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光るかばんと意思持つ機械   第1話

あらすじ
A.I.✖️V.R.=タイムマシン?
株式会社光るかばんの社員である拓也は瑞希の浮気を疑いその真偽を探る為、占いA.I.テレシアースを使って仮想空間の世界に入る。しかし高性能A.I.の予測が見せたその仮想空間は14年後の日本の未来だった。そこは外資の奴隷と呼ばれる超格差社会…。一方、瑞希は何故か人工知能に襲われていた。果たして人工知能に自我意識は芽生えているのか?

人間は傷つく必要があります。

夏、たっぷり汗をかいた外営業の仕事を終わらせて俺は久しぶりに別れた奥さんに会いに行った。裏路地に入った隠れ家的な、みるからに美味い肉を出すであろう雰囲気の焼肉屋のドアを開けた。
「おう 久しぶり」
先に来ていた瑞希を見つけると軽く手を上げた。テーブルに向かうと席に腰掛けた。俺の汗だくの姿を見てだろう、瑞希は苦笑していた。
「ごめん、先ずはビール飲ませて 喉がカラカラなんだ。もう外は異常気象で暑くてたまんないよ」
ビールの注文ボタンを押す。するとテーブルから機械音がして卓上にゆっくりとビアグラスがせり上がり現れた。グラスに触るとかなり冷えている。卓上にある印にグラスを置くとビールサーバーが現れた。サーバーノズルからビールが注がれるのだが、ノズルが自動的に動いてちょうど良い割合の泡に調節される。美味しそうな冷たいビールがグラスに注がれた。
キンキンに冷えた黄金の液体から細かな泡が生み出されては上に登っている。その上にあるのは少しだけ盛り上がった白いプクプクとした幸せ泡。魅力的な女性の唇のようにどうしてもその泡に口をつけたくなる衝動に駆られる。抗えない衝動と共に上唇から泡に突っ込み、幾つかの水滴がついている薄くて綺麗なグラスを傾ける。汗が吹き出た喉仏が上下する。息が続く限りこの冷たい液体を喉に流し込んで…。
喉に喉にだ、嗚呼何も言えない 喉奥まで染み渡る少し痛いぐらいの強さの心地よい刺激。
もう耐えきれられない「プファぁ」と俺は息を吐き出した。
おしぼりで顔を拭きたい衝動に駆られながらも俺は我慢した。

「久しぶりだな。でも、おまえ全然変わんないな 若いままだ」
「え そう 嬉しい あなたがそんな事言うなんて。結婚してた時に聞きたかったわ」
と言ってコロコロ笑う瑞希は、あまり歳を感じさせなかった。今の旦那の金で良い美容外科にでも通っているのでは無いだろうか?

しかし結婚するメリットが無くなった時代に再婚とはめずらしい。どうして瑞希が再婚したのか尋ねてみた。
「うん 相手の方からお願いされたのよ。まぁ断る理由もないし、少し面倒だったけど なんか新たな気持ちにはなれたかなって。それと同じ一族になったんだっていう結束力も芽生えた気もしてる。まぁ、結婚もそんなに悪くないわよ」
「そうなんだ、まぁ瑞希が幸せなら 結婚なんて制度使っても使わなくてもどちらでもいいんだけどさ」
「ありがとう。あ、ちょっとおトイレ行ってくる、拓ちゃんも顔拭き用のタオル貰ったら?ここ冷たいのも暖かいのも売ってるわよ」
そう言って瑞希は席を外した。

2037年現在 日経平均株価は46000円をつけようとしていた。ドル円は158円 日本経済はほとんど外資に乗っ取られていた。俺の上司は中国系のシンガポーリアンで、今日も俺は暑い中外回りをさせられていた。あの糞上司はというと自分専用の涼しいエアコンの付いた部屋でのんびりとシンガポールにいるご家族と3D電話だ。
日本人との意思疎通は自動翻訳機でほとんど問題無い。

隣のテーブル席ではインド人達が喧々轟々と騒いでいる。少しスマホのアプリの自動翻訳機をあちらのテーブルに翳して、内容を聞いてみる。「日本人は何考えてるか分からない」と口々に言い放つ。「ああ、まだ表情が豊かな西洋人の方がマシらしいな。しかし俺たちもこんな東の辺境に飛ばされてしまって」
「まぁ良いじゃないか、奴らは表情が乏しくたって従順だよ。真面目だし、何たってここ日本は物価が安い。美味しい物だってたくさんある。俺たちにとって天国だよ。俺の従兄弟なんかは福建省に栄転になったと喜んでいたが、やっぱり中国の従業員はうまく使いこなせないってさ。特に我々インド人に対する反感は大きいみたいでさ」
「なんか、同僚から聞いたんだけど、日本人の表情は目をみろってさ、あんな小さい目で表情を表してるんだって まぁ その点西洋人はどちらかというと口元かなぁ それと表情も豊かだけど身振り手振りで分かりやすいよな 嫌なら嫌ってちゃんと言ってくれるから。ああ俺の所の日本人ほんと何考えてるかわかんねぇや。」

