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デゼルビメソッド 〜三笘薫所属ブライトン監督に学ぶビルドアップの極意〜

(本noteは2020年にAIAC イタリアサッカー指導者協会の主催で行われたウェビナーの内容を基にまとめたもので筆者の解釈を含みます)


なぜビルドアップをするのか?

”ビルドアップ”を理解し、実践するためには、指導する側が「なぜビルドアップをするのか?」について明確な答えを持っていなければならない。

デゼルビは自身のチームがビルドアップをする理由について以下の3つを挙げている

  1. (主導権を握って)主体的に”アドバンテージ”を作る

  2. ”運”の要素を減らす

  3. 指導者の”キャラ”に合わせる

なぜビルドアップをするのか?①
主体的に”アドバンテージ”を作る

当然だが、後ろからボールを持って前に運ぶことは、試合の中の一部である。
その中で”ビルドアップ”をするということは、そのプレーを通して”アドバンテージ”を確立することを目指すことである。

”アドバンテージ”で最もシンプルで最も重要なコンセプトは数的優位(Numerical Superiority)である。ショートパスで連続して相手よりボールに関与する人数が多い場所へボールを繋ぐことができれば、より良いチャンスを作ることができる。

また、この”アドバンテージ”は単に優位(Superiority)のことだけを指すのではない。例えば相手がマンツーマンで守備をするためピッチ全体で同数の状況であるときは、先述のショートパスで繋ぐ利点がなくなっている状況と言えるため、オープンスペースで1v1になれる状況こそが”アドバンテージ”であり、その形をチーム全体が目指すよう意識を統一すべきだろう。

なぜビルドアップをするのか?②
”運”の要素を減らす

チームによっては、味方が後ろでボールを持っている時、前線へロングボールを入れセカンドボールを狙う戦術を採用するチームもある。

しかし、どれだけヘディングが得意な長身FWでも、長いボールを相手DFと競り合いながら頭でコントロールするよりも、わずかでもスペースを見つけ足元でコントロールしたほうが確実にボールを意図した方向に動かすことができる。

ボールの転がる先を”運任せ”でリアクティブに反応して対応を続けることは、プレーの精度だけではなく、「体力を浪費する」というフィジカル面での問題もある。

なぜビルドアップをするのか?③
指導者の”キャラ”に合わせる

”絶対的な正解”というものが存在しないサッカーにおいて、戦術はプレーする選手の特性に合わせることと同じくらい、それを指導するコーチの特性に合っていなければならない。

相手のスタイルに合わせ守備を中心にゲームプランを組み立てたい指導者が、チームにビルドアップの重要性を説いても聞き入れられないのではないだろうか。

ビルドアップをチームに落とし込むためには指導者自身が

  • 確立した自分たちのスタイルで試合の主導権を握りたい

  • ボールを保持する局面のほうが”楽しい”と感じる

  • ビルドアップに必要な技術を選手に教えるのを好む

といった”キャラ”がなければ、選手はコーチの言うことに信念を持つことはないだろう。

ビルドアップの3原則

ビルドアップは単にディフェンダー陣がボールを上手く扱う技術があれば良いというものではない。

状況の主導権を握り、コントロールするためには「パスの質(強弱、正確性)」「(左右どちらにも動ける)姿勢」といった”身体”の部分に加え、「知識」「読み」「判断」といった”頭脳”の部分が必要となる。

デゼルビはビルドアップ時は基本的に4−2−4のフォーメーションを採用し、

デゼルビがビルドアップ時に採用する基本形4−2−4

”身体”と”頭脳”の使い方を以下の3つの原則に落とし込み、自身のビルドアップのスタイルの基礎としている。

  1. プレスを引きつけながら”アドバンテージ”を見極める

  2. 相手のプレスが”来た方向”を狙う

  3. ”Third Man”を経由する

プレスの原則①
プレスを引きつけながら”アドバンテージ”を見極める

デゼルビのビルドアップでは「相手のプレス」が選手が取るべきアクションの大きな判断基準となる。

相手のプレスの”強度”が強ければ強いほど、たった1本のパスで複数(5〜6人)の相手選手を置き去りにすることが出来るため、そのような場合は縦に急ぐ方がアドバンテージを得られる。

