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不眠症の街

「なあ、愛ってなんだと思う?」

 後ろのコンビニで買ったペヤングが出来上がるのを待っているとき、おもむろに達也が言った。

「随分難しいことを訊くね、それはお前のほうが明るいんじゃないか?結婚してるわけだし」俺はそう言ってからアルコールが回った頭で考える。「そうだなぁ、あー、そりゃ、まあ、あれだ――」

「――人がそれを『ある』と信じたいもの、あるいは『信じている姿そのもの』なんじゃないのか?」

 ふむ、と達也は鼻で言った。それから

「周りの連中に訊くとよ、『家に帰ったときに家族がいること』だとか抜かしやがるんだよ、まったくくだらねぇ、お前の答えのほうが誠実だ」

 俺は達也の言う意味を考えた。が、酔った頭で考える事柄でないことは明白で、言葉は脳髄の中の坩堝に溶けていった。

「そりゃあ、たとえば家族でメシを食ってるときにふと思うんだよ、『ああ、これ以上の美しいものはないな』って。だけどそれは愛じゃない、あくまで『美』なんだよ、じゃあ、愛とはなんぞやとなったときに『ある』と信じたいもの、と来たもんだ」

「あるいは『信じている姿そのもの』」俺は付け足した。「まあ、その、なんだ、正直わかんねぇよ、俺はそういう経験がないから」

「でも頭で考えることはできる」

「世間ではそれを机上の空論と呼ぶ」

 俺達はペヤングのお湯を道に捨てて、しゃがみこんでソースやらスパイスやらを混ぜて食った。

「うめぇな」

「申し分ない」と俺は答えた。

 ペヤングはあっという間に平らげた。そしてペヤングと一緒に買ったお茶を一気に半分くらい飲んだ。

「うまくいってないの?」

 俺は煙草に火をつけて訊ねた。

「そういうわけじゃねぇんだけど、なんていうかな、時々不安になるんだよ、全部夢だったらとか考えると」

「そういう話なら俺もあるよ、この病気になっていない世界線の夢をよく見る。しかもそれが段々手が込んできて、なかなか夢だと気づかないどころか、これが現実だと思い込む始末だよ。……で、目が醒めて全部理解する、と」

「それはそれでキツいな」

「まあね。でもお前はあれだろ、別にメフィストフェレスと契約したわけじゃなし、こっちが現実なんだし、胸張ってりゃいいんじゃねぇの」

 紫煙を吐くと、儚いスクリーンのように眼前に広がった。そこに映るのは健全な俺でもなければ迷える達也でもなく、ただの未来だった。達也はそうだよなと茫然と呟いた。それは俺の紫煙のように淡い呟きだった。

「でもよ」達也が言った。「不安なのは不安なんだよ、やっぱり」

「まあ、現実丸ごと背負ってりゃ不安だらけだろ、そりゃ。しかも自分ひとり分だけじゃない、家族のも全部引っ括めてだろ?」

「俺、こんなに幸せでいいのかな」

「良いも悪いも、幸せになったんだからしょうがないだろ、幸せ者には幸せ者の苦労があるんだよ」

「お前は?」

「俺?あー、頭もイカレて仕事もしてないけど、不幸ではないかな」

 達也が今日初めて笑った。俺も奴を見て笑った。

「笑えるうちはまだ大丈夫だよ、まだなんとか耐えられる。俺達はそこまで馬鹿じゃない」

「じゃあ、電車も無い、行く場所も無い、で、これからどうする?」

「それは知らねぇ」と言って俺は煙草を携帯灰皿に詰めた。「とりあえず、酒が足りないのは確かだな」

 俺達は立ち上がって、コンビニの中へ入っていった。

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