痔除伝 第二章 胎動
メイド喫茶での出来事から1年ほど経ち、その間に断続的に複数の異なる違和感をアヌスに覚えるようになった。
症状その1 痒み
前述の通り、一時的に治りはしたものの、数ヶ月に一度くらいのペースで、突発的に発生する猛烈な痒み。人前だろうがなんだろうが関係なく、ムズムズ、ヌルヌルとしたとてつもない痒みが襲いかかる。間寛平による伝説のギャグ、「かい〜の〜!」ならば、人前でもごまかしながら尻がかけるか!?と、試みようとして、思いとどまったのも一度やニ度ではない。痒みとは、場合によって痛みよりも思考を麻痺させるものかもしれない。
症状その2 痛み
元々、私は胃腸が弱く、下痢や便秘を繰り返しがちだった。メイド喫茶での一件から、猛烈な勢いでお腹を下した後に、肛門に焼けつくような熱さと痛みを覚えることが多くなった。それ以外にも、時折りピリッとした刺激を感じることがあった。
症状その3 重み
肛門の痛み、痒みは、恐らく多くの人が体験したことのある違和感ではないかと思う。この「重み」は、経験した人でないと、わからないかもしれない。肛門に何か特別な重力が働いているかのような、長時間続く重み。痒み、痛みは一過性だが、重みに関しては一度発症すると少なくとも4、5日は症状が続いた。
これらの症状が発症しだして、さらに3年ほど経った頃、IQ5万を誇る私の天才的な頭脳が、突然一つの答えを導き出した。
(あ!これ、多分、痔だ!)
痔である。痔なのだ。多分。これまで、アヌスから血が少量出ることは、稀にあった。トイレットペーパーに数滴付く程度の量だが、多分これが痔というものなのだろう。アヌスに不調があって、出血まで起こるのであれば、まず間違いなく、痔に決まってる。
さて、もし痔に罹患したとして、自分ならまずどんな行動に出るか想像して欲しい。肛門に違和感を覚え、それが痔ではないかと疑ったとき、あなたは何をするだろうか。
答えは、放置である。
そう、放置なのである。痔であることを自覚しても、大量の出血があったり、激しい痛みがなければ、自然治癒を狙うことだろう。私だってそうだ。肛門とは、たとえ相手が医者だとしても、気軽に見せて良いものではない、秘密の花園。薔薇の蕾。魅惑の落とし穴なのである。とくに、男のアヌスとは、幼少期、お母さんにギョウ虫検査のシールをぺったんこしてもらって以降、生涯に渡ってご開帳することの許されぬ、闇の深淵。まさにブラックホールなのだ。
私は、アヌスの不調に関して、一切の沈黙と、見の姿勢を貫くことに決めた。そして、今後「大きなトラブルを迎えない場合に限り」それは恐らく正解だったのである。
見の姿勢を貫いてから、さらに数年が経った。医者には行かずとも、この世界にはボラギがある。突発的な不調はボラギで凌げばすぐに治る。ボラギとは、まさに神の薬。マジでハイポーション。エリクサー。ノーベル平和賞あげたい。天が人に与えし偉大な道具とは、火とボラギだったようだ。
私は、アヌスに僅かな不調が起きる度、中にも外にもボラキを塗りたくった。自宅用と外出用、ふたつのボラギを使い分け、トイレで用を足す度、まるでリップクリームを何度も塗り直すかのようにアヌスにボラギを重ねる。ボラギの濫用。ボラギ依存症である。そんな行為を繰り返していると、ある日突然、これまでにないタイプの症状が現れた。
症状その4 しみるような痛み
これまでの、肛門そのものに発生するピリッとした痛みではなく、擦り傷に消毒液をかけたようなしみる痛みが、肛門本体ではなく、肛門の周囲に発生した。ボラギを塗っても治らないどころか、悪化している気がする。
ここまで不調が増えるとなると、仕方がない。しみる以外にも重さ、痛みも併発していたため、病院に行こうと決意を固めた。
私の住むの街で、肛門科があるクリニックは、南北に一件ずつ。比較的近い南のクリニックに行き、診察室のドアを叩くと、中にいたのは、妙に声がでかく、体毛の濃い男だった。多分、パワータイプの土属性だと思う。私は、
(なんか肛門好きそうな顔してんなぁ……)
と思った。
物理攻撃はあんまり効かなそうだし、自分の防御力を上げて、風属性の魔法で攻めようと考えていたところ、彼は事前に書いた問診票に目を通し、
「それじゃあ、下着を膝まで下ろしてベッドに寝て下さい」
と、驚くべき要求をしてきた。ワタシたち、まだ会って3分も経ってないのに!!私が渋々指示に従うと、図に乗った男は続けて言った。
「見えやすいように、壁側を向いて、下になってる足は伸ばし、上の足は抱え込むように曲げて下さい。」
なんてこと!!こんな投球直前の左投げピッチャーみたいなポーズ、恥ずかしくて耐えられない!!