相手のプレスが激しいときは”縦に急ぐ”ことで前線に数的優位を作ることができる

一方で、相手のプレスが弱い/リトリートしている場合は、ボールだけを前に運んでも数的優位を作れないのでメリットは少なく、味方選手全員が相手陣地まで上がりボールを保持し、ポゼッションを失えば整った陣形でカウンタープレスを出来るようにする方がアドバンテージを得られる。つまり、相手がプレスに来ないときは縦に急がないことが求められる。

相手のプレスが弱いときは”縦に急がず”陣形を整えながら高い位置で保持した方がアドバンテージがある

このように「相手のプレス」が意思決定の重要な基準となることから、デゼルビのチームでは最終ラインの選手が足裏でボールを止め、静止することで相手のプレスを誘発しようとする場面が多く見られる。

足裏でボールを止めることについてデゼルビは

左右どちらかに身体を傾けてボールを受けることは、そのプレーに参加していないことと同じ

と表現しその重要性について語っている。

プレスの原則②
相手のプレスが”来た方向”を狙う

足裏でコントロールし、相手のプレスを誘発できれば、ボールを運ぶべきエリアが現れる。

デゼルビ流のビルドアップでは相手のプレスが”来た方向”へボールを繋ぐことを原則としている。

人は一度ある方向に動き出すと、その逆の方向にはすぐには戻れない。その為、相手のプレスの”矢印の逆側”こそが相手チームがボールに関与できる人数を1枚確実に減らすことが出来る最善のエリアとなる。

多くの場合、相手は前線2〜3枚が自チーム最終ラインへプレスを掛けてくるだろう。その為、デゼルビが基本形とする4バックの形では、相手のプレッシャーが掛かっていないエリアが存在することになる。
しかし、この”最初からフリーのエリア”はデゼルビ流ビルドアップでは”狙ってはいけないエリア”となる。

この”一見安全にパスをつなげるように思えるエリア”は、相手が次にプレスをかけようと誘い込んでいるエリアである。その為、そのエリアにボールを繋いでも相手がすぐに構えてしまい数的に優位な状況を作ることができる可能性は極めて低い。
加えて、そもそも「なぜビルドアップをするのか?」の理由の一つが「主導権を握る」ことにあるため、相手の意図の通りの方向へボールを繋ぐことは「守備側に主導権を握られている状態」であり、ビルドアップをする理由に反している。
主体的にアドバンテージを作るためにも、相手がプレスに来た方向を狙うことが求められる。

プレスの原則③
”Third Man”を経由する

相手のプレスが”来た方向”へは、(当然ではあるが)そのプレスをかける選手がパスコースを消しているので、直接パスを繋ぐことは出来ない。

そこで重要になるのが”Third Man(=三人目)”の存在である。

先程の場面では、ダブルピヴォットの左側の選手が僅かに動き三人目としてのパスコースを作りボールを受けすばやくレイオフすることで、相手のプレスが”来た方向”へボールを繋ぐための”経由地点”となることが出来る。

このように、相手のプレスを誘い込み、そのプレスが来た方向へ、三人目を経由してボールを繋ぐことで数的優位などの”アドバンテージ”を作りながらボールを前進させることが可能となる。

試合におけるビルドアップの実践

実際の試合でビルドアップを実践するにあたり、デゼルビはビルドアップが求められる局面を3つに分類に、選手にそれぞれの局面で重要となるポイントを伝えている。

①Low Build-up

Low Build-up(低い位置からのビルドアップ)はゴールキックや自PA内からのフリーキック等の深い位置からリスタートする状況を指す。

デゼルビのチームのゴールキックのときの基本形はPA内でGKのすぐ横にCB2枚を配置する形となる。

ここでは例として相手が4−3−1−2(中盤がダイアモンドの形)で相手の10番の選手が自チームのダブルピヴォットの間にいる形を想定する。

この状況での基本コンセプトは相手の10番のプレスをダブルピヴォットのどちらかに引きつけフルバックをフリーにすることとなる。

上図のようにフルバックがフリーで受ける形を作り、そこにプレスを誘発できれば、そのプレスが来た方向、つまりダブルピヴォットの1枚がフリーになりボールを受ける状況を作ることができる。

また、同様の状況で相手が激しくプレスに来ているときには”縦に急ぐべき”という原則も忘れてはならない。

上図の状況ではさらに1列前へパスを選択することで一気に相手の選手6人を置き去りにすることが可能となる。

ここまでは自チームの陣形が相手の陣形とミスマッチすることを想定したが、相手がマンツーマンで守りピッチの全ての場所で同数となっている場合はどのようにすべきだろうか?

