菜種梅雨の誓い
ブルッ、ブルッ、ブルッ・・・・・・
土曜日の午前中、ベッドにもぐりこんでうとうとしていた時に着信が入った。
お稽古の社中さんからだった。
「おはようございます。もうお稽古が始まっていますよ」
なんだって?!
お稽古は夜からだとすっかり勘違いしていた。
血の気がスーッと引いていったのが、自分でも分かった。
「あぁっ、ええと……今から向かいます!」
「今日はお寝坊ですか~」
電話口の背後から、笑い声がどっと湧いた。
違う。
平日は終電まで働いて、今朝はついさっきまで、資格試験の勉強をしていたんだ。
でも、お稽古と私の身の上話なんて、関係ない。
ベッドから飛び出し、急いで稽古場へ向かった。
お稽古場について、また青ざめた。
足袋がない。
私のお稽古場では、たとえ洋服での参加でも白い足袋を身につける。
しかし、今日はそれさえ忘れてきてしまった。
「おはようございます」
黒い靴下で、畳に入る。
着物姿の先生が、私を見つめる。
なんだかいつもより優しかったのが、逆に辛かった。
「今日は朝から孫の家に行って国語を教えてきたのよ。今の3年生の教科書ってね、・・・・・・・」
あぁ、すみません。
先生は朝からお茶のお稽古の準備以外にも、朝の支度やお孫さんの世話までした上で、私たちの指導のために時間を割いてくれている。それなのに、生徒ときたら、この様だ。
「あなたたち、若いのは今だけなんだから、おしゃれ心を忘れちゃだめよ」
80歳近い先生にとって、社中はみんな若者だ。
そんな先生からのアドバイスが間違えていることは、あまりない。
おしゃれ心どころか、身だしなみさえできていない私。
情けない・・・・・・。
稽古の後に、先生が私に茶色い大きな封筒を差し出した。
「次のお稽古までにハンコを押して持ってきてね」
封筒の中には、茶名の申請書が入っていた。
「茶名」とは家元から拝受する新しい名前だ。
こんなだらだら怠けた精神状態でお茶名をもらっては、
プライドばかり高いだけのどうしようもない先生が一人増えるだけである……
なんて口が裂けても言えないが今のところ、情けない気持ちでいっぱいである。
先生もきっと、私の精神状態を見透かしていることだろう。
お稽古帰り、試験勉強に戻る前に申請書を取りだし、いつもより丁寧に文字を書く。
あぁっ。
こんな時に限って、郵便番号を書き間違えた。
情けないたらありゃしない。
お茶はもちろん、身だしなみもスケジュール管理も、もう少ししっかりしなければ‥‥‥。
この感情を忘れてはいけないと思い、カフェに寄る。
あぁっ、いつも身につけているはずの手帳を取り出そうとするも、持ってくるのを忘れたようだ。
この感情が消えてしまう前に、このnoteに書き残す。
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