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3時間の物語を、3000字程度で語れだなんて

岩井俊二監督作品が好きだ。

「スワロウテイル」からはじまり、「花とアリス」、「リップヴァンウィンクルの花嫁」。どれも、鑑賞後に何日も何週間も自分の中に物語が残り続けるほど印象的だった作品だ。

彼が撮る作品は、「美しさ」と「怪しさ」「恐ろしさ」が表裏一体になっている。綺麗で儚くて、透き通った世界。でもすぐ下の足元を見ると、そこが抜けたような不安を掻き立てる何かが忍ばせてある。

その独特の世界観が好きで、最新作の「キリエのうた」も、何ヶ月も前からずっと公開を楽しみにしていた。

岩井俊二監督の作品は、ミューズとして歌手が起用されることが多い。「スワロウテイル」ではChara、「リップヴァンウィンクルの花嫁」ではCocco。

そして今回の「キリエのうた」では、アイナ・ジ・エンドがミューズを務めていた。映画館の音響設備で聴く彼女の歌声は、アイナ・ジ・エンドとしてではなく「キリエ」として、役柄の人生をすべて背負って、心に直接響いてきた。物語の筋に関係なく、ただ歌声だけで泣かされたのは初めての経験だった気がする。

そのくらい、彼女は「キリエ」としてそこに存在していた。

私は普段言葉を扱う仕事をしているけれど、何かの感想を書くのは難しいといつも思う。その中でも、岩井俊二監督の作品の感想は特に難しい。言葉で表現しようとすると、途端にチープになってしまう。繊細な羽衣を幾重にも織り重ねて出来上がったような作品を、言葉で表現する方法が見つからない。

だから結局は、「作品を見てみてほしい」としか言えなくなってしまうのだ。

私は生まれながらにして活字に取り憑かれてきた人生だったので、言葉が表現する世界の厚みや広がりを誰よりも信じている。でも、だからこそ、言語化の限界も痛いほどよくわかる。どんなに言葉を尽くしても正確にはいい表せられないものも、山ほどある。

言葉だけでは説明しきれないから、人は絵を描いたり音楽を作ったり映画を撮ったり、さらにはものづくりによって言葉では言い表せない「何か」を表現しようとするのだ。その「何か」を言葉でどれだけ詳しく説明したところで、同じ感情を再現して与えることはできない。

3時間の物語が持つ意味は、3時間じっくりと向き合うことでしか理解できない。あらすじや伏線やモチーフや撮影技術について事細かに解説された文章を読んだところで、その作品を知ったことにはならない。言葉では説明されえない部分にこそ、その作品が映画として表現された意味があるからだ。

これは映画だけではなくて、絵にしても音楽にしてもあらゆることに言えるし、なんなら言葉で書かれた「小説」というフォーマットすらも、何時間もかけて読み通してはじめて湧き上がる感情、刺激される感性がある。

どんな超大作も、話の筋だけ見ればありふれたストーリーだったりする。感想なんて、「面白かった」の一言で終わってしまうこともある。でも、作品と受け手の間に起きる化学反応はもっと複雑で、立体的で、言葉による分類など拒絶してしまうものだ。

だから私はいつも感想を書いては、どんなに言葉を尽くすよりも「とりあえず作品を観てください」のたった一言ですべて済んでしまうのでは、と思えてきて、書きかけの文章をつい削除したくなる。それでも、私の(わりと愛の重ためな)感想が作品に触れるきっかけになるのではないか、という思いで公開ボタンを押す。感想は実際のものに触れるきっかけにすぎないし、批評は別の視点を知る機会でしかない、と私は思う。

誰かの言葉でわかった気になってしまうのはもったいない。自分で体験したことだけが、本当の意味での自分の血肉になっていく。

今回鑑賞した「キリエのうた」は、それを特に強く感じた作品だった。あらすじを知るだけでは、何の意味もない。美しく練り上げられた映像美と役者たちの微細な演技、そして何よりあのキリエの歌声を自分の身体で体験することに、意味のある作品だと。

要約しようと思えば、一言でまとめられてしまうようなこと。それを、それでもたくさんの時間と労力をかけて、3時間もの映像で表現するのは、言葉にするとこぼれ落ちてしまうものがあるからだ。

私たちの感情は、嬉しいとか悲しいとか一言で表現できるようなものばかりではないし、それらの要素が折り重なって複雑になって、自分でも表現しようがないときが、実はたくさんある。そんな分類しようもない感情を、分類せずそのまま受け取り、共感したり発見したりするために、言葉ではない表現に、私たちは惹かれるのかもしれない。

(めっちゃいい映画なのに、もう上映館が少なくなってきていてもったいないので、ぜひたくさんの人に見てほしい〜〜〜!!!ちなみに全然PRでもないしステマでもないです!!!ただの岩井俊二監督と広瀬すずちゃんのファンです!!!)(粗品も好き)


この作品の感想は言葉にできないわ、と書いておいて二枚舌な気がするけれど、自分なりに噛み砕いて考えたことも言葉にしておきたくなったので、ここからは私なりの「キリエのうた」の感想をば。なるべくネタバレはしないように書いていますが、できれば鑑賞後に、ぜひ。

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