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エンケラドスファーム:海を持つと考えられている土星の衛星エンケラドスの水を再現して植物を育てる

はじめに
現在、太陽系の中ではっきりと液体の水の存在が確認されている天体といえば、もちろん地球ですが、木星の衛星エウロパなど、地球以外にも液体の水があると考えられている天体はいくつか存在しています。今回のテーマである土星の衛星エンケラドスも、そんな液体の水(内部海)を保持していると考えられている天体の一つです。


エンケラドスは表面が氷で覆われた衛星です。しかし、カッシーニ探査機が観測したところ、エンケラドスの表面からは、まるで間欠泉のように水蒸気が宇宙空間に噴出していることが明らかとなりました(図1)[1]。さらに観測を進めてみると、噴出物の中には、水蒸気と一緒にナトリウム塩やナノシリカも含まれていることが分かりました[2-4]。これらの物質はエンケラドス内部の岩石コアで温められた水が、コアから海に出て冷やされることで形成されたものと考えられています[2-4]。つまり、エンケラドスの中には、液体の水(海)がある可能性が極めて高いのです(図1)。

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図1: エンケラドスの全景と内部の概要図. エンケラドスは氷で覆われているが、南極域(下側の領域)からナトリウム塩やナノシリカを含んだ水蒸気が噴き出しており、内部に液体の水(海)があると考えられている.(Image credit: NASA/JPL-Caltech)


宇宙工学の分野では将来人類が地球外の天体に長期滞在した時の食料確保を目指し、月や火星の土壌で植物が栽培できるかという研究が行われています。月や火星の土質を模擬して、植物の栽培具合をテストした研究によると、どうやら、どちらの土壌でも植物を育てることができるようです[5]。それでは、内部に海があると考えられているエンケラドスの水で植物を栽培することは可能なのでしょうか。筆者が知る限り、エンケラドスの水や氷を植物栽培に応用した研究はないようです。エンケラドスは人類が長期滞在する天体としては、月や火星と比べて現実的でないというのが主な原因なのでしょう。


しかし、人類の滞在とは別に、エンケラドスの水は地球での植物栽培にとって参考になる可能性があります。現在、世界各地で土壌の塩分(塩害)が農業にとって深刻な問題となっています[6]。多くの植物は高塩分濃度の土地では育つことができないため、灌漑や環境の変化で土壌の塩分濃度が上がってしまうと、その土地では農業ができなくなってしまうのです。この問題は津波で海水を被った農地などにおいても深刻で、塩害は農地回復の重要な課題となっています[7]。


この問題を解決するためのアイデアとして、塩分濃度が高い土壌に耐塩性の高い植物を植えるということが提案されています[6,7]。上でのべたように、多くの植物は高濃度の塩分土壌では生育できません。しかし、植物の中には比較的濃度の高い塩分下でも育つことのできるもの(塩生植物)も存在しています。もし、そのような塩生植物を栽培できれば、塩害に襲われた土地でも農業を行える可能性があります。さらに塩生植物が土壌の塩分を吸い取ってくれれば、土の塩分を安全に除去することができます[7]。このような動機も相まって、植物学の世界では植物の耐塩性を調べた研究が数多く行われています[例えば8]。


エンケラドスの水には、塩化ナトリウムに加えて炭酸水素ナトリウムやアンモニアなども存在していると考えられています[2-4]。植物の育成環境を地球の外にまで向けてテストすれば、もしかしたらこれまで以上に植物の性質が明らかになり、地球での植物栽培に参考になるかもしれません(どこまで応用できるかは筆者も定かではありませんが)。

ということで、筆者は今回、単純な興味に加え、地球上における植物栽培の参考にするということを目指して、エンケラドスの水質を再現して植物を育てるエンケラドスファーム(https://twitter.com/Enceladusfarm)という取り組みを始めました。今回は1回目のテストとして、塩化ナトリウム(食塩)と炭酸水素ナトリウム(重曹)を用いてエンケラドスの水質を再現し、アイスプラント、スイスチャード (フダンソウ)、アッケシソウ (シーアスパラガス)の3種類の塩生植物を水耕栽培で育てた結果を報告します。


方法
食塩と重曹は100円ショップで入手し(図2)、先行研究を参考にして[2,3]、1リットルの水道水に食塩3.3g、 重曹4g溶かしました。ただし、植物が育つには基本的な栄養素が必要なので、液肥も加えてあります。

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 図2: 使用した塩化ナトリウム(食塩)と炭酸水素ナトリウム(重曹). ともに100円ショップで入手.

