最後までやる人が勝利する。

こんにちは、やまこーです。

昨日、「最後までやる人が勝利する」という話を聞いて、思い出したことがあります。

過去に担当させてもらった生徒のことです。

彼は浪人生で上智志望、現役時はMARCH全落ち、1年で偏差値約15伸ばす必要がある状態でした。

感覚としては、「ちょっと大変だけど1年頑張れば十分行ける」という感じです。

上智にねじり込むためにあれこれアドバイスやら指示を出し、二人三脚で頑張っていった結果、何のつまずきもなく成績はとんとん拍子に伸びていきました。

過去問でもしっかり合格点を取れるようになったので、「あぁ、これはいけるな」と自信を持って受験シーズンを迎えました。

しかし、滑り止めの受験が終わったとき、彼は顔面蒼白でした。僕は「人間の顏ってこんなに青くなるんだ」とむしろ感心したほどです。

よくよく話を聞いてみると
「どれもこれも手ごたえがない…」とのこと。

入試は人生がかかっている戦いです。誰しも緊張します。普段できることができない、合格できるはずの大学に落ちる。こんなのは日常茶飯事です。

これまでに何百、何千、何万回と書いてきた自分の名前ですら、緊張で手が震えて、まるで昨日初めて文字を習った小学1年生のようにグニャグニャの字で書くこともあります。

「どれもこれも手ごたえがない…」

この言葉を聞いて、「ついに、僕の本当の出番が来たか!」と思いました。

なにせ、僕自身は
・一浪目は塾に通い、二浪目は宅浪。
・二浪目でさえ滑り止めにすべて落ちたのを確認して早稲田を受ける。

みたいな、極限の逆境を経験しました。

なので、生徒が受験してきて滑り止めに落ちているなんて想定内の話。いくらでもアドバイスを準備しています。

こういうときに、どんな話をすれば生徒がみなぎるチャレンジ精神で受験に送り出せるか知っています。

そんなわけで、こういうときのために1年間大事に温めておいた"鉄板の切り札"ともいえるネタを話しました。

ところが、

今度は話していてこっちに手ごたえがありません。

話し終えた時には、生徒が「頑張ってやり切ってきます!」と目に力が戻ると思っていたのですが、

ひととおり話し終えても相変わらず死んだ目で顔面が蒼白です。おそらく焦りすぎて僕も顔面蒼白になっていたと思います。

顔面蒼白の人間が2人向かい合っている、そんな異様な光景がそこにはあったはずです。

状況が全く好転しないので、「お、終わった…」と思いました。

切り札が通用しないのは完全に想定外です。

こうなると僕にできることはただひとつ。

「神頼み」です。

心の中で、「神様が存在しているなら、この生徒に話してあげるべきことを話してあげてください!自分にはムリです!!」とほとんど叫びながら、生徒と会話を続けました。

生徒との会話は続けることには続けたのですが、僕は神頼みに全神経を注いでいたので上の空です。
この間、何を話していたのか今だに全く思い出せません。
(↑おい)

当然、神様の声が聞こえるとかそんなことはなく、「神頼みもダメか、本当に終わった」と思いました。

僕も諦めかけたその矢先、

僕が滑り止めに全落ちして早稲田を受けるとき、母親から言われたことを思い出しました。

「ここで諦めたらこれまでの努力がすべて水の泡になる。だから、もう少し頑張ろうや」

という言葉でした。

その言葉で受験の時の僕の気持ちは全く前向きにはならなかったのですが、

もう思い浮かんだことがこれしかないからそのまま言ったれと思い、生徒に言ってあげました。

すると、

みるみるうちに生徒の目に生気が戻り、顔色がどんどん良くなり、さっきまで死にかけていたのにしっかり復活しました。

「え、こんな普通のありきたりのことでいいの?」と思うと同時に、

「この様子なら、最後まで上智合格を諦めずにやり切ることができるだろうな」と確信できました。

結果、彼は無事に上智に合格しました。

ここまで長々と書きましたが、
ようは「最後までやる人が勝利する」という話でした。

それでは、今回はこんなところで。

==============
【今日の箴言】
最後まで行ってこそ願うものを得る。
過程の中でも得て享受し、目的地に行っても、得て享受するのだ。
==============

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?