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真鶴岬/睫毛を伏せる


ほっかりと口をひらいてしまったら溢れ出るのは潮水だった

潮水を吐き出し続けながらでもひとは笑っていられるようだ

吊り橋を走って渡る水神のまなこに涙こぼさぬように

おこないのまえにかかっている橋のどちらの岸も見えなくなった

岩礁に近いところは青過ぎてそこから黒が深過ぎる海

誰の声だかもうわからない潮騒が喉の奥からさわぐのだった

ハンカチの青い四角を掌におさめてわらう ことのほかやわく

正座する脛のあたりにざらざらと砂を感じているひるさがり

丘陵の向こう側には家がある見えないけれど真青な屋根が

冷たいと言われ煙草に火をつける考え方という舟と舟

幸福でありますように ずぶ濡れの重い衣服を着たまま祈る

きりぎしのはたてへ行ってしまおうかちいさな炎をにぎりつぶして

遊興ののちの愚かな朝が来る鳥が騒いでいるだけの朝

別に なんでもないと言うときの睫毛を伏せるための筋力

それ以外何をも言わず満潮の潮溜まりへとなだれる水が

(『短歌ヴァーサス』No.11(2007)掲載)

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