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有るバイト、無いバイト

ピピピピッ、ピピピピッ——。

音が鳴る。
今日でこの音を聞くのは、何百回目だろうと頭の片隅で考える。そして、俺は何のために生きているのかとも考える。時計の針をいたずらに回すだけで、今日も一日が終わっていく。そして、解放された時に俺は息をつきながら思う。もういい加減、死んで楽になっても良いだろうと。

ちょうど一か月前の日記には、こんな文章が書いてあった。限界を迎える寸前だったのだろう。身体も心も疲弊していた。思えば、この瞬間が潮時だった。この日記を書いた夜、俺はバイト先の店長にLINEを送った。

『アルバイトを8.○○で辞めさせて頂きたいと思います。』

日付も決め打ちで、不意打ちになるように心掛けた。この夜から、約一ヶ月。最後の出勤を終えた今だから語れることが沢山ある。タイトルにもある、“有る”バイト“無い”バイトとは何のことなのか。つまるところ、俺がこの職場を辞めた理由は、当然それが“無い”バイトであったという理由に尽きる。アルバイトを始めたのは、周囲の同級生に比べて遅い方だった。だが、それでもアルバイトを始めて、2年ほどの月日が経とうとしている。まだアルバイト未経験の方には、バイト先を選ぶ上で、(私個人の知見ではあるが)有益な予備知識となることだろう。また、アルバイトをしてはいるものの、今の職場を辞めたくても辞められない方、退職までのあと一歩が踏み出せない方、そして今の職場が自分に合っているのかが分からずにいる方に読んで損の無い記事になっているだろう。

まず、“有る”バイトと“無い”バイトとは、何なのか。その答えは、至極シンプルなものである。


答えは、「やりがい」があるか無いかだ。


まず、本題に入る前に読者諸君にアルバイトをする意味を考えてもらおう。

バイトをする意味。
まず、バイトをした事がない者は、とりあえずこう思うだろう。

『そんなの、遊ぶ金稼ぐために決まってんじゃん』

当然だね。まさか募金のために金を稼ぐなんて人はいないだろう。そんな聖人みたいな方がいたら、俺は敬意を表する。だが、大半はまずこういう邪で、しかし一般的な目的でアルバイトを始めるのだろう。ただ、アルバイトをしてみたら、君はこんな現実を目の当たりにするだろう。自分より苦労をせず、あるいは楽をして働いている奴が、自分と同じ金額を稼いでいる。そいつは職場で「彼はこれしか出来ないんだから仕方ないよ」と言われている。しかし、そいつに仕事を頼むと、こっちを見て凄く嫌そうな顔をする。その瞬間、思い知ることになる。

こいつは仕事ができないんじゃない。自分が一番楽な仕事以外を、ただやろうとしていないだけなのだと。

アルバイトというのは、店にもよるかもしれないが、絶対的に負担が“軽い”仕事と“重い”仕事が存在する。そして、その負担が“重い”仕事を君が任されてしまい、過度な期待や無言の圧力を掛けられた場合、君はどう思うだろうか? その上、バイトが終わる時間も店長(俺は厨房だったから料理長)の気まぐれで決められ、自分が都合よく使われる店にとっての“捨て駒”以外の何者でもないとしたら。

君はここまで読んで、ある程度察したであろう。この世には選んではいけない最低最悪の職場があるのだということを。

ここからは、この“最低最悪の職場”でアルバイトをしていた俺が、退職に至るまでを時系列で振り返っていき、自分の中でハッキリした、選んで良いバイトと選んではいけないバイトの違いを列挙していこうと思う。そして最後に、俺が自分なりに考えた“バイトをする意味”を記して終わりにしようと思う。

最初は、単純な理由でその職場を選んだ。

一個前に働いていたお店(2022.3~2023.1)は、温浴施設の中にあるレストランだった。そこで働く従業員は、特典として温泉に入るのが無料だった。俺はそんな魅力的な職場は他に無いと思い選んだのだが、半年以上も働くと、職場までの道のりが遠いことと、それに対しての交通費が出ないことを不満に思うようになった。だから、11ヶ月ほどで俺は温浴施設の中のレストランを辞めた。

つまり、前の職場を辞めた時点(2023.2)で俺の中での譲れない基準は、“家からの通いやすさ”になっていた。俺は、家から自転車で10分という通いやすさだけに魅入られて、“最低最悪の職場”を選ぶことになった。

