり始めるという。

「石版を寄越せ、ゼウス。そうすれば、ここにいる奴らの犠牲は見逃してやる」
「そういうわけにはいかないね。石版を渡した時点で大きな犠牲が伴うと何度言ったらいいんだ」
「ならば、全てを破壊してでも取り返す」

 黒い塊が放たれた。ゼウスほどの者であれば簡単に弾き返せると思っていたが、彼はジッとその塊を見つめるだけであった。
 ミチは咄嗟に防御のために先ほどと同じように自然と一体化しようとした。しかし、頭の中の想像がまったくできなくなっていた。
(どうしてだ?)

 迫りくる黒い塊。神々は助かる可能性があるが、傍にいるエリザベルがアレを食らえば一溜りもない。

「おい、ゼウス! これって最悪の展開なんじゃねえのか!」
「うむ。未来が視えないというのも不便な話だな」

 なにを暢気なことを言っているのか。ザック、ナンプシー、ピューネは揃ってエリザベルの前に腕を伸ばして防御態勢に入る。目の前に黒い塊が迫り、接触は避けられないと思った時、スッと黒い塊は異空間に飛ばされたかのように消え去った。

「なんだ?」

 理由不明の中、なんとか免れた一同が安堵。しかし、ゼウスだけはウェルダへと静観の眼差しを向けている。ミチがウェルダへと視線を向けると、彼の背から胸にかけて太い腕が突き抜けている。その手の中には小さな種のようなものが。
 赤髪のディライトがウェルダの背後から不意打ちを食らわせたのだ。

「貴様!」

 怒り狂ったディライトの目は赤く染まり、ウェルダしか標的にしていない。なんとか彼のお陰で助かったミチであったが、この状況に即座に確認をしなければならないことが。

「なあ、あれって種だろ! 種が抜かれたら死んでしまうんだよな? だったら、もうあの万能神は終わりじゃねえのか?」
「確かに種を抜かれることで神として生存することはできなくなる。だが、消滅するまでの間、わずかな時間がある。その時間で種を取り戻せば――」

 ウェルダは上半身をディライトの突き抜けた拳の先までスライドさせた。瞬間、種と彼の身体は共鳴をし始め、直ぐに創造された剣によってディライトの腕は斬り落とされる。
 無効化に伴い、ディライトは失った片腕を再生することが出来ずにいた。

「なるほどな。そう簡単にはいかねえってことか」
「ミチ。エリザベルから話を聞いたんだろ? 今の内に彼女の封印術を受けるんだ」

 ゼウスは掌に浮かび上がる石版を翳す。

「噂のヤバい石版か?」
「そうだ。これをお前の身体に埋め込み、封印術を組み込む」
「それが唯一真っ白な未来ってか」
「……すまない。わずか千年の間でも時間がほしい」

 なるほど。石版を埋め込んだ身体をもって千年後に戻れば、その間の千年は石版が存在しない時間となる。とはいえ、元の時代に戻れる確証は何一つとしてないが。

「なにか策を考えるのに千年もあれば十分だろ? ヒューマンの寿命はせいぜい100年もないんだから、贅沢な話だ」
「ふっ。そうだな」

 ゼウスが石版の乗った手を、ミチの胸に目掛けて勢いよく押し出した。胸の外から異物が入ってくるのを肌で感じたミチ。胸の内が燃やされていくような熱さを感じたと思うと同時に、嘔吐感に見舞われる。

「うっぷ」

 膝をついた彼は胸を鷲掴みにして、今度は内から殴られるような痛みに悶絶を始めた。

「ミチ、耐えてくれ。今回の試みは初めてのこと。もしやしたら、石版に身体が耐えられない可能性もある」
「まじ……かよ……。俺はモルモット……じゃあねえ」
「モルモットを用意する時間があれば良かったのだが。これは間違いなく一発本番だ」

 なにか言い返したいところであったが、あまりの激痛に言葉さえ吐き出すことができない。

「エリザベル!」
「わかっておるわ! こっちは任せておけ!」

 ミチの背を手を添えたエリザベルが詠唱に入り始めると、ゼウスは一度頷いて、他の神々へと号令をかける。

「術印が終わるまで、なんとしてでもエリザベルとミチを守り切る!」

 その流れに納得しない神もいる。デデはゼウスに歩み寄り、開いているのか分からない目をゼウスの鼻にまで近付けた。

「俺達は戦いに来たとわけちゃうで! アンタが面白い戦いを見させてくれるっちゅうから観戦しに来ただけや! 俺は戦わへんで!」
「観るだけよりも参加する方が楽しいと思わないか?」
「ぜっんぜん! あんな危険な相手に何が出来るっちゅうんや」

 デデの意見には他の神々も同意し始める。最初に口にしたのは大柄な巨体を持つザックであった。

「彼の云う通り、無効化されてしまっては太刀打ちができません。それにここに集まった神のほとんどが戦いに特化していない」
「勝たなくてもいい。彼らを守り切る――それが俺達の役目だ」
「無効化の件については?」
「アレについては、穴がある」
「穴?」
「ああ。無効化が及ぼす範囲は全方位にない。つまり、四方八方からの攻めを苦手とする」

それを狙って興味を抱くように誘ったということかと、デデとヒゼンは理解を示した。

「それにしてもそんな弱点があっただなんて」
「あくまでも神の能力は想像が源だ。相手を捉えなければ、どうしても集中力を欠く。相手が多ければ多いほどに削がれるのは必須。万能神は名を通すほど万能ではないということだ。俺がすべての未来を視通せないように」

 苦しみもがき続けるミチの姿を映し、ゼウスは暴走するディライトと対峙しているウェルダへと的を絞った。

「守護神、海神、音神。彼らを守るのは君達に任せる」

 三体の神は「はい」と素直に従う。

「ちょいと待ってくれや。俺とヒゼンやと足を引っ張ることになるって。戦い方なんちゅうもんは知らん」
「そうです! 俺は無病息災。戦いとは反対に生きる神なのです」
「大丈夫、大丈夫。奴の気を削ぐだけでいいから」

 なんとも気の抜けた笑みで手をユラユラとさせるゼウスに、二体の神は大きな溜息しか出ない。

「……はぁ。やっぱ、万能神の管理下に入らんでよかったわ」
「そういうな。今回の件が解決すれば、またその件についてゆっくりと話し合おうじゃないか」
「ごめんやわ。でも、万能神に挑めるチャンスなんて早々ないからな。今回はゼウス様に乗っかっても構へんよ」
「デデがそう言うのなら俺も」

 三体の神々は最終的な意思表示を示すため、互いの顔を見て頷き合う。そうして、彼らはウェルダとディライトの火花散る戦いへと向かって飛ぶのだった。

「ぐわぁぁぁぁあ!!!」

 全身に刃を入れ込まれていくような激痛。周囲の状況を確かめる余裕もなく、どうにかしてこの痛みを消し去りたいと思う。その中で出てくる思考は――(死にたい、死にたい、死にたい、死にたい! 俺を殺してくれ! 殺して、この痛みから解放してくれ!!)

 言葉が生まれない。喉の奥で引っ掛かる。いや、内部の痛みがその言葉を出させまいとしているかのようだ。

 あまりの痛みの連続に脳が緊急回避として勝手に指令を出す。
 ミチは意識を失うのだった。 

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