これをプラスチックの容器に入れて水耕栽培用のスポンジで水耕栽培を行いました。ただし今回は植物が育つかどうかのチェックを主な目的としたため、種の発芽は水道水のみで行なっています。アイスプラントとスイスチャードは葉が数枚、アッケシソウは2-3cmの高さになるまで、水道水で育てた後、塩水(塩化ナトリウム+炭酸水素ナトリウム)の入った水槽に移して、生育状況を観察しました(図3)。塩水は週1回取り替え、ライトは植物栽培用のLEDライトを使用しました(図4)

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図3: 塩水水槽で栽培したアイスプラント、スイスチャード 、アッケシソウ (Salicornia)

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図4: 栽培中の植物


栽培結果
アイスプラント
約1ヶ月半、2株のアイスプラントを塩水水槽で栽培したところ、どちらも枯れずに成長しました(図5)。しかし、水道水と液肥のみで栽培したアイスプラントと比較すると成長が遅く、葉の色も薄くなりました(図5)。塩生植物といえども塩分はアイスプラントの成長を阻害してしまうようです。

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図5: 約1ヶ月半塩水(左二つ)と真水(右二つ)で栽培したアイスプラント.

スイスチャード
スイスチャードもエンケラドスを模擬した塩水でしっかりと育ち、短期間に新しい葉っぱが次々に生えてきました。しかし、葉っぱが元気に伸びていくにつれ、茎の根元が茶色く変色するという事態に見舞われました。理由は定かではありませんが、チャードが上へ上へと伸びていったさい、不安定になって茎の根元から倒れるということが何回かあり、そのせいで傷ついた部分に塩水が入り込んで変色させた可能性があります。変色が起きたため途中で一時的に塩水から真水に移したところ、茶色くなった部分の上から新しい根が生えました。2週間真水で育てた期間がありましたが、約1ヶ月半でチャードは20cmほどの高さにまで成長しました(図6)。

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図6: 約1ヶ月半塩水で栽培したスイスチャード. 根元が変色したため、途中2週間、真水で栽培した。


アッケシソウ 
アッケシソウは植物の中で最強クラスの耐塩性を持っているらしく[8]、エンケラドスの海を模した塩水でも問題なく成長しました。ただし、アイスプラントやスイスチャードと比較すると成長の速度は遅く、1ヶ月半で伸びたのは数センチほどでした(図7)。

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図7: 約1ヶ月半塩水で栽培したアッケシソウ.


まとめ
以上のテストから、3種類の塩生植物はどれもエンケラドスの海を模擬した水で枯れずに成長することがわかりました。ただし、今回のテストはかなり条件を緩く設定しており、例えばpHは8程度と、エンケラドスの海で指摘されている8.5-10.5 [3]と比べ低くなっています。また、種の発芽も真水で行いました。今後は異なる塩分濃度やpHの水を用いて、発芽も含めてさらにテストを続けていきたいと思います。

栽培の様子は随時ツイッターで公開していきたいと思います。(https://twitter.com/Enceladusfarm)。


参考文献
[1] Porco, C. C., et al. 2006. Cassini Observes the Active South Pole of Enceladus. Science 311, 1393-1401.

[2] Postberg, F., et al. 2009. Sodium salts in e ring ice grains from an ocean below the surface of Enceladus. Nature 459, 1098-1101.

[3] Postberg, F., Schmidt, J., Hillier, J., Kempf, S., Srama, R. 2011. A salt-water reservoir as the source of a compositionally stratified plume on Enceladus. Nature 474, 620-622.

[4]Hsu, H. W., et al. 2015. Ongoing hydrothermal activities within Enceladus. Nature 519, 207210.

[5] Wamelink, G. W. W., Frissel, J. Y., Krijnen, W. H. J., Verwoert, M. R., Goedhart, P. W. (2014). Can plants grow on Mars and the moon: a growth experiment on Mars and moon soil simulants. PLoS ONE 9, e103138.

[6] Rozema, J., Flowers, T. 2008. Crops for a salinized world. Science 322, 1478-1480.

[7] 中井裕, 西尾剛, 北柴大泰, 南條正巳, 齋藤雅典. 2018. 農学の知を復興に生かす: 東北大学菜の花プロジェクトのあゆみ. 東北大学出版会.

[8] Lv, S., Jiang, et al. 2012. Multiple compartmentalization of sodium conferred salt tolerance in Salicornia europaea. Plant Physiology and Biochemistry 51: 47-52.


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