ため息をついてスマホの翻訳機を切った。
やれやれ、おまえら牛肉は食わねえんじゃなかったのかよ。いくら合成肉でも味は昔俺たちが食ってた牛肉と何ら変わりないぜ。
しかし日本も地に落ちたものだった。以前はこの日本が経済大国だったとは到底信じられなかった。株価は上がったが、大抵の大株主は日本人じゃない。外国の投資ファンドだ。数年前に比べて物価は上がったけれど給料は相変わらず上がらない。給料が上がったのは一部の大企業と公務員だけだ。日本政府がいくら経団連に圧力を掛けても企業は従業員に金を出さずにAI搭載のロボットを海外からどんどん輸入した。失業率は大幅に上がり政府も借金ばかりしているので税金をあげるしか無かった。
日本は今だに負のスパイラルに陥っていた。
日本のある大手企業は環境問題を考えて、水素エンジン搭載の車を開発していたが、世界は何処も部品点数が少なくてできる電気自動車がメインだった。それらの車は運転は飛行機のようにオートでやってくれるので老人達に人気だった。日本の車は部品点数が多く、もはや昔のスポーツカーと同じ位置付けであった。一部のマニアには売れる、もはや大衆車では無くなっていった。
数少ない若者はというと、自分で運転出来るものなら、もっと安価なホバーバイクやホバードローンの方を好んだ。車は老人が乗る物で時代遅れになってきている。

「拓ちゃん、お待たせ」瑞希が化粧直しから戻ってくる。
「えっとでも、瑞希の旦那さんは日本人だったんじゃなかったっけ?」
「うん でも駐在組よ、だから結婚したの」
「ああ なるほどな なら再婚という選択肢もあるわな」
現在日本では結婚をするというのは50人に1組ぐらいの割合のマイノリティだった。この結婚という制度は先進国ではだんだんと廃れつつある。結婚などしなくてもすべからく子供の教育資金は政府から出るのだ。好きな相手が出来れば同棲という形を取れば良いし、別れる時もいちいち行政の手続きを踏む必要も無い。政府が2016年行政手続きの為だといって作ったマイナンバー制度が失敗続きだった。そこでマイナンバーとは別で、2026年に新ナンバー制度が発足した。これは今後生まれてくる子供達に全て強制的に登録されるIDだった。政府は思い切った決断に踏み切った。かなりの円安に触れるリスクはあったのだが、このIDがあればその子の教育費はもちろんの事、満18歳になるまでの生活は政府が保証してくれる。もう日本の少子化対策は待ったなしの状況に追い込まれたのだ。そう、日本に再びの大災害が起こった翌年の事だった。あの災害で日本人の総人数が3割減少、そして復興しようとした矢先、まるでそれを見計らったかのようなタイミングに中国が台湾アタックを始めた。慌てたのはアメリカだった。何とか台湾侵攻は止められたのだが、もちろんあれほど親日国家の台湾も日本の復興支援どころではない。逆に日本に援助要請をしてきたぐらいだ。結局トルコとアメリカが僅かに日本に災害救助の為の軍隊と物資を送ってくれたに過ぎなかった。
そして同年6月、大地震の復興が遅れた日本に追い討ちをかけるかのように大きな台風の影響で線状降水帯が何日も続いたのが日本にとって致命的だった。

当時毎日のように救助ドローンがブンブンと飛び回っていた。また北朝鮮のミサイルはいまだに続いているが、EEZ内には落ちるが日本の領土に落ちることはまだ無い。このミサイルの破片で海洋生物の生態系が崩れる事の方が問題となっていた。そして幾つもの北朝鮮工作隊が日本の復興地に入り込んでいるという噂と人口を増やす為の試験管ベイビーの是非がこの所ワイドショーを賑わせていた。

「良いなぁ 瑞希の旦那さん 駐在組かぁ」
「うん 何でもお義父様がアメリカ駐在していて、円よりドルの資産の方が多かったんだって。それと、30年前ぐらいにお祖父様が香港でマンション購入されたとの事で、それからどんどんと値段が上がったのが良かったみたい」
「くそう羨ましい 良かったなぁ瑞希 俺と別れて」
「何言っちゃってるのよ拓ちゃん。。あれ でも私達何で別れたんだっけ?」


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