社会貢献をしたいと願うシェフたちの思いが届きシェフの地位が上がり、産業を動かし、レストランは行政が無視できない存在となる
1996年に田中康夫氏による忖度なしのレストラン評価本「いまどき真っ当な料理店」の仕掛け人であり、2001年の創刊からレストランの実名評価本「東京最高のレストラン」の編集長を現在も務めている大木淳夫さんが今回のゲストです。約30年間にわたって伝える側からレストランを見続けてきた大木さんが、30年後のレストランに見る未来とは?
地方のレストランが産業として根付く環境はでき始めている。でも中心はまだ東京一強
――大木さんのレストラン評の舞台はほとんど東京ですよね。最近は地方の時代だとよく聞きますが、レストランの流れが東京から地方へ移っている感覚はありますか?
大木 確かに「地方の時代」という言葉をよく聞きますが、実際には圧倒的に地方から東京を目指す数のほうが多いと感じています。レストランという観点では、まだまだ東京の時代と言えるでしょう。地方で話題となっている店も、結局は東京や世界から来る客をターゲットにしていますし。そもそも、東京で流行っているようなレストランに行こうという客が、残念ながら地方にはあまりいないのが現実です。地元の人たちに愛されるレストランを作ろうと頑張っても、理解されにくいし、経営などもかなり大変なシェフが多いのが現状です。
――そもそも地方の人たちはあまり外食をしないですよね。会社帰りに一杯飲むという外食ではなく、友達や家族とともに食事をするという意味での外食ですが。贅沢な感じがあるのでしょうか?
大木 レストランという形態が堅苦しく感じるのかもしれません。地方では車で行かなければならないというのもネックでしょうか。
――ワインの消費も地方は低いですよね。
大木 とはいえ、昔と比べるとシェフたちがやりやすい環境が整ってきていると思います。地方のしきたりや組織の縛りがなくなり、以前よりはのびのびとやれるようになっているのではないでしょうか。レストランが産業として育つ土壌ができ始めているのは間違いありません。そもそも、食べ物自体が日本中でおいしくなっていると思いませんか? 調理技術のレベルは上がり、調理器具も進歩しています。生産者も非常にクレバーに生産物と向き合っている時代です。冷凍食品もすごいですよ。普通のスーパーで非常においしいものが安く買える。冷凍=まずいという先入観はもう当てはまらないでしょう。
――確かに、日本中でまずいものを探すほうが難しいかもしれませんね。
大木 人間が食べるものは、30年といわず、これからもまだまだおいしくなっていくと思います。ベジタリアンやヴィーガン向けの料理も、たとえば代替肉などはかなりレベルが上がっています。ただ、まだ欧米ほど日本では認知されていない分野ですけどね。東京のような街でもヴィーガン向けのレストランの数はほんのひと握りで、地方となるとほとんどありません。つまり、まだ改善の余地はあり、伸びしろがあるということでしょう。企業は利益を求めてより高みを目指します。調味料にしても調理器具にしても、出尽くしたと思っても、隙間を埋めるようにまた新しいものが出てきます。だから、料理もどんどんおいしくなります。調味料といえば、最近話題の「液体塩こうじ」は某三ツ星シェフも使っていますし、僕も使っています(笑)。
――ひと昔前のシェフたちはちょっと頑固で、「フランス料理なんだから醤油なんか使うもんか」といった姿勢を貫く人が多かったように思いますが、最近のシェフたちは柔軟ですね。いいものはいいと言えるというか。
大木 味にしても技術にしてもここまで高品質になったら認めざるを得ないでしょう。すしロボットもすごいですよ。世界一のすし握りマシンだと業界で評価されているものがあり、某有名なすし店の親方もその技術を褒めていました。「あいつらはすしの握りも上手いし、24時間文句を言わずに働く」と。
レストランに求められるのはコミュニケーションの場
――大木さんが考えるレストランの未来ですが、もしかしてレストランもAIにとって代わられるとか?
