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WDRACの活動に参加した理由と、これからについて。


こちらの記事は、一般社団法人戦災復興支援センター(WDRAC:ワドラック)の2022年アドベントカレンダー4日目に寄せる記事です。

今日で283日目。 (12/4現在)

ウクライナ侵略が始まってからの日数です。それは、ややコロナも落ちついてきたかなと思い始めた矢先の2022年2月24日のこと。
そこから一日も休むことなく今も戦闘は続いていて、事態は収まるどころか、世界を巻き込みながら、さらに複雑化しているように感じています。

平和すぎる日本で生活していると、ニュースで流れてくる情報を見て悲しい気持ちになったり、目を背けたくなる気持ちを持ちながらも、日が経つにつれてその報道に慣れてしまったり、関心が薄まりつつあるように感じます。でも、戦闘は毎日続いていて、戦禍の中に巻き込まれた人々は、一日一日を生きることが困難な状態が続いているという事実…。(考えるだけで逃げ出したくなる。。)

人は必ず無関心になる。正直、自分のことでいっぱいいっぱい。

私が、一般社団法人戦災復興支援センター WDRACの活動に参加した理由はそこにあります。
どんなに綺麗ごとを言っても、毎日仕事に追われたり、家事をこなしたり、ジムに行ったり、(サッカーを観たり、maroon5のライブに参戦したり!)していると、まさかこの現代のおいて、ウクライナ侵略のような残酷なことが起こっている事実を、その瞬間は忘れてしまいます。特に私は凡人すぎるので、目の前のことに引っ張られがち。しかし、今回は、今回こそは、そんな自分を辞めたいと強く思い、自分の生活の中で、世の中や世界の動きを身近に感じながら、目を背けずにきちんと向き合いたいと思いました。

なぜ、WDRACなのか (ちょっと自分語りも入ります)

事の起こりを説明するには遡ること2013年。
代表理事である彰さんと知り合ったのは、当時住んでいた大阪で開催されていたファシリテーション勉強会でした。その当時、彰さんは、一般社団法人プロジェクト結(ゆい)コンソーシアムの理事長をされていて、東日本大震災で被災した地域の支援を積極的に取り組まれていました。私の印象は、物静かな方なのにとても熱量が高く、とにかく行動→思考→行動されておられる方だと感じました。
その後も、隔週で実施されていた「ファシリテーション勉強会」に参加したり、プロジェクト結の活動で石巻へ一週間、ボランティア活動で参加させて頂いたり、企業向け研修のアクティビティ講師を手伝わせてもらったりと、背中を見て学ぶ機会を頂きました。

そこで、私が彰さんから受け取ったことは、誰かのために自分ができることを精一杯取り組むこと。さらに、自分ができることの幅を広げて、仲間を増やしていく大切さです。生きていく中でとても当たり前で重要なことなのですが、ここまで本気で取り組んでいる人を、その時私は初めて目の当たりにしました。そして、私もこのような人になりたいと思ったのです。

誰かのために動くということは、自分自身は自立/自律していることが基本となります。自分が何者なのか、自分が誰かを支えられる状態になるには、どうすれば良いかということを真剣に考えました。

そこから月日は流れ、その学びを胸に、現在は “サービスデザイナー” として働いています。今年で8年目。以前から、似たような領域でキャリアは積んでいたものの、しっかりと自分の肩書きを意識して“自分は何者なのか”語れるようになってきたのは、最近かもしれません。それでも、それなりに結果も出せるようになりました。8年前の自分と比べると、誰かを支えることができる状態になれているんじゃないかと思います。

そんな時に、Face bookであった彰さんからの呼びかけ。2022年3月15日。

「親しい友人たちへ。」
戦災復興支援センター(War Disaster Reconstruction Assistance Center、略称WDRAC)」を始めます。いっしょに始めるよ、という方はコメント欄orDMで意思表明してくださいませ。 ….. 続く

代表理事 長尾彰 FBより引用

今だ。これしかない。

東日本大震災の時、私は大阪に住んでいて、被災地や関東に比べるとほとんど被害がありませんでした。もちろん、ニュースを見たり、状況は把握していたけど、とても身近には感じていなかった。そして、何もできないまま関心も薄まっていった経験。

