映画の感想 - 彼方の閃光

キービジュアルだけで観ようと決意し、ムビチケをジャケ買いした、「彼方の閃光」。例によって、物語の筋は公式サイトに書かれている範囲に留めておく。

第一部は、視力を失った主人公の光が、自分には見えない世界や色に想いを馳せるところから始まる。光は手術によって視力を取り戻すのだが、その目が色を認識することはなかった。

第二部。美大に入った光は、ふとしたことから東松照明の写真集に感銘を受ける。そして吸い寄せられるように訪れた長崎で出会った人物に共感し、ともに戦争を題材にした映画制作に乗り出す。

キービジュアルや予告編で分かるとおり、この作品は主人公の視界に合わせて、モノクロで制作されている。

モノクロ映像が与える印象は強い。

20 年ほど前にたまたまテレビの深夜放送で観た、「イレイザー・ヘッド」は今でも自分が知っている作品中もっとも恐ろしいし、「トワイライトゾーン」や「ウルトラ Q」の気味悪さ、おどろおどろしさは言わずもがな。

ウルトラ Q の第 25 話「悪魔ッ子」で、分離した精神が本体の手を引いて汽車の向かってくる線路へ連れて行く場面。あの怖さは、モノクロでしか表すことはできないだろう。

また、庵野秀明の初監督作品である「トップをねらえ!」は最終話のみモノクロという変則的な構成なのだが、これは監督本人の「ブラックホール爆弾を何色に塗っても嘘っぽいので、いっそモノクロにした」という後日談のとおり、見事に表現されていた。

モノクロにできて、カラーにできないことは厳然と存在する。

物語の筋に戻ろう。長崎で映画制作への意欲を固めた光は、東松照明の軌跡をなぞるように沖縄へ渡り、沖縄戦が行われた各地を巡り、戦争について深く考えるようになる。

沖縄の海の美しさは語るまでもないが、物語は当然モノクロで展開される。空と海の色はどちらも青だが、まったく別の色。誰もが知っていることだが、モノクロだとその区別がほとんどつかない。

光が見ている世界を本当に理解するには、観客を海に、それもそんじょそこいらの青ではない沖縄に連れていく必要があると考えてのことだろう。

そして、制作者の伝えたいことは第二部で語り尽くしたかに見えた頃、舞台はなんと 2070 年代へ移る。どんな話かは書かないが、第一部、第二部を経てよくぞ・・・と感服させられる内容である。

モノクロのキービジュアルに、いかにも暗そうな予告編。本作に興味を示す層はごく僅かだろう。決して退屈な展開ではないが、台詞のない場面が多いこと、登場人物があまり物語を語らないので展開が分かりにくいこと、トランスジェンダーを理解しない層には見るに耐えない場面があるなど、万人向けどころか、見る人を極端に選ぶ作品。

なので、まったく薦めずにいられる。自信を持って、「観なくていい」と言える。自分さえこの作品の良さ凄さを知っていればいいとさえ思える。

しかしながら、作品としての芸術性は高い。

自分の経験と知識では詳しく語れないが、画作りはフランス映画に影響を受けていると思う。名画の条件の一つ、
「どの場面を切り取っても、絵画のような美しさがある」
を、随所で感じられる。

観了 (造語) から 2 日が経過したが、いまだ物語の全てを咀嚼しきれておらず、自分の精神は作品の中にとどまり続けている。この作品には 3 つの主題があると思うのだが、それらを頭の中で相関図として描けていない。

半年か 1 年ほど経った後に観たいという気持ちと、すぐにもう一度観たいという気持ちが共存している。

ジャケ買いの半分は直感、もう半分は経験則でできていると思う。これまで観て感じて、望むものの何割かは、ジャケ買いする際の判断材料として使われている。だから、ジャケ買いした作品が大当たりだった時の喜びは、そうでない作品では到底及ばないほどに大きい。

そんなことを感じさせる傑作、いや怪作と言って良い映画であった。


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