当時、俺は自分が良いと信じたその職場の人間関係や労働環境を疑うことをしなかった。その店は飲食店なのだが、所謂“高級ファミレス”の部類で、嫌な客が来ないだろうとも考えたのだった。また俺は“履歴書不要”という潔さにも惹かれていた。アルバイトを始める時、履歴書を書くのが億劫に感じる人がいるのではないかと思うが、俺もその一人だった。俺は促されるままに店を訪れ、上辺だけ小綺麗な店のボックス席で、「面接シート」というような紙の項目を次々と埋めていった。クラシックが流れていて、暖房が暖かい店内。俺は迷わず、【ホール希望】の項目に丸をつけた。

俺は、晴れてその店に採用された。
最初の頃は、店長も俺を歓迎してくれていて、テイクアウトの商品の余りをくれるなど、この上ない椀飯振る舞いを受けていた。

しかし、俺は成長スピードが遅かった。
真面目にメモをして、熱心に、懸命に努力しているつもりだった。だが、お客様を迎えて席にご案内する際、何かを忘れてしまったり、お冷を盆の上で零してしまうことがあった。その度に、顔を赤くした店長に、俺は叱られた。自分がまだまだ未熟なのだと、そう思った。自分が未熟であるという自覚があるからこそ、飛び込んだ環境でもあった。お辞儀の角度も、よく注意された。出勤してから、お辞儀の練習だけでその日が終わることもあった。俺は、夜になると自分を責めた。
なんでこんなことも出来ないんだよ、と。

店長は、忙しさから来るものなのか、異常なほど早口で指示を出していた。俺は、店長が何を言っているのか分からないことが頻繁にあった。また、指示が抽象的すぎて分からないという場合もあり、首を傾げたりした。

一番記憶に残っているその日も、店長の指示は相変わらず分かりづらかった。俺が首を傾げると、店長は苛立たしげに「教わったの? 教わってないの?」と尋ねてきた。俺は、教わった記憶が無かったので「分かりません」と言った。すると、店長は「教わっただろうがぁ!」と声を荒らげた。そして、バックヤードに俺は連行される。獣のような、厳つい背中を追い掛けた。そして、最大限侮蔑するような調子で、店長は口を開いた。

『申し訳ないんだけどさ、ホールじゃただ邪魔なだけだから、悪いけどキッチンに行ってくれるかな』

事実上の戦力外通告だった。
この日から俺は、飲食店に苦手意識を持った。

ここからが、絶望の第2章。
パワハラと差別まみれのキッチンで、“飲食店の闇”を知ることになる。

最初に、料理長と挨拶を交わした。
キッチンとホールには見えない壁があり、キッチンは料理長が、ホールは店長がシフトを組んでいる。そのため、料理長とは早いうちに打ち解けておく必要があった。

料理長は店長と違い、気が強くはなかった。しかし、どことなく“アルバイト”を見下しているような空気を醸し出していた。俺は、そんな料理長の性格の暗さを確信しないように、目を逸らすようにしていた。

キッチンに俺が移動になった頃は、ちょうど大学に入学したばかりの履修登録期間に重なっている。だから、履修科目が確定するまでは、シフトが出し難い状態だった。しかし、その店は一週間ごとにシフトを決めるシステムだったため、俺は少しだけ希望を出すのが遅れていた。もちろん、それを説明した上でだ。しかし、その説明をした数日後、料理長に俺は衝撃的な言葉を投げつけられる。

『早くシフト希望出せよ。アルバイトだからって、仕事舐めてんじゃねぇぞ』

俺は面食らってしまって、何も言えなくなった。数日前にした説明を、料理長は一切聞いていなかった。しかも、ただでさえ人手が足りていないキッチンに貢献できるよう頑張ろうとしている新人に、初っ端からそんな暴言を吐いたのだ。俺は、彼の人間性を疑った。そしてその瞬間、これからの日々を想像し、途方もない不安を抱くと同時に、自分のこころが壊されてしまうかもしれない恐怖を覚えていた。

手始めに教えられたのは、食洗機の扱い方やサラダの作り方だった。食洗機はただ入れれば良いわけではなく、米粒がこびりついていたり、汚れがしつこそうなものは予洗いを必要とした。しかし、その“予洗い”を俺が念入りにしすぎるがために、先輩に替わられてしまうことも多かった。ただ、その意義をしっかりと理解して、妥協点を自分の中で見つけたら、あまり口出しはされなくなった。
サラダは、ノーマルサイズとパーティーサイズの二つがあり、種類は4種類ほどあった。最初の方は、オーダーが入りにくいサラダを作ることが出来ず、先輩に作り方を聞かざるを得ないものもあった。しかし、先輩のうち一人は、とても嫌な奴で、こんなことを言ってきた。