2013年に、震災から2年近くも経とうとしているタイミングで、あの熱量と行動力で動き続ける人を見て感じた、自分の視野の狭さ、弱さ、無力感。

もう、二度と同じ気持ちにはなりたくない。

結局、人と人の繋がりなんですよね。こういうのって。信頼してる人が踏み出そうとしていることを無視出来なかったし、東日本大震災のときにはまだ何もできることがなかった自分が今何ができるのか、どこまでできるのか、向き合えるのか。そんな気持ちが強かったんです。そういう自分本位な考えが多少あった方が、続けられるような気持ちもあります。それでいいんだ。きっと。

そんなこんなで始まった、私のWDRACとの関わりでした。

WDRACでやったこと、やっていること。

私は、事業推進チームとITチームに所属しています。事業推進チームでは、事業を推進するために必要なことを担うチームで(そのまますぎるw)、主に団体の在り方やこれからに関することを定期的に集まって話しています。ファンドレイジングについても勉強中。誠に勝手ながらCDO(Chief Design Officer)の役割も担っております。
ITチームでは、主に団体HPの立ち上げ、寄付の仕組み構築など、その名の通りITに関わることを引き受けるチームです。とはいえ、私はデザイナーなので、表層的な情報整理を行なったり、インターフェース周り中心で関わりました。エンジニアリング部分はお任せ状態なので、本当にエンジニアの皆さんの対応力にはいつも感激しております。
直接的な活動としては、WDRACを通じて毎月サブスクで寄付をし続けています。

他にも、コミュニケーションチーム、広報チーム、翻訳チーム、情報収集チームなどなど、WDRACの中にはあらゆる機能が備わっているので、チームごとに得意分野の方がいて、さまざまことがスピーディーに推進されていくことがとても気持ち良いです。
情報収集チームのメンバーは、WDRACの支社(支援センター)のあるルーマニアまで実際に訪れて、直接的な支援をしに行ってきた方もおり、コミュニティの中では常に現地の情報が入ってきているので、その情報を見聞きするだけでも関心が高まります。ただニュースを眺めているだけでは知り得ない、現地で支援を求めている人の様子を理解することができるのです。

WDRAC HP 内 寄付の仕組み説明の図

支援する人たちを支援する

一般的に「支援」といっても様々な形があります。

自助|自分のことを自分で助けること(自発的な取り組み)
互助|個人的な関係性を有する者同士が支え合うこと(自発的な取り組み)
共助|制度化された相互扶助(年金・介護保険・社会保険など)
公助|生活保障を行う社会福祉制度による支援(社会福祉制度などの税金で成り立つもの)

WDRACの支援スタイルは、「支援する人たちを支援する」という、互助の考え方に近いスタイルです。つまり、支援者の顔が見える支援であることが特徴で、市民によるセーフティネットでもあります。

ウクライナ侵略以外の地域や人々、ましてや国内にも困っている人はたくさんいるよね、どうしてその中で、ウクライナにだけ支援するの?という気持ちの方もいらっしゃると思いますが、WDRACは、あくまでも市民が市民を助ける活動を支援するという立場なので、今後の活動としてロシアの市民を支援することだってあるかもしれません。国内の支援先を持つ可能性もあると思います。

でも今は、ウクライナにいる大切な仲間の仲間たちが困っているから。停電になって寒い冬を迎えているから。そして、もうすぐ、戦禍に見舞われてから初めてのクリスマスを迎えようとしているから。困っている人が身近に存在している。私たちが行動する理由はそれだけです。

寄付活動って、そのお金がどのように使われるかが不透明だったり、本当に必要なひとに届いているのかな?という、一抹の不安を覚えることもありますが、WDRACには、その心配はありません。

アンサングヒーロー(名もなき英雄)という現地で活動する支援者が、現場で今何が必要なのかを知らせてくれます。活動の詳細は、アニュアルレポートのかたちで報告もさせて頂きます。

🌟12/25追記
WDRAC 第1期 年次報告書(2022年3月-9月) 出来上がりました!

WDRAC HPより

自分ができることを精一杯取り組むこと

WDRACの運営メンバーは、各分野のスペシャリストで人格者ばかり。日々学ばせて頂いてます。そのような人たちと共に、大切な人の大切な人たちのために、自分ができることを精一杯取り組む機会がここにはあります。
いつ自分が逆の立場になるかわからない世の中だけど、「ひとでを海に返す少年」(Loren Corey Eiseley)の物語のように、Make a difference していくことに意味があると、私は信じています。

最後までお読み頂いてありがとうございました!

もし共感して頂けましたら私の仲間になってください。
よろしくお願いします!

寄付についてはこちら
https://wdrac.org/donation/

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