デゼルビのビルドアップでは味方GKは数的に優位かどうかの判断をするカウントに含めない。サポート役にはもちろんなるが、GKはGKであり足元の技術よりも大切な能力があることを忘れるべきではない。

数的優位になるエリアがない場合ではショートパスの利点がなくなっていると考えることが出来、その場合可能な限り早く「オープンスペースで1v1」になる状況を作り出すことがチームにとっての”アドバンテージ”となる。(その為、ワイドで1v1を仕掛け相手を抜き去ることが出来る三笘薫のようなウィンガーが重要になる)

②Build-up with Free Ball

相手があまりプレスを掛けずにリトリートした場合や、Low Build-upから崩しきれずに一度最終ラインまで下げやり直す場合に、ミドルサードで自チーム最終ラインがボールを回し、相手の強固なブロックに対するパスコースを探す場面が生まれるだろう。デゼルビはこのような局面でのビルドアップをBuild-up with Free Ballと定義し、選手たちに他の局面との異なる点について指導している。

他の局面ではスペースを探しながら縦に急ぎ一気にチャンスを作ることを狙うが、Build-up with Free Ballではボールを出すべきスペースを”能動的に作る”ことが求められる。

具体的には先程のLow Build-upでは数的に優位かどうかのカウントに含めなかった味方GKを”1枚”としてカウントし、GKまで下げることで相手のプレスを誘い込みながら数的優位を作ることを目指す。

GKまで下げることに”アドバンテージ”がある局面であるという違いはあるものの、Build-up with Free Ballの局面でもビルドアップで行うべき原則は変わらない。

その為、最終ラインからGKまでボールが渡った時に、改めて(足裏で止めたりしながら)相手のプレスを誘発し、相手のプレスが来た方向へ、Third Manを経由してボールを繋ぐことが求められる。

③High Build-up

敵陣まで侵入することが出来ればHigh Build-upの局面に変わり、一気にゴールまで結びつけることを狙っていく。

先述の2つの局面と原則ややるべきことは変わらないが、High Build-upではThird Manからフリーの選手がボールを受けた瞬間に相手の最終ラインと味方攻撃陣が数的に同数がそれ以上である状況を”一気にゴールへ向かう合図”であるとチーム全体が理解していることが重要となる。

また、ゴールへ一気に畳み掛ける時には守備陣はレストディフェンスの陣形が整っていることを確認しなければならない。
前線がゴールへ向かうためにリスクを取ったパスが求められるからこそ、すぐにカウンタープレスを掛けられるよう意識することが求められる。

高い位置から相手を崩す局面ではJuego de Posicion(ポジショナルプレー)の考え方を持つ指導者を筆頭に、2-3-5の形で前線に5トップを作りながら、選手がポジションをローテーションし相手のマークを外すことを狙う戦術を採用するチームもある。
しかし、デゼルビのポゼッション時の基本システムはあくまで4−2−4であり、前線に5トップを作るメリットよりもビルドアップ時に中盤から後ろに1枚多くすることのメリットが上回ると考える。
また、ローテーションに関しては相手のブロックを崩す手段として有用性は認めつつも、味方同士がポジションを入れ替わる時間は相手のプレスの強度次第であると考え、相手が激しく来ないときはポジションを入れ替えながら相手を崩すスペースを探るが、相手が激しくプレスに来るときはポジションを入れ替えることに時間を使うよりも一気に前線まで進むことの方が”アドバンテージ”が大きいと考えられている。

どのようにチームに落とし込むか?

このようなコンセプトをトレーニングで落とし込む前に、まずは選手が「数的に優位かどうか」の判断をするための”数え方”に慣れる必要がある。

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