見出し画像

「コロナ禍非常事態宣言下」という経験値は恐らく戦争創作を読むときに役立つという話

コロナ禍は間違いなく近年のどんな経験よりも「非日常」を我々に意識させてくれた2年間だった。この経験を通して理解したことは、「隣で異変が起こらなければ意外と普通になってしまう」ということだ。芋入りのご飯がご飯粒付きの芋になることもなければ竹槍訓練による同調圧力も無かったが、買い控えによる食卓の変化はあったし、同調圧力だってあった。同じと言うつもりは更々ないが、少なくともこの程度の環境の変化は受け入れてしまうのだという気づきがあった。1stガンダムを見たときは「一年戦争って一年で終わるの!?」と思っていたけれども、コロナを2年やってると「一年」というのが非日常を日常にするのに長くない時間であることがわかった。

この経験は、意識すれば私の読書の、アニメの、映画鑑賞の目線を変えてしまうだろう。「マスクをつけていない登場人物に〜」とかではなく、もっと根源的な理解として。深淵を覗き込むのだとばかり思っていた経験値は、意外と日常的だったという事実は拍子抜けで、そして何よりも恐ろしい事実である。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?