大木 いや、逆です。食べ物はまだまだおいしくなっていく。料理の進化は止まりません。となると、レストランに求められるものは、やはりコミュニケーションの場というところに落ち着くのではないかと思います。少なくとも僕たち60歳前後の世代はそういう風に育ってきたと思います。昭和だといわれるかもしれませんが、「デートの装置としてレストランがある」といった感覚ですね。映画館に無言で2時間いるのと、レストランで話をしながらご飯を食べて2時間いるのとでは、体験の濃さが違いますよね。レストランはコミュニケーションを育む手段としてとても良いと思います。だから、レストランを使いこなせる人は、仕事ができる人になれる気がします。相手と会話をしようとし、興味を持ったら料理やワインを知ろうとするからです。
――でも、レストランをその視点から見て発信する人はあまりいませんよね。SNSなどを見ると、味やサービスばかりクローズアップされており、おすすめのレストランを聞かれるときは「おいしいところを教えて」と味に関することばかりですし。
大木 レストランにはさまざまな楽しみ方がありますから、味を追求するためにレストランに行くのも良いと思います。ただし、ひとりで行って、ひとりで写真を撮り、お店の人と話すこともなく黙々と食べてSNSにアップして終わりというのはもったいない。僕はレストランをよく劇場に例えるのですが、客がいて、シェフがいて、料理があって、サービスマンがいて、その舞台を楽しいものにしようとすれば、みんなが主役となって作り上げるほうが良いでしょう。その場所として劇場、つまりレストランがあるという意識を持てば、レストランの価値をもっと感じられるのではないでしょうか。
――レストランは単に料理を提供される場ではないということですね。
大木 そうです。そのことを思い出してほしいんです。ミシュランで言えば、東京は世界で一番星がついている場所です。世界中から絶賛されているのであれば、レストランの良さを国がもっと認めて、レストラン文化の向上のために尽力してもいいと思います。国が動けば、地方も動くでしょう。
――国としてはインバウンドを増やして海外からの観光客を誘致に成功したと言っていますが。
大木 確かに全体的に外国人客は増えたでしょうが、円安の影響が大きいでしょうし、そもそもレストランでそんなに外国人客が増えているとは感じません。レストランによく行く僕が、外国人客が増えたとはあまり感じないです。昔より若干は増えたかもしれませんが、それでレストランが経営的に潤っているとも思えません。日本のレストラン文化に必要なのは、外国人客を増やすことではなく、まずは日本人が日常生活に上手にレストランを取り入れ、コミュニケーションの場として楽しめるようになることです。そのために、国がレストランの素晴らしさをもっと理解してくれることが重要です。コロナのときに「レストランに行くことは不要不急の外出だ」と宣言するのではなくてね。
オールインクルーシブと再現レストラン、そして東京最高の名物料理
――日本人にもっとレストランの良さを知ってもらうには、具体的にどうすればいいと思いますか?
大木 普段行かない人たちにレストランに通ってもらうために3つ考えていることがあります。ひとつは「オールインクルーシブ制度」の導入です。要するに、映画館やコンサートに行くときはチケット代でおしまいですよね。しかし、レストランではそうはいきません。レストランを敬遠する人の中には、支払いを心配する人が意外に多いです。コース料理でだいたいの価格はイメージできますが、最終的にはワイン代やサービス料などで、思っていたよりも高かったという声はよく聞きます。だから、最初からすべて込みの価格を提示するのです。いくら飲み食いしても、いくらいくらです、と。会費のようなもので、追加料金の心配がいらないので安心して食べられ、その分会話に集中できるのではないかと思います。明確な会計を示せばお客が増える気がします。
――心の余裕でコミュニケーションの場としてのレストランも満喫できるということですね。お任せコースのようなものと考えていいですか?
