見出し画像

ニワトリ

ホームセンターには様々な人が行き交う。それは例えば職人とその弟子だったり、昼下がりに洗剤を買い漁る主婦だったり、園芸を楽しむマダムだったり、はたまたシャーペンの芯をわけがわからないぐらい買い込む高校生だったり。その中でも印象的な客には何らかの特徴がある。今回は異色を放つ客のひとりである「鶏の餌」という客の話をしようと思う。

「いやあ、重いねえ」と毎度話しかけてくる夫婦がいた。それはそうだ、鶏の餌の紙袋は20キロ。それを腰の高さまで上げるんだから。レジは忙しい。愛想笑いしながら受け流すと、余計に夫婦の口数は増えた。「うち庭で鶏を飼ってるの〜」とか「名前は鴨っていうのよ〜」とか聞いてもないことを言ってくる。流石に受け流しきれず「庭で飼えるんですね〜」とか「鴨はやりすぎじゃないですか?」とか答えていると、嬉しくなってきたのか、そのうち僕のいるレジにだけ来るようになった。レジの配置はローテーションなのでいつも違うレジにいるのだが、彼らは来店のたびに僕を探してまで世間話をしにくるらしい。勘弁してくれよと思いながらも大事な常連さんをむげに扱うわけにはいかない。彼らは2週間に1度ぐらいの頻度で僕の顔を見に来るようになった。それは上京した息子と子を想う両親のような暖色の景色ではなく、脱獄を図る受刑者を定時に見張りに来る看守のような歪なものだった。歪だったが、別に話しかける以外に何かされたわけではない。だから愛想笑いとテキトーな相槌を繰り返した。

そうして半年が経ち、世間はクリスマスになった。予定もないのでクリスマスもホームセンターのレジにいて年末の買い物を済ませようとする客を黙々と捌いてると、そこにまた彼らは現れた。そしていつも通りに重いねえ、と声を掛けながら僕にビニールに入った銀色の包みを手渡した。基本的に客から何かをもらうことはタブーなので僕は断ったが、彼らはぐいぐいと僕にそれを押し付ける。そして今日も僕に鶏の写真を見せて話しかける。「これがねえ、鴨なの」と。知っている、いつもきいている。恐らく数十回目だ。いつも通り可愛いですねえと相槌を打ちながら「ところで、この袋の中身は何なんでしょう」包みの中身をきくと「だから、鴨なのよ」と夫婦が笑う。夫婦は「クリスマスだし食べてね!」と続ける。その瞬間、気持ちは「豚のいた教室」の小学生である。きくと彼らは毎年庭で育てた鶏を解体しては焼いてご近所に配ってるらしい。いや、配っちゃだめだろ…と思いながらも結局断り切れず、仕方なく包みを持って帰った。

その夜、父に貰ったチキンを手渡すと「なんて親孝行な息子だろうなあ!」と喜んでいた。ビールと共にそれを流し込む姿を尻目に床につくと、僕の胸では罪悪感と一抹の不安が大きく膨らんでいった。だが、そのまま父に打ち明けることはなかった。

その翌日、父は腹を壊していた。親不孝な息子でごめん。

甘いもの食べさせてもらってます!