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『DEATH STRANDING』レビュー 「なわ」と「棒」と「網」と

ゲームデザイナー小島秀夫がつくる『DEATH STRANDING』は、安部公房の小説『なわ』の一節を引用しプロローグを迎える。

“「なわ」は、「棒」とならんで、もっとも古い人間の「道具」の一つだった。「棒」は、悪い空間を遠ざけるために、「なわ」は、善い空間を引きよせるために、人類が発明した、最初の友達だった。”

「ソーシャル・ストランド・システム」は何を伝えるデザインなのか

この作品、この遊びを通し小島秀夫が伝えるものは、ネットワークがもたらす繋がる危うさ、そして、ネットワークが助ける未来への歩みだ。

DEATH STRANDING

本作は、謎の現象「DEATH STRANDING」の発生により、崩壊の進むアメリカを舞台とするものである。この世界では、生者の世界と死者の世界が重なり合い存在し、時の進行を早める雨が降る。その雨に触れれば、人も動物も植物も、物質ですらも命のサイクルをその終わりに向けて早回しする。
文字通り、死の座礁(=DEATH STRANDING)した世界であり、この世界で人々は分断を余儀なくされ、限られた配達人だけが繋がりを保つ存在である。その一人である、フリーランスの配達人サム・ポーターが、アメリカ再建のために配達を請け負う物語だ。
分断された北米大陸を東から西へ横断し、荷物を届け、ネットワークを繋ぎなおす。

簡潔にストーリーを紹介すれば前述の通りだが、”移動” を主軸に据えるシンプルな操作を求めるゲームでありながら、プロットやシークエンス、ゲームならではの能動的なシステムデザインが綿密に絡み合うことで、この作品を一言で形容し難いものとしている。

移動のデザイン「配達」

本作における“移動” は、ストーリーを進行させる手段であり、それと同時にプレイヤーにとっての目的としてもデザインされている。

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まず目に飛び込むのが、雄大な自然の広がる誰もいない世界だ。足元の瑞々しい草花、複雑な陰影を落とす岩肌、きらめく川の水面。そこに注ぐ滝、諧調をもって霞がかってゆく山々を遥かに見渡す。広大なオープンワールドを歩き始める。
配達の道のりは自由度の高いものであるが、豊かな地形にリンクして仕掛けられるシークエンスが体験を劇的なものにする。
BT(人型の魂のようなもの) の漂う険しい森や、逃げ場のない谷を、息を潜めて歩く。暗い谷間を抜け山峰に至り、晴れ間がさしBB(胸に装着された赤ちゃん)が微笑みプレイヤーは安堵する。頂からは遠くに目的地を望み、下り坂に足を早める。目的地に向けて気がはやる中、タイミング良く「Low Roar」の楽曲が流れ、これまでの一歩一歩を祝福されるかのようだ。
誰かのための、ただ独りの配達が待ち望まれていたものだと知る。

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繋がりのデザイン「カイラル通信」

東から西へ横断してゆくなかで「カイラル通信」という情報通信網を繋げてゆく。
プレイヤーが到達したエリアにおいて、車両や装備品、建設物をつくるためのインフラのようなものだ。これにより梯子や橋、発電機、休憩基地、サインボードといった施設等を設置することが可能となる。
“ゆるやかな繋がり”を意図した特徴的なオンラインプレイに強く関連する要素で、カイラル通信の繋がったエリアでは、自分の設置した施設が、他のプレイヤーがただ独り配達する世界に反映される。誰かが歩いた軌跡は獣道のように踏み慣らされ、時に足跡として表示され、互いに気配を感じとることもあれば、雨で劣化した誰かの施設を補修することもある。行為に対して「LIKE」することでリアクションすることも可能だ。

この「ソーシャル・ストランド・システム」によって、自らの配達を助けるための行為が他者にも共有される仕組みは、コミュニケーションやシェアの多くがネットワーク技術によりなされる現実の現在位置から見ても刺激的なアイデアだ。
リアルタイムで各プレイヤーの状況が随時反映されるものではなく、非同期のオンラインプレイであるため、静けさを持つ雄大な作品世界が損なわれることはない。そればかりか、生命の発生・絶滅を一つのテーマとする作品世界をより奥深いものとして印象付けている。

それは、このプレイヤー同士のコミュニケーションのあり方が人類の営みの軌跡そのものと重なる体験を備えるものだからだ。
現在とは誰がつくりあげたものか。ある英雄がつくりあげたものでもなければ、ある世代のみでつくりあげられたものでもない。過去から現在へ、綿々と、見えない誰かがつくったものを参照し、呼応するように営みを積み重ね、現在がかたちづくられているのではないだろうか。

たくさんの荷物を抱える主人公が転ばぬよう、足元の微地形を観察し、主人公とシンクロしてバランスを取ることに集中する。精神は美しいオープンワールドの中に浸り、のめり込んだ状態で歩みを進める。その一方で、様々なプレイヤーの足跡が交差し重なる様子を見つけ、姿の見えない誰かの営みに思い至る。目の前の事態に没頭しながらも、継ぎ目なく巨視的な視点へと繋がってゆくような、思考の切り替わりを体験することとなる。

TOMORROW IS IN YOUR HANDS

最終章を“TOMORROW IS IN YOUR HANDS”と題し、プレイヤー各々に投げかける通り、未来は私たち一人ひとりの選択の積み重ねにより立ち現われてくる。
現実の私たちに“荷物を届ける者”は、物流配達員であり、それを支える輸送網や交通網、または情報通信網、エネルギー供給網であり、それらは世界中を繋げている。
小島秀夫がつくる世界を遊び、体験した私たちは、私たちを取り囲むネットワーク=無数の張り巡らされた「なわ」に、新た視点を向ける。そして、連絡する先を想像し、善い未来を引き寄せるため、繋がりに手を差し伸べるのだ。

メタルギアシリーズで核兵器の廃絶をプロットしたように、常に未来を思い、未来をつくる視点が『DEATH STRANDING』というアイデアをビデオゲームにとどまらない創作たらしめるものであり、“A HIDEO KOJIMA GAME”として愛されるゲームデザインの根幹なのだろう。

最後までお読み頂きありがとうございました。
常に進化を続ける 小島秀夫・KOJIMA PRODUCTION の遊びに興味を持って頂ければこれに勝る喜びはありません。


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