オラオラ系侯爵にパートナー解消されたのでやれやれ系騎士に乗り換えます。え? やっぱりパートナーになってほしい? お断りですわ(3/3)
――決闘の日。
ヘルメス錬金騎士学園では正式に決闘を認められている。しかしきちんと教師が1人立会人となり、勝負を見届ける決まりだ。
学園が所有する訓練場の土俵にて、ロアンとヴィンセントは向かい合う。両者の背後にはそれぞれの錬金術師、クレアとエヴァリーが立っている。他にもギャラリーが30人ほどいる。
騎士2人が持つは刃の部分が平らになっている剣。決闘剣と呼ばれる、切れ味を排除された剣だ。刃物というより、鈍器と言った方が正しい。
当然、2人の剣を作ったのは2人のペアである錬金術師である。
「よく来たな平民コンビ! 我が相棒、エヴァリーが作りしこの名剣で、完膚なきまでに叩き潰してやろう!」
ヴィンセントは鞘から剣を抜き、ギャラリーに剣を見せつける。
黄金の鍔、宝石の埋め込まれた柄頭。剣身は白銀。
その豪勢な剣を見てギャラリーからは感嘆の声が漏れる。
「すげぇ! 見るからに高ランクの素材を使った剣だ!」
「……美しい剣身、見とれちゃう」
「さすがはエヴァリー様だ! 銀の加工は難しいのに、あんなにも綺麗に錬成するなんて!」
クレアはイライラから頬を膨らませる。
「あの男……私にはくず鉄しか寄越さなかったクセに……!」
そのクレアの頭をぐしゃっとロアンが鷲掴みにする。
「この程度で腹を立てるな。アレに負けないだけの素材は渡しただろう」
そう言ってロアンは剣を抜き、掲げる。
その剣は……質素だった。銀色というより灰色の剣、鍔も大した装飾はされていない。
ただヴィンセントの剣より1.5倍ほど幅がある。
「なによあの剣、地味~」
「これは武器で勝負が決まったな」
嘲る錬金術師たち。そんな中で、
「どうかしらね」
異を唱えるはクレアの友人のエマだ。
「はぁ? なによエマ。あの剣のどこにヴィンセント様達の剣より優れた部分があるわけ?」
エマはため息を挟みつつ、
「……あの剣の素材、多分一角獣の角が使われているわ」
「一角獣って……上級生でも手に余る魔物じゃない!」
「そうよ。その角は鋼鉄を容易く貫くと言われている。見た目は地味でも、破壊力は抜群よ」
ただし。とエマは心の中で補足する。
(一角獣の角は金の3倍重い。下級生にあの剣を振り回すことができるはずないんだけどね)
錬金術師2人が捌け、土俵の上に騎士2人だけが立つ。
「この決闘はこの私、レヴィフィスト=シュベットが仕切らせてもらう。相手の体に渾身の一撃を加えるか、相手の武器を壊した方を勝利とする」
ヴィンセントが顎を上げ、
「クレアと同じで、色気のない剣だな」
ロアンは鼻を鳴らし、
「香水臭い剣よりマシさ」
審判役の教師が右手をあげる。
「では、はじめ!!」
まず飛び出したのはヴィンセントだ。
「おらぁ!」
高速剣撃でロアンを詰めていくヴィンセント。
「そんな安物の剣、すぐに折ってやるぜ!!」
「ふん、猿の腕力では不可能だな」
「なんだとコラ!」
剣を振り回すヴィンセントと、ヴィンセントの剣を冷静に受けきるロアン。
傍から見れば一方的な試合だ。
「その調子ですわヴィンセント様ぁ!!」
「オラオラオラァ!!」
ヴィンセントは何度も何度も何度も剣を振り下ろす。
しかし――
「あ、あれ?」
ヴィンセントは汗だくになりながらも攻撃し続けたが……ロアンの剣は、無傷。
「……いつも通り。スタミナ無視の突撃ね」
クレアは冷たい瞳でヴィンセントを見る。
「クレアの言ってた通りだな。お前はいつもペースを考えず突撃し、すぐスタミナ切れを起こすと。そんなお前に配慮し、クレアはいつも武器を軽くしていたそうだ」
「な、なんだと!?」
ヴィンセントはいつもよりスタミナを早く消費していた。
その理由は武器の重さにある。クレアが作っていた武器より、いまヴィンセントが手にしている武器の方が1.7倍ほど――重いのだ。
「お、重さなんてどうでもいい。なんで、これだけ打ったのに、お前の剣は刃こぼれ一つしていないんだ!?」
「逆に聞くが、お前は――彼女が作った武器が刃こぼれしたところを見たことがあるか?」
「はっ!?」
――ない。
ヴィンセントは今の今まで、クレアに作ってもらった武器が欠けたところを見たことがなかった。
「……さぁ、次はこちらの番だ!」
ロアンはヴィンセントほどの機敏さはない。その代わり、ジックリと耐える忍耐力と、重い剣を振り回せるだけの腕力がある。
互いに万全ならロアンはヴィンセントを追いきれない。しかしスタミナの切れたヴィンセントはあっさりとロアンに距離を詰められた。ロアンは剣を横に薙ぎ、ヴィンセントはそれを剣を縦にして受け止める。
「駄目です! ヴィンセント様!」
金属には打ち鉄と呼ばれるモノと凌ぎ鉄と呼ばれるモノがある。