『そんなの自分でとりまやってみて、失敗して覚えろよ。こっちも忙しいんだよ』

失敗もクソもない。
ただ俺は、作ったことがない料理の作り方を先輩に聞いただけだ。その先輩は、働いている年数も長く、ほぼ社員のような立ち位置にいた。彼自身は、遠い昔に新人だった時、こんなに酷い教育を受けていたのだろうか。それならば、キッチンの人手が足りていないことにも説明がついた。先輩が新人教育を疎かにし、ぞんざいに扱った。それが、新人の育たない根本的原因を生んでいたのではないか。俺は適当に盛り付けた“正解”かも分からないサラダを出した。 先輩のことが腐った野菜に見え始め、取り除いて棄てたくなった。

数ヶ月もすると、サラダを作るだけではなく、本格的に厨房のサポートを任されるようになる。というか、強要される。

俺の店は、主に肉料理を出す店であった。だから俺は、ハンバーグを焼くマシンに伝票通り入れることを指示された。しかし、ここでまずおかしいのは、伝票の読み方を教えられていないことだ。ハンバーグのサイズが書かれていないメニューが幾つか存在し、それらを教えられていない俺は、当然の如く入れていないのだ。それに対して料理長は、

『何してんだよ。ちゃんと入れられてねぇじゃねぇかよ。お前のせいで、客からクレームが来るよ』

などと言い放つ。俺は神経を疑った。
新人など、誰もが普通はミスをする。何年も何十年も働いている彼らと同様のパフォーマンスが、働いて数ヶ月の新人にできるわけがない。それに、クレームが来るのは、新人のミスを未然に防げなかった上の責任である。教えられていないことをできると思われていることも、責任の所在が新人にあると思っていることも、俺には疑問でしかなかった。

オーダーが殺到して、忙殺されそうになっている店のピークタイムには、厨房内で罵詈雑言が飛び交う。

しっかりやってくれよ!

なんでそんな簡単なことも
出来ないんだよ!!

やり直しだよ、早くしろって!!!

早く“拭け”っつってんだよ!! (舌打ち)

どう考えても異常だった。
“拭く”の意味が、鉄板に油を塗ることを指しているなど全く教えられてもいないし、まして新人に想像できるわけがない。そして、この棘のような言葉たち、そのほとんどを発しているのは料理長である。俺は、心がすっと冷たくなるのを感じていた。仮にも店を守ってきた人間が、余裕を無くして声を荒らげている様を見て、心底『だせぇ男だな』と思った。

俺は自分が悪くないと思うことに対しても、ペコペコと頭を下げた。嫌われたら何をされるか分からない、と思っていたからだ。媚びへつらうことで自分を守ろうとして、その結果死にたくなった。幼い頃に思い描いていた大学生の自分とは、あまりにかけ離れすぎていた。

気付けば休みの日でも、そのバイトのことを考えている。明日は何も言われませんように、料理長に目をつけられませんように、と無意識に祈っている。そんな時、俺は気付いたのだった。こんなのは、普通のアルバイトじゃないと。


雨が降る日は、お客さんが増える。
店の駐車場に車がずらっと停まっていて、しかしオーダーは止まらない。雨は止まない。今日は料理長が早上がりをして、平穏が訪れると思っていた。しかし、次の天敵は40代の社員だった。俺は正直、こいつの事も嫌いだった。生えるがままに腕や脚のムダ毛を伸ばしていて、とにかくむさ苦しくて気持ち悪いと思っていた。ただそいつは、その店で何十年も働いている。だから、当然だが尊敬はできる……はずだった。しかし奴は、人のことを言えるほどミスが少なくはなかった。その日も、恐らく5回ほどはミスをしていた。オーダーを読む順番を間違えたり、肉を焼きすぎたりと、新人から見てもミスが多かった。俺は白い目を向けていた。オーダーを全てやっつけて、束の間の休息……と調理台に数十秒もたれかかった瞬間、

『今、仕事中だよね。ちゃんと働いてくれる!?』

とブチ切れてきた。俺は、新人に当たることでしか鬱憤を晴らせない社員が滑稽すぎて、噴き出していた。今日のピークタイムは店長が手伝ってくれたから乗り越えられたものの、こいつの力だけではどうにもならなかったと思う。俺は、憐れむような表情を作った。

「人の粗探しする前に、自分のミス省みて減らした方がいいですよね、普通に。仕事中言うても、シフトのケツが見えてないのに、誰がそれを決めるんですか。言い方悪いかもしれないですけど、今なんて料理長居ないんだから俺の独断で上がれるんですよ。たとえオーダーがまた増えてきて、あなたが苦しんでるとしてもね、俺にあなたを救う義務なんてないんですよ」

