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【小説】二日酔い

23:32

付き合ってるってなんだ。

好きな者同士であれば毎日連絡するし、毎週デートするし、毎月記念日を祝うもんじゃないの?
今まで何人もの乙女の恋愛相談に乗ってきた私だ。エビデンスは十分にある。

おかしい。こんなはずじゃない。恋愛ってもっと甘くて、優しくて、楽しいものなんだろう。
それにも関わらず、なぜこんな感情になっている。どうして3日以上連絡をよこさないんだ。なんで私との予定をたてないのに友人と飲みに行っているの。明日は記念日だぞ……。


10年ぶりに彼氏ができた私は、恋愛に対する免疫がなくなっていた。
いや、免疫がないというより、「都合がいいもの以外を受け止められる心の容量がない」といった方が正しいかもしれない。

私は、小さい頃から人にちやほやされて生きてきた。
陶器のように白い肌、ぱっちり二重で鼻筋はすっと通っている。背も高く、四肢はすらっとしていたから、「都会なんかに行ったらすぐにスカウトされて、有名人になっちまうぞ!」なんて近所のおじいさんからよく言われたものだ。

義務教育中はしょっちゅう体育館裏に呼び出されたなあ。話したこともない男子から、不敵な笑みを浮かべる女子の先輩まで。良くも悪くも、全校生徒から声をかけられたと言っても過言ではないくらいの人気者だった。
そんなだから、付き合っても3か月以内に別れることがほとんど(大体が女の逆恨みによるものである)。

どうして色恋が絡むと人間はこんなに愚かになるんだろう。
そう思い、女子高に進学した。でも対して変わらなかった。

だから私は恋愛をしなくなった。
もう愛とか恋とかいう理性的でないものに振り回されたくなかったのだ。
仲のいい友達と、話を聞いてくれる家族がいるだけでいい。それでよかった。

しかし、20代も後半になると流石に結婚だの、孫の顔が見たいだのという話が出てくる。
それは家族だけではなく、友人ともそんな話になるのだ。
結婚式はどこで挙げたい、ウエディングドレスはどんなデザインがいい、などと友人がきゃあきゃあ騒ぐようになった。

「ゆりなも早くいい人見つけなよ!」
「いや、私は……」

明美は大学時代に出会った友人だ。今でも仲良くしてもらっていて、月に1回くらいのペースで食事をしている。

「あ、そうだ。おすすめのマッチングアプリがあるから、スマホにいれてあげる!」
「え!? いやいいよ……」
「いいからいいから。センパイの言うことは聞いておきなさい!」
「最近入籍しただけじゃん……」
「お黙り。ほらこれ、あたしが旦那さんと出会ったやつ!」
「登録面倒だなあ」
「いちいち文句言わないの。それに、始めてみたら案外楽しいかもよ?」
「はあ……」

アプリに登録しているのは恋愛を渇望している人間だけだろう。私とはあまり縁のない人たちだ。

「あ、旦那さんもう着いたって」
「じゃあ、お開きにしようか」
「そうだね。今日はありがと! 結婚式の準備で疲れてたから、いいストレス発散になった」
「センパイも苦労してんだなあ」
「これも愛のためよ」
「愛かあ……」

恋愛に狂わされていた明美も結婚か。なんか感慨深いな。

「アプリの報告待ってるね!」
「はーい。明美も旦那さんと仲良くね」
「うん、ありがとう!」

明美を見送った私は、勝手にインストールされたアプリを見つめた。


6月1日 21:46

壮太はマッチングアプリで最初に出会った男性だ。
私より2歳年上の30歳。身長は185センチと高く、筋骨隆々。学生時代はラグビー部に所属していたらしい。いかにもスポーツマンな見た目をしているが、勤め先では大変スマートだそうで、最近部長に昇格した。

こんなの女子が放っておかないだろう。
なぜマッチングアプリを始めたのか聞いたら、「友人が無理やり勧めてきて……」ということらしい。

この人もおせっかいな人間の被害者だったのか、かわいそうに。
「実は私も……」と正直に打ち明けると、お互い噴き出してしまった。

「まさか僕と同じ境遇の人がいるなんて思いませんでした!」
「こんな偶然ってあるんですね!」
「ゆりなさんさえ良ければ、普通にお友達になってくれませんか?」
「もちろん! 親切な友人を持った者同士、仲良くしましょう!」

壮太との関係は楽だった。学生時代のようなしがらみはないし、職場も別だから変な気を使わなくていい。
お互いグルメ巡りとお酒が趣味だったため、気になるお店を見つけては一緒に食事をした。ときには映画館で話題作を見たり、スポーツ観戦に誘ってもらったりして……。