大木 いや、お任せコースとは違います。僕はお任せがあまり好きではなく、やはりレストランではシェフやサービスの方と会話したり、テーブルを共にする人と相談したりして料理の構成を組み立てていくことが、コミュニケーションの場としての醍醐味だと思っていますから。日本人は、アラカルトとコースがあると、圧倒的にコースを選ぶ傾向があります。こうした日本人の気質に一石を投じるためにも、「オールインクルーシブ制度」はアラカルトの要素も持ちつつ、オール込みの形式であってほしいわけです。
――すでに認知されているプリフィクスの要素をワインやサービスにも取り入れるということですね。実現できそうな気がします。
大木 でしょ? オールインクルーシブはホテルなどですでに実施されており、経営的にも成功している例があるので、できないことはないと思います。もうひとつの提案が「再現レストラン」です。僕たち上の世代は、自分たちが歩んできたフレンチやイタリアンの歴史がありますよね。最近は体験型のレクリエーションが流行っているので、たとえば1980年代後半に一世を風靡したイタリアン「バスタ・パスタ」の内装を3Dのような高度な技術で完全に再現した場所で、冷たいトマトのパスタを食べるなど。今はなきレストランでも、実際にそこで食べた気分になれる、文字通り劇場型のレストランを作るんです。
――高齢化社会にぴったりですね(笑)
大木 この提案にはちゃんと根拠があります。この間、あるレストランで前菜とメインの2皿構成のクラシカルなフランス料理を楽しんできたのですが、そこにいたお客さんは皆、僕よりも年上でした。食べることが好きだった人たちが、自分が若い頃に食べてきた懐かしい料理を、同じ世代の友達と楽しそうに食べている。それこそ、コミュニケーションの場としてのレストランであり、エンターテインメントだと思います。
――エンターテインメントと言えば、シェフが参加するイベントも最近は多いですが。
大木 僕はとにかくレストランに足を運んでほしいんです。イベントに参加して、そこで出会ったシェフの料理を食べに行くきっかけになるなら良いと思います。でも、イベントに参加してシェフの料理を食べた気になって終わりでは寂しいです。とにかく劇場であるレストランに出向き、みんなが主人公となって「レストランを」楽しんでほしいと思います。ですので、詳細はまだ言えませんが、来年早々に「東京最高の名物料理」という企画で、そのレストランに出向き、そこの名物料理を食べましょう、という企画を立てています。
レストランは素晴らしい仕事。シェフの地位がもっと上がってほしい
――今回、大木さんに話を伺って、「東京最高のレストラン」の読み方が変わってきました。
大木 シェフやその料理だけを紹介する本ではなく、あくまでもレストランを楽しんでもらうためにつくった本です。レストランの使命は、人を笑顔にし、幸せにすること。それに関わる仕事は本当に素晴らしいと思っています。最近はいろいろな食情報が錯そうし、混沌としていますが、だからこそ今、そうした原点に立ち戻るべきです。レストランはエンターテインメントの場であり、生きる活力を与えてくれる場です。定期的にコンサートなどに行って人生に刺激を与える人のほうが、寿命が延びるというデータもあります。レストランに行くことは楽しい刺激ですから、健康のためにもレストランへは行ったほうがいい。だから、改めて言いますが、国にはもっとレストランという存在価値を大事にしてもらいたいし、我々食べる側もその価値を見直してほしいと思います。そうすると、シェフたちの地位も上がり、おいしさだけではない食のムーブメントによって、一気に良い方向に変わっていくと思います。
――シェフたちも自主的にいろいろ動いているように感じますが。
大木 料理をおいしくするという使命を超えて、人のためになりたいと願うシェフは多いです。ある有名シェフと会話したとき「困っている人たちを助けたい」「社会に役立ちたい」「そのために何ができるか?」を真剣に考えていて、驚くと共に頼もしく思いました。働き方改革で労働時間が短くなり、その分、できる人しか伸びない世界になりましたから、その「できる人」がどんどん引っ張っていって、これから30年の間に社会貢献者としてのシェフの地位を確立させていくのではないでしょうか。エンターテインメントとしてのレストランは、非常に広がりのあるビジネスです。若い世代にそのことをもっと知らせるためにも、レストランに足を運んでもらうように我々ももっと仕掛けていかなければならないと思います。
インタビュー・文:土田美登世