気付けば、俺はこんなことを口走っていた。
一息に言い終えて、本当に俺は彼のことをリスペクトできなかったんだなと思った。時針が間もなく、21時を指そうとしていた。俺は無言で上がり、タイムカードを押した。その日から、その社員とは犬猿の仲になった。


仕事で嫌なことがあった日、というか嫌なことがない日が無いのでシフトに入った日はほぼ毎回、退勤の後に俺は酒を買うようになっていた。嫌な記憶を眠る前に思い出してしまって、寝つきが悪くなっていたからだ。最初は『ほろ酔い』を買った。余裕すぎて、ただのジュースと変わらないと思った。寝付きにもそれほど効果は無かった。それ以降は、アルコール6%の『バー・ポームム』や缶ビールを飲むようになった。酒を飲みながら、友達とグループ通話なんかをしている時間は、気が紛れた。楽しくて仕方がなかった。

ただ、本質的には何も変わらない。
酔いから覚めた翌朝、そんな残酷な事実を何度も思い知った。本当にイラついた時には、部屋にあるものを片っ端からなぎ倒していった。だけど、何もかもが無駄だった。


その頃、休日にフルタイムで出勤させられることに対して、許可すらも取られなくなっていた。シフトが送られてきて、見ると出勤時間は午前である。そして、早く出勤したんだから早く上がれると思ったら、それも違う。午前中から、夜の帳が降りるまで、みっちりフルタイムで、しかも“無断で”働かせられる。俺の意思とは関係なくまかないが出され、金銭を払うことを要求される。俺は、ピークタイムが過ぎた厨房で、目の前の包丁に引き寄せられていた。この包丁を自分の首筋に当てて、数回動かしたら、何か変わるだろうかと思った。まず俺は、死んで楽になれるかもしれない。そして、その店が事故物件という扱いになって、集客に大打撃を与えられるかもしれない。ただ、俺はやらなかった。脳裏に何故か、家族の顔が浮かんだ。あの日あの時、家族の顔を思い出していなかったら、俺はあの店で迷いなく自殺をしていただろうと、今でも思う。


その店には、洗い場でしか仕事をしない奴がいた。そいつは、『洗い場に表札を掲げている』などと、よくバカにされ嘲笑されていた。『アイツは何も出来ないから、いないものだと思っていいよ』と働き始めた当初、先輩に言われた。ただ、俺は数ヶ月で見抜いていた。こいつは、何も出来ないんじゃなくて、何もやろうとしないだけだと。洗い場を習っていた時、食洗機を少し雑に扱ったら、過敏に怒られた。

『これ壊れやすいので、丁寧に扱ってください!!』

言っていることは、至極正論である。ただ、俺はそいつがそんなにも怒る理由にもう一つ思い当たってしまって、苦笑せざるを得なかった。食洗機が壊れたら、自分の仕事が無くなるからである。“食洗機の死”は、彼の“生業の死”とイコールで繋がっている。だから、まず焦ったのだろう。俺は詫びた。

「ごめんなさい。お邪魔しました」

俺は先輩方の差別に加担するつもりはなかった。しかし、明らかにこいつは俺よりも下だと思った。一年近くその職場で働いているのに、未だにできるのは洗い場だけ。向上心がまるでない、ゴミ屑だと正直思ってしまった。

俺がある程度の仕事を覚えてきた、数ヶ月後のある日。俺はその日もフルタイムで働かされ、酷く疲れていた。また、料理長から理不尽なキレ方をされ、苛立ってもいた。夜のピークタイムは既に過ぎていて、店は締め作業を始めている。俺は洗い場の締め作業の手伝いを頼まれ、そこでしか咲けない花のサポートをしていた。そんな中、遠くから料理長の声がする。

『○○くん! ○○くん!』

どうやら、“洗い場の番犬”がその名前を呼ばれているようだった。しかし、そいつは一向に気付く気配がない。料理長の声は苛立たしげに大きくなって、そして近づいてくる。俺は当時、料理長をいかに苛立たせないかに重点を置いていたので、料理長の苛立ちと俺の苛立ちはイコールで繋がっていた。料理長を苛立たせる奴は許せない、潰されて然るべき。俺は奴の耳元で、声を荒らげていた。

「ねぇ、、料理長に呼ばれてるの聞こえないんですか!? なんで、そんな事にも気付けないんですか? 脳死で皿洗ってるだけだからですか? 仕事舐めてんじゃねぇよマジで」

