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神だって超える#42

 胸を貫かれたディライトは本能的に距離を取った。種に触れられる前の危機回避。舌打ちをしたウェルダは、遠巻きに観戦をするゼウスらを見て策を講じることにした。このまま復讐神とやり合っている時間はない。一刻も早くに封印術を唱えているエリザベルを止めなければ。

『手間取っているようだな』

 突如、脳に直接響き渡る女の声。その主が直ぐに全知神と分かると、ウェルダは心の言葉で返事をする。

『すみません。このままでは再び封印をされてしまいます』
『ならぬ。この機を逃せば、長い月日を待たねばならぬ』
『しかし、俺だけでは』
『案ずるな、今すぐに私が邪魔者達を排除しよう』

 その言葉は直ぐに実現される。見えない力によって、ゼウス・デデ・ヒゼンの体は一瞬にして細切れ状態に。さらにメラメラとその肉片が燃え盛って消失する。

「う、嘘だろ……。ゼウス様が呆気なく殺されたのか……?」

 震える唇でナンプシーが目の前に起こったことを確認する。ザックもピューネもそれに対して返答が出来ずに硬直するばかり。

「同じようになりたくなければ、そこを退け」

 いつの間にか、3体の神の真上の上空に金色の髪を靡かせた女が浮いている。

「だれなんだ?」
「……お兄様、あれは全知神よ。私も直接、姿を拝見したことがなかったけど、力の差が歴然である以上、そうと考えるのが正しいかと」
「なんだって全知神様が出てくるんだよ!」

 五月蠅い虫を目の前に全知神は軽く手を振りあげた。つむじ風が起こったかと思うや否や、その風は刃へと形を変える。ザックは瞬時にバリアを張って守ろうとしたが、そのバリアでさえも簡単に斬り落とされる。

「なんちゅう力だよ」
「これはまずいな。逆らっても到底、勝てんだろう」
「おじ様、ここは退きましょう」

 利己的な考えではあるが、ここで戦いを挑んだところで僅かな時間も作れないのは確かか。ザックは詠唱するエリザベルに視線を向ける。彼女は集中をして、未だにこちらの状況を把握してなどいなかった。
 エリザベルを守ることが自分の役割。それはいつの日かホーリッド全体を守るよりも重要なことだと思うようになっていた。

「ゼウス様たちは死んではいないよ」

 諦めかけていたザックたちの元に、スカーフで目隠しをしたアナザーとニートルが現れる。

「くそっ、お前達まで現れるとか詰みじゃねえか!」

 もはや敵に対して敬う気持ちなどないナンプシーが2体の神に不快感を示す表情を作る。しかしながら、ザックだけはアナザーの発言に眉をひそめる。

「どういうことだ?」
「全知神の能力は知をコントロールするとことにあるんだ。精神と類似しているかもしれないね」
「知をコントロール?」
「そうだね。分かりやすく言えば、目からの情報と頭の記憶認識は密接にあるのは分かるよね? 言い換えれば”固定概念”のことなんだけど、これらを利用することで相手に錯覚や幻覚といった類を見せることが可能なんだ」
「つまり、ゼウス様達が切り刻まれて燃やされたのは全てフェイクだと?」
「まあ、そんなところだね」
「ちょいと待て。だが、現にゼウス様達は目の前から消え去ったぞ」

 これに対してニートルが説明をとって代わる。

「万能神が十の神の力を最大限に引き継ぐように、全知神とは更に多くの能力を有する存在。全知神とはこの世の全ての知識を持つだけでなく、どの能力と掛け合わせることが相乗効果を生み出すのかを全て把握している。能力数は万能神の2倍と聞いたことがある。つまり、最低でも20種の力を持ち合わせているということだ」

 幻覚フェイクと見抜いたところで、そんな相手に勝ち目はない。アナザーとニートルの登場によって少しは形勢が変わるかと思いきや、反対に心を折られることになろうとは。ザックはいよいよ断念するしかないと考えた。


▼精神世界▼

 全知神の登場により絶望的な状況となった様子を、ミチはイヴが映し出した映像を通して理解していた。

「このままじゃあ、エリザベルも俺の身体もやられてしまうぞ」
「そうだな」
「そうだなって……」
「全知神が相手では到底、外の奴らでは歯が立たんだろうな」
「神のトップに立つからな」
「だが、私はそんな奴よりも上に立つ存在だぞ」
「ここにきて自慢か?」
「鈍いな。私の力であれば全知神など虫を相手にするようなもんだと言っているのだ」
「はいはい。あなたが外に行ければそうですよね」

 軽くいなそうとしたミチであったがイヴの変わらぬ表情の前に、彼女が本気で言っているのだと勘付く。

「ちょっと待て。あんたは外にいけないんだよな?」
「ああ。この身ではな」
「この身では?」
「本当に鈍い男だな。どうして私がお前を選んだのか未だに分からんのか」
「はぁ? 俺を選んだだと?」
「そうだ。なにもゼウスの未来予知があったからお前が選ばれたわけではない。私がこの未来になるように奴を誘導したのだ。ミチ、お前は私の器に相応しい存在だ。お前を万能神として引き継がせたのは私の意志が働いたからだ」

 この世界は自分を中心に動いていると思っている傲慢な野郎がたまにいる。本当に馬鹿らしいと、いつもなら鼻で嗤うのだが今回は別の話だ。イヴの発言する内容は全てが真実。それを受けたミチが訊ねる質問は一つ。

「器ってどういうことだ?」
「そのままの意味だ。お前の身体を借り入れる」
「ちょっと待って! そんなことしたら封印を解くのと一緒のことじゃねえか!」
「早計な考えだ。なにも私自身が外に出ようということじゃない。精神だけをお前に移すだけのこと。その間は決して私という本体は、この場から動かないし術式も継続的に効果を発動する」
「……小学生でも分かるように説明してくれ」
「ばか。――早い話、エリザベルが詠唱を終えるまではお前に協力して戦ってやるというのだ」
「な、なるほど。でもよ、詠唱中は俺の身体を動かすことはできねえわけだろ? どうするんだよ」
「なーに、お前は優れた創造主だ。本体を使わずとも戦う方法がある」

 いまいち言っていることが常識破れなのでピンと頭にイメージが出来ないのだが、つまりは肉体を使わずして想像で戦えってことを言われたような気がして納得した。

「そのやり方を詳しく教えてくれ」
「想像で創りあげた体にミチ自身の精神を取り込めばいい」
「簡単には言うけど、そんなことやったこともねえし上手くいくかどうか」
「そうだな。ミチは幽霊で誰かに憑依する、そんなイメージだ」
「……うむ、なぜだか分かった気がした」
「その上乗せで、私の精神も肉体に入り込む。一心同体というわけだな」
「うう。一つの身体で二つの思考があるってことかよ。なんだか気持ちがわりぃな」

 とはいえ、それしか今の危機的状況を回避する方法はないのであれば、やるしかない。こうしている間にも、全知神の圧倒する攻撃が他の神々を襲いかねないのだ。

「創造する身体はなんでもいいんだな?」
「ミチが想像しやすいものでいい」

 それならもう決まった。想像によって創造できた最初の生物。
 上半身裸で筋肉質な小麦色ボディ。大剣を手に携え、濃厚な紺色に輝く兜と同色のショートメタルパンツを身に付けた男をイメージ。
――タナカである。

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