「ゆりなさん、好きです。付き合ってください!」

プラネタリウムを観終わり、夜景を眺めながらレストランで食事をしていたときだった。

「え?」
「すみません、急にこんなこと……でも、本当に好きで!」
「えっと、それは恋愛的な意味で好き、ということですか?」
「はい!」

まさか壮太から告白されると思っていなかった。ただの友人として接してきたから……いや、考えてみれば、最近は結構ロマンチックなシチュエーションが多かったな。どうして気づかなかったんだろう。

「もし付き合うのが難しいなら、今までみたいに友達として仲良くしてくれたら……」
「あ、えっと、うーん……」

いや、告白した後もそのまま友人でいられることってあんまりないだろう。大体がなんとなく気まずくなって、距離が空いていくんだ。

「返事もすぐじゃなくていいので、考えてもらえませんか?」

正直、こんなに気が楽な友人を失うのは嫌だ。どうしようか。
ぬるいワインを一口飲んで、私は言った。

「つ、付き合いましょう!」
「本当ですか!」

私は残酷な人間なのかもしれない。同じ気持ちでもないのに、とりあえずOKを出してしまった。

「めっちゃ嬉しい……あの、もしよかったらなんですけど、敬語やめませんか?」
「あ、いいですよ」
「その、呼び方も……」
「呼び捨てにしますか?」
「はい!」

目の前の大男が目を輝かせるほどに、私の中の罪悪感が増幅する。

「ゆ、ゆりな?」
「なに、壮太」
「わあ……わあ!」
「ふふ、そんなに嬉しいの?」
「嬉しい! めっちゃ嬉しい!」


――こうだったのに!
始めはこうだったのに!!

なんなんだ今のアイツは。私に告白してきたクセに、デートに誘っても「大学時代の先輩が~」とか「会社の飲み会があって~」とかぬかしやがって!
そんな交友関係、付き合う前からあっただろう。それなのにどうして私との予定をたてない!

最近はメッセージの返信も遅い。前は毎日連絡していた。なんなら10分も待たないうちに返事があったのに、今は3日以上連絡がない。
仕事が立て込んでいるらしいが、お前は私のことが好きなんじゃないのか? 好きな相手の連絡が待ち遠しくて、携帯の通知音が気になって仕方なくなるだろう。

私は知っている。
アイツが行きつけのバーに週3回以上のペースで通っていることを。

付き合い始めの頃に壮太に紹介されたバー。5席くらいしかない小さな店で、気さくなマスターが笑顔で迎えてくれる。いつしかそのバーは私たちの行きつけになり、デートの終わりによく通うようになっていた。

つい先日、たまたま明美を連れて行ったときにマスターから「最近、壮太くんと一緒に来ないね?」と言われた。

「すみません。仕事が少し立て込んでいて……」
「ゆりなちゃん忙しいんだねえ。壮太くんは昨日も来てくれてね――」
「え?」

どういうことだ?
仕事が忙しくてまともに連絡を取ることができないけど、バーには行くことができるというのは。
職場からバーに行く途中にでも返事を寄こしてくれてもいいだろう。

マスターには「また今度、壮太と一緒に来ますね」とだけ返した。


23:52

私は忘れていた。
愛に生きる乙女たちが何度も泣いていたことを。
好きな人と付き合って幸せいっぱいのはずなのに、苦しいことばかり起きる恋愛というものを。

いつのまにか壮太よりも気持ちが大きくなっていた私は、情緒が不安定になっていた。

恋人としての期待が大きくなる一方で、嫌われたくないからわがままは言えなくて。
恥ずかしいから涙を流すこともできない。
今は諦めることで自分をなだめている。

もう終わりにしちゃおうかな。恋人という額縁が邪魔に思えてきた。
でも、まだ別れたくないな。もっとちゃんと話して、色んなすり合わせをして……。
こんなことを延々ループしている。

好きなんだな。

何度も自覚する。好きになってしまったんだと。
恋愛ってなんだよ。難しすぎるよ。
分かった気になんてなれないよ。
心が爆発しそうなくらい、いろんな気持ちが湧いてくる。

傷ついた心を癒してくれるのは高いワインだけ。
倒れそうな自分を支えてくれたのは友人だけ。

明日も仕事があるから早く寝よう。



作者:明坂凉汰


↓次のおはなし
https://note.com/r_aksk_0326/n/n0167825cb3ef

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