そう言って、ハッとした。
気付けば、俺も店の“あっち側”になっていた。店全体に蔓延る差別意識に染め上げられ、自分よりもできない奴を見下し、強い言葉で威圧し、怯んだ様子を見て溜飲を下げている。

料理長は、数メートル先で足を止めていた。誠実ぶっていた新人が、とんでもない暴言を吐いていたからだろう、驚いた顔で俺を見ていた。“洗い場の番犬”が逃げるように、その脇をすり抜けていく。

結局、俺は“苦労し、何かに思い悩んでいる自分”が好きだっただけだ。本当にしょうもない半年間だった。最後の出勤を終え、帰路にあるコンビニにいつもの様に寄って、酒をレジに持っていく。

店員が唐突に喋りかけてきた。
『え? お酒買うの? ダメでしょ』
まるで知り合いかのような口ぶりに、俺は驚いて、伏していた目線を上げる。

そこには、中学時代のクラスメイトの女子がいた。彼女をそのコンビニで見るのは初めてだった。

『クイルだよね?』
俺は頷く。

『これは私が下げておくから』
苦笑いで彼女が言った言葉に、俺は何故か安堵を覚えていた。もう、自分では戻れないんじゃないかと思っていたからだ。自分で始めたことを自制するには、とても勇気が要る。何かとても大きなストレスがのしかかってきた時に、沈んで息ができなくなるのを防ぐ手段だと思っていた。しかし、目の前にいるクラスメイトは、前と何ら変わっていなかった。俺は随分と自分が変わってしまったように感じていたけれど、俺を本当に知っている人から見れば、あまり変わっていないのかもしれない。

5分から10分ほど世間話をして、俺はコンビニを退店した。俺の脳内は淡い青春時代の記憶を呼び起こし、二度と“最低最悪の職場”で働いていた人間たちの顔を思い出すことは無かった。


それでは上記を元に、“選んで良いバイト”と“選んではいけないバイト”の違いや見極め方、選ぶ際に気をつけるべき点を整理していく。

  1. その仕事には、やりがいがありそうか

  2. 働き方やそこに掛かる“負荷”に偏りが無いか、不公平でないか

  3. “特典目当て”“まかない目当て”などの邪な理由で選んでいないか

  4. “家から近いから”など、安易な動機で選んでいないか

  5. “履歴書不要”の店でないか

  6. 最初から待遇が良すぎる、なんてことは無いか

  7. “新人教育”が細やかになされているか

  8. 従業員の口が悪くないか

  9. 上司や先輩、店のリーダーが尊敬できるような人間であるか

  10. 仕事のせいで酒を飲むようになったり、休日にも「死にたい」と思ったりはしないか

  11. 無断でフルタイムのシフトを入れられたり、シフトの末尾が分からない職場ではないか

  12. 『一週間ごとにシフトを出すので、プライベートにも融通が効きます!!』なんてアピールをしている職場ではないか

  13. “社外秘”などの分厚いマニュアルが存在するか

  14. 従業員間で、差別意識が無いか

  15. 仕事量や負担に対して、時給が見合っているか

この、上記15ヶ条を意識すれば、少なくとも“最低最悪の職場”を選ぶことは防げるであろう。これを毎晩寝る前に暗唱してもらえれば、絶対に良い条件の職場を選べるようになることを約束する。

そして、最後に俺が考える
働く意味。

当然だが、自分よりも偉い奴に罵倒され、良いように使われるために働いている訳ではない。パワハラを受けるために働いている訳でもない。「死にたい」なんて思うために働いている訳でも。

我々は、ただ金を稼ぐために働いているのではないと思う。金を稼ぐ目的だけが先行するなら、キャバ嬢とかホストとか、そっちの方が稼ぎは良いだろう。或いは、毎日派遣の単発アルバイトに応募して、誰でも出来るような仕事をすれば、それなりに金は稼げるだろう。

しかし、違うのだ。そういうことじゃない。
れっきとしたお店(夜職をそうでないと言うわけではない)の従業員として働くことによって、自分にはこんな可能性があって、これが苦手分野なんだなどと認識し、それでも試行錯誤することによって喜びを得るのだ。試行錯誤の結果は成功でも失敗でも褒められて然るべきで、それが自分の“市場価値”ないし“評価”につながる。その対価として得るのが、給料である。つまり、そういう「やりがい」が無い店で働いていても、稼げるわけが無いのだ。

俺が考える「働く意味」は、自分がどのくらい主体的に頑張っていけるのかを知り、その頑張りを認めてもらうことで、生きる喜びを日々探れることだと思う。また、従業員双方で誤解が生じた場合、対話を通してお互いの問題点を反省できるような労働環境が今後整備されていくことを祈っている。

【完】

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