偽電氣ブラン
昨晩電話をした恋人が寝落ちたとき、おやすみの代わりに「夢であいましょう」と戯れでラインした。するとほんとうに夢で逢った。顔は全然違う人で、なのになぜか彼だと思った。
11時から企業のWEB説明会だったけれど、案の定10分前とかに起きた。コンタクトが切れそうで、唯一持っているふざけた丸眼鏡をかけ、申し訳程度に白シャツを着た。
企業側の不具合や手違いがあったので、低かったやる気はさらに無くなった。加えて、仲良くもなかった小中の同級生が同じ説明会に参加していることがわかり焦ったため、気づかれぬうちに序盤で抜けた。さよなら…もう今世で貴社とお会いすることは、ないでしょう…。
恋人の好きな映画だという『トイレのピエタ』を私も観たいと思い立ち、アマプラのプラス松竹に昨日加入して当作の視聴を済ませた。今日は、そのフリートライアルが切れるまえにと思い、気になっていた『珈琲時光』を観た。
正直にいえば、ストーリーはしっかりしているわけではないし長回しが多くてすこし退屈だった。けれど、一青窈さんの自然体な演技とか、作り込まれていない夏の空気感とかが魅力的で、東京の片隅でゆっくり暮らす人たちのリアルな生活を覗き見しているようだった。ほかの映画では得たことのない不思議な気分にさせられた。
映画を観終わるまではベッドでうだうだとしていたが、15時前に重い腰をあげて身支度した。
それから、リラックスして本を読めるカフェを求めて歩き回った。しかし台風を危惧してか、どこも臨時休業だった。
ようやく、Misslimという紅茶のカフェに入店した。いつも満席のイメージだったが今日は空いていた。店員さんは過去に例を見ないほど丁寧な方で、毎回去り際に一歩引いてお辞儀していた。
キームンのアイスと、りんごとカスタードのケーキを頼み、持参したカミュの『異邦人』を読み始めた。ついていけないところとおもしろいところとが交互にやってくるような小説だった、少なくとも私にとっては。少々時間をおいて提供された紅茶はすっきりと飲みやすく、ケーキはばつぐんに美味しかった。
いちど帰宅し、先週誕生日を迎えた、同じ寮の住人とふたりで飲みに出かけた。彼女は私と同郷で、お互い方言で口悪く喋れる貴重な友人である。中性脂肪やばいんよな、と彼女が道中に打ち明けたので、おまえ21だろ、と可笑しくなったけれど、数値をきいてそれはやべえなと納得した。どうか健康に生きていってくれ。
居酒屋でお互い2杯だけ飲み、小鉢をいくつかと、串を5つほど食べた。彼女が最後に頼んだ卵かけご飯を私も半分いただいた。イカの塩辛が入っていてすごく美味しかった。
彼女は、(私)になら言ってもいいか、(←このフレーズけっこう嬉しい)と前置きしたうえで、彼氏できたんよな、と告白した。えええ、そんな素振りずっと見せんかったやん。
かくして、この会は彼女の誕生日祝いと、春が来た記念のふたつを兼ね備えるものとなった。とてもめでたい。顔は全くタイプじゃない、と笑う彼女が見せたお相手の写真は、大変失礼だがなんとも言えなかった。やさしそう、という定型句を喉奥でつっかえさせていた私に、別にかっこよくないやろ?と彼女は念押しした。それで、えーいいやん、私のタイプじゃないけど、と返した。私と彼女はこういう言い方が成り立つ関係性だと勝手に思っているが、実はショックを受けたりしていないことを願う。すまん、嘘はつけん。
居酒屋を出て一緒に寮まで帰り、階段のところで解散した。そしてそのあと飲み足りなかった私はまた、こっそりと外出した。
目指すは念願の、福猫飯店。
扉を開けたとき先客が一組いたが、私がカウンターに座るとほぼ同時に出ていった。
ひとりで『異邦人』を読み進めながら、細長いシャンパングラスにはいった偽電氣ブランを飲んだ。森見さんの小説を読んで想像していた味とは違ったけれど、それもまた。やさしい笑顔の店主さんは、偽電氣ブランを提供している他のバーを教えてくださった。きっとそれぞれの、個性ある偽電氣ブランが存在するのだ。
ソルクバーノと、チーズの紹興酒漬けもいただいた。しばらくして京大生チックな3人組が入店し、教授のことや学業について、楽しげに語り合っていた。
福猫飯店、じつに居心地のよい空間だった。店主さんが私の読書中に無理に話しかけてはこなくて、飲み物や空調についてささやかに気遣ってくださったこともある。
ほろ酔いで飛ばし飛ばしになりつつも本を読了できた。「われわれはすべて死刑囚なのだ」という文が印象に残った。まあ、ある意味ではそうか。
帰る道すがら、木屋町の喧騒のなかを歩いた。ここにひとりで来るときは、キャッチに声を掛けられるか掛けられないか、というスリルを味わうのがちょっと楽しかったりする。
もっと酔いたいなあと思ったが、こういう考えは青いよなあ、と苦笑してまっすぐ寮に帰った。何かを忘れるために飲むおとなと、飲むために飲むひととの隔たりを感じる。どちらが良いとか悪いとかはわからない。
恋人が電話を打診してくれたので、1時間弱彼と話した。からかいやふざけあいが多かった。
週替わりの好きな曲プレイリストを作り始めた。続くかは未知数。
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