打ち鉄は打ち込みに向いた金属。軽くて面が粗く、相手の武器を削ることに向いている。
凌ぎ鉄は防御に向いた金属。重くて面が繊細で、受けた衝撃を分散する。
ヴィンセントの剣には打ち鉄が使われている。受けには向かない。
ヴィンセントの剣とロアンの剣が重なった瞬間、ヴィンセントの剣にヒビが入り、あっという間に剣は砕ける。
「なに!?」
ヴィンセントの剣を砕いてもロアンの剣は勢いを失わない。そのままロアンの剣はヴィンセントの脇腹を捉えた。
「体で覚えろ。これが……アイツの剣だ!」
バギ!! と鈍い音と共に、ヴィンセントは壁までぶっ飛ばされる。
「がは!!」
ヴィンセントはそのまま白目を剥き、気を失った。
「武器破壊及びクリーンヒット……よって、勝者はロアン&クレア!」
ワアアアアアアア!! と歓声が上がる。
喜んでいるほとんどの生徒がクレアやロアンと同じ六等貴族だ。
「うっそ! ホントにあんな重い剣で勝っちゃった!」
クレアは勝ったのに信じられないという顔だ。なぜならロアンに作ったのはヴィンセントならば振り上げることすら困難な重量の武器。
ロアンはスカした表情で、
「これでも些か軽いぐらいだな」
「……ご、ゴリラ並みの筋力」
パチパチパチと、拍手の音が2人の会話を引き裂く。
「素晴らしいですわ。ロアン」
そう言って近づいてきたのはエヴァリーだ。
「……何の用だ?」
「あなたの剣技、しかと拝見させていただきました。いいでしょう、あなたとのパートナー契約、再契約してあげますわ」
エヴァリーはさっきまでの出来事がなかったかのような笑顔で、右手を差し出した。
ロアンはエヴァリーの右手をジッと見つめ、最後に呆れたように笑った。
「失敬、エヴァリー殿。その話は受けれませんな」
「どうしてですか?」
「この小娘の方があなたより優れた剣を作るからです」
「ふふ……ロアン、あなたは知らないようですね。彼女は武具の錬成は確かに錬金術専科の中でも上位。しかし、それ以外はすべて赤点ですのよ」
ロアンが無言でクレアを見る。
クレアは「えへへ」と苦笑いする。
「好きなことは頑張れる子なのですが、嫌いなことは頑張れない子でして……」
「なるほど。錬金術の腕で言えば良くて同等かも知れませんな。しかしエヴァリー殿、あなたは言っていた。実力が同じならより位の高い方を取ると」
「ええ、そうよ」
「俺も似たような感覚を持っているのですよ」
ロアンはクレアの側に立つ。
「実力が同じなら、より品の良い方を取る」
「……なんですって」
「尻の軽い女は嫌いでね」
エヴァリーはロアンとクレアを交互に睨み、背を向ける。
「……後悔しますわよ」
そう言い放ち、エヴァリーは去っていった。
「ちょっと! 負けたんだからロアンに謝罪を……」
「もういいさ。気は晴れた」
ロアンは満足げに笑った。
それならいいか、とクレアも引き下がる。
こうして決闘は終わった。
---
「本当に良かったの?」
他に誰もいない渡り廊下で、クレアはロアンに言う。
「なにがだ?」
「エヴァリーとパートナーにならなくて。私は別に止めなかったけど? その……結構、好きだったんじゃないの?」
「……くだらん邪推だな」
ロアンはクレアの方を向き、片膝をつく。
「クレア=シーフィア。改めて頼みたい」
「な、なによ」
「俺と、パートナーになって……星級を目指してほしい。お前となら、俺はあの空に届く気がするんだ」
ロアンは頭を下げたまま上げない。
その様は、一国の姫に、忠誠を誓う騎士のようだ。
「べ、別に……断る理由はないわ。あなたとなら、私も星級になれると思う。私の方こそ、お願いしたい」
クレアは右手を差し出す。
「私と、パートナーになってください」
その言葉を聞いたロアンはクスりと笑い、そして――クレアの右手を包み込むように掴んで引き寄せ、右手の甲に口づけをした。
「え?」
クレアの顔が真っ赤に染まる。
「うえええええええええええええええっっっ!!? ちょ、ちょっといきなり何を!!?」
「やれやれ。この程度で顔を赤く染めるとは……やはり子供だな」
ロアンは立ち上がり、余裕の表情でクレアを見下ろす。
「俺のパートナーになるのなら、この程度のおままごとでいちいち動揺しないでほしいな」
「かっ……! こんの、筋肉ゴリラが!!」
クレアはドロップキックの助走を取る。
「なっ! お前、また!!」
「くらえ! この!」
ロアンはドロップキックを紙一重で躱す。
「くそ! なんて品のない女だ!」
「うるさいバカ! おとなしく制裁されろ!」
「断固拒否する!」
昼下がり。
誰もいない渡り廊下に、2人の喧騒が響き渡る。
廊下に飾られた女神像が、穏やかな表情で2人を見守っていた。
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