【兎角が紡ぐ】素直になれない【我が子お披露目のお話】

「お前、好きな奴とかいねーの?」
 遠くに聴こえるは祭囃子。
 微かに鼓動を速める、焦燥を孕んだ夏の香り。
 他愛のない会話がそこに在った。
「健司には関係ないじゃん」
「相変わらず愛想が無いな、醒」
「……それでも一緒に居てくれるよね」
 醒と呼ばれた細身の少年はそっぽを向きながらそう呟き、健司と呼ばれた体格の良い男は何が面白いのか、微かに笑みを浮かべる。
「なにさ」
「さて、なんだろうな?」
 少年の問いに、男は揶揄(からか)うように答えた。
「あー、ホントこの国嫌い。なんでこんなに暑いの」
 話を逸らすように、少年は茹だるような熱気に不満を溢す。
「俺に訊くなよ」
「じゃあ誰に訊けば良いのさ?」
「お天道様?」
「なにそれ」
「俺にもわからん」
 適当に答えを返し、男は傍らに置いていた団扇を手に取りパタパタと扇ぎ始めた。
「自分だけ涼まないでよ」
「自分で扇げば良いだろ」
「疲れるから嫌だ」
「んな我儘な……」
 男は呆れたと言わんばかりに肩を竦め、「仕方がない奴……」と呟きながら少年に向けて風を送る。
「これで良いか?」
「うん」
 少年は薄らと目を閉じ、男の肩に凭れ掛かった。その表情は何処となく幸せそうだ。
「くっつくなよ暑苦しい」
「嫌?」
「……程々にな」
「うん」
 言葉に反し、男の表情も緩んでいた。少なくとも本気で嫌がっているようには見えない。
「健司は好きな人居るの?」
 今度は少年がそう問いかけた。
「いねーなぁ。つかウチ男子校だぞ。そもそも出会いがねぇ」
「ふぅん」
 男の返答に、少年は何が嬉しいのか、コロコロと笑い声を立てる。
「何笑ってんだよ」
「別にー?」
 コロコロ、コロコロ、転がるような笑声。
「で、お前、好きな奴とかいねーの?」
「健司」
「……はぁ」
 最初の応酬とは違う回答。
 口元を袖で隠しながら、少年は真っ直ぐに男のことを見ていた。
「ホントだよ」
「はぁ」
「嫌?」
「男同士じゃ華がねぇぞ」
「可愛いじゃん、ボク」
「顔だけはな。可愛げはないし」
「酷いなぁ」
「自業自得だ」
 そんな風に言いながら、男は肩に凭れかかっている少年の髪をそっと梳く。
「で、健司はどうなのさ」
 気持ちよさそうに目を閉じながら少年は問うた。
「まぁ、アレだ…別に嫌いじゃない」
「むー。ハッキリ言ってよ」
「ハイハイ、好き好き、お前が好き。これで満足か?」
「……うん」
 自ら催促しておいながら、いざ、望んだ答えが返されたことに些かの気恥ずかしさでも抱いたのか、少年は短く頷くだけで、それ以上言葉を紡ごうとはしなかった。
 人気のない境内に、一陣の風が吹き。
 木の葉が舞う。
「……行くんだろ?」
「ん」
「そうか」
 遠くに聴こえるはずの祭囃子は静まり返り。
 鼓動を速める、焦燥を孕んだ甘い香りだけが強く。
「またな、醒」
「ありがと、健司」
 短い別れの挨拶の後、其処には健司と呼ばれた男だけが居た。
 傍らに居たはずの少年の姿は何処にも無い。
「……お前は本当に愛想が無いな」
 逡巡するように頭を振り。
「……恋慕を理由に自殺なんかしやがって」
 愚痴を口にしながら肩を竦め、立ち上がった。
「俺はもう少しだけこっちに残るけどさ……拗ねないで待ってろよ」
 少年が居たはずの場所。
 彼が死に場所に選んだ場所。
 拝殿。賽銭箱の後ろで隠れるように。
 其処に薔薇の花を供え。
「悪かったな、ちゃんと言葉に出来なくて」
 そう、言葉を紡ぎ、男はその場を立ち去った。

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