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死ぬほどいい女

 川上レイは非常なナルシストだ。いや、そう断じるのは彼女にとって失礼だろう。なぜなら、レイは事実、めちゃくちゃな美人なのだから。そして彼女はそれを自覚しているにすぎないのだから。

 様子も良ければ性格も明るく快活で、それでいて彼女と話せば人はすべからく怜悧な印象を受けるであろう。その性格ゆえ、五分も一緒すれば相手はぽっとほだされてしまうというわけだ。しかしレイは動かない。そこでさらに相手はレイに溺れていく。彼女もそれを承知していて、だからこそ待っている。公園に佇む誘蛾灯のように……。


 仕事を終えてレイはバーに居た。帰路の電車とは反対方向で職場から離れており、そこは繁華街というと大げさだが、少なくとももしレイに子どもがいたならばまず近づけさせないであろう、そういう場所だった。残業だった彼女は夕飯を食べずにこの店に行ったのだった。

 客はレイが入ってきたときに男性の一人客がいただけで、お互いに端と端に座って黙ってウイスキーを飲んでいる。とはいえ、たとえばワイルドターキーの15年をちびちびと飲むような店ではない。男のほうのグラスから、カラン、と氷が当たる音がしたのを合図に、レイはスツールを引いてわざとらしく足を組んだ。タイトスカートが少しめくれて、そこから見える脚のラインは、谷崎潤一郎だったら帯の付いたピン札を頭の上に掲げながら土下座して眺めることを懇願するであろうほどの見事な曲線美だった。

 見ている、彼女は敢えて伏し目にグラスを傾けていたが、口元は若干の痙攣くらいの緩みがあった。脚を組みかえると彼女のほうにまで聞こえてきそうなほどに男は大きく生唾を飲んだ。

「次は……なにを飲もうかな」

 彼女の言葉に男は授業参観日の男子生徒よろしく、ハイっ!と元気に手を挙げんがばかりにレイに声をかけた。

「あの、もしよければ場所を変えて飲みませんか?」

 レイは目をうるませて、それでも少しためらった。しかしもう男が引かないのを彼女は知っている。そして、その誘いに乗れば最終電車に間に合わないことは、もはや二人のコンセンサスだった。

 店を出て、二人は並んで歩いていた。と、レイがわざとよろけて見せると、咄嗟に男が彼女を抱き寄せた。もう、勝負はついていた。


 男はレイに寄り添って、あくまで紳士的に部屋の中へいざなった。そしてレイはソファに座らせられると、手際よく服を脱ぎ始めた。男はさすがにうろたえて制止したが、レイは止まらない。あっという間に全裸になると立ち上がり、男の目の前に立ちはだかった。

「見れ!!」

 その抜群のプロポーションも、もう男には響かなかった。男はため息をついて一万円をテーブルに置いて、これでタクシーでも捕まえてと言ってドアへと向かった。レイは男をきっと睨みつけ、背中に飛びかかった。不意をつかれた男は床に叩きつけられて悲鳴をあげた。彼女はそんなことお構いなしにベルトを剥ぎ取り、キュウリを曝け出した。やめろ!と男が叫ぶが届かない。レイは手である程度の大きさにすると、そのまま貪りついた。耳鼻科で鼻水を取られているときのような音が部屋を満たし、男の抵抗する声がさんざめいた。しかし悲しいかな、キュウリは立派な夏物になり、レイは跨って挿入すると、なんのためらいもなく腰を振った。男はすでに泣いていた。


 二人は同時に果てた。レイがやっと離れると、男は鼻をすすってバスルームへと向かっていった。

 レイは恍惚とした表情のまま、大の字になって余韻に浸っていた。

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