当然素直に従うかわいい私。すかさず、男は私のお尻のほっぺの部分を持ち上げ、ちょっと冷やっとしますよー、と告げるやいなや、私のアヌスに冷たく、滑った感触が走った。
(ひゃっ!)
私は、少しのけぞった。そして、その感覚に、少し、(これは、悪くないですね……)と思った。
肛門科の受診を避けていた理由はいくつかあるが、その中の一つに、(何かに目覚めてしまうのではないか)という不安があった。男の身体には、前立腺という器官がある。男性を男性たらしめる器官なのだが、この器官を刺激する事で、男として生まれてきたことに感謝を覚えるほどの快感をもたらすことがあるようだ。事実、私がかつて師と仰ぎかけた男は、前立腺遊びにどっぷりとはまり、前立腺を歯ブラシで刺激し続ける生活を続けた挙句、前立腺がテニスボール大に腫れ上がってしまったらしい。
アヌスに塗られたローションをきっかけに、そんなエピソードがフラッシュバックする。もし、この診察をきっかけに、何かが芽生えてしまったらどうしよう。事実、さっきローションのようなものを塗られた際、有りよりの有り判定をしてしまった。それに、昔付き合っていたかのはぁぁあぁぁぁぁーーーん!!!!!
突然、モヤモヤと思考を重ねている私のアヌスを、何かが貫く!!ヌヌヌヌっと、何かが私の体内に侵入!!苦しい!アヌスに何かが入ってきたことで、体内から口の方に向かって内臓が押し出されそうになる!私は、ロケット鉛筆の気持ちを理解した。
とにかく、これは辛い。想像以上に苦しい。快感とかなんとか言ってられるような状況ではない。ズキズキとする痛みと、異物侵入による苦しみのコラボレーション。どうしようもないほどに痛くて、苦しい。医者は、どこが痛いの?ここ?などと言いながら私の体内を掻き回す。もう、なんだか全体的に痛くて、気持ち悪くて、
「ぜ、全部です!!」
と、訴える。医者は訝しみながら、今度は器具を使ってよく見ると言う。
ゆっくりと指が引き抜かれ、ホッとしたのもつかの間、今度は串団子のような、太い、クビレ、太い、クビレと、太さが一定では無い器具を入れられた。これは、もしかして、アダルトビデオなどでよく使用されている、アナルパールという器具では無いのか!?コノヤロウ!診察に託けて、イタズラしてやがる!しかし、どうやらその器具は内側を観る為の器具だったようで、彼は私の内臓を見ながら感想を漏らす。
「うん、キレイだねぇ」
うるせぇ!そんな感想求めてないんだよ!バカ!この、肛門好き野郎!!
一通り私の内臓を楽しんだ後、それでは抜きますね、と言いながら器具を抜きにかかった。クビレの一つ一つがツプ、ツプ、と抜かれる度に、
「うっ!うっ!」
と、声が漏れる。診察が終わり、息も絶え絶えの私に、看護婦さんが、ごめんなさいね、辛かったよね、それでは拭きますね、と言って、アヌスを紙か何かで拭く。お母さんにおしりを拭かれているような、なんだか懐かしい安心感が込み上げてくる。
衣服を直して椅子に座ると、医者はなんだか悩んでいる。言うべきか、言わざるべきか……。意を決したように、こっちを向き、ひとつため息をし、説明を始めた。
まず、肛門のところにイボがあります。これは、切れ痔が治った後に出来るイボで、見張りイボと呼ばれるものです。これ自体はなんの悪さもしないので、問題ないでしょう。以前、切れ痔があったという跡のようなものです。
なるほど、見張りイボ。「門」の近くを見張るように出来ているから、見張りイボというのかな。そうだとしたら、面白い。洒落たネーミングセンスである。褒めて使わそうと思う。医者は、続ける。
で、肛門の周囲なんですが、荒れてますね。多分、市販の薬を塗っていたという事だったので、おそらくそれが原因ですね。長期間塗ったからか、もしくは大量に塗りすぎなのかもしれません。控えてくれたら自然に治ります。以上ですね。
(……なん……だと……?)
私は、BLEACHの気分になった。
内部を見たが、特に異常は無い。痛みについてはよく分からないが、治った切れ痔が起こしてるのでは?何にせよ、問題はない。それが彼の意見であり、処方箋のひとつも出されなかった。私の初診料2,000円は、肛門が好きそうなおじさんにアヌスを弄ばれて、露と消えたのだ。それだけならまだいい。もしかしたら、私はなんの異常もないのに、アヌスを弄り倒される為だけに肛門科に来た、とんでもない変態野郎のレッテルを貼られた可能性もある。不必要にボラギまで塗りたくって、肛門を荒らしてさえ、いる。
ちくしょう!ボラギめ!!二度と買うか!!てめえ、この、クソ薬!!危険ドラッグ!!
(医薬品は用量、用法を守って正しく使いましょう)
やっぱり、病院なんか行くんじゃなかった。もう二度とここの敷居を跨ぐまい。そう胸に誓った。
つづく。
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