コープス・ブライド

お風呂場で水を含んだスポンジがべしゃ、と音を立てて落ちた。
私の脳はそれを水気の多い臓物が落ちたのだと全くの正気状態で考えた。
脳か、腸か、そのほかの何かが落ちたのだと。
そして驚きもなくああ、スポンジがおちたなと訂正が入る。

なぜ私はそう思ったのか。その落ちた臓物は私の中の別の私、誰かのために生きたいと思っていた私の、最後の灯だったのではないだろうか。
最後の望みで、希望だったそれが音を立てて無様にも潰れたのだ。
醜く、惨めなそれ。
腐乱して、見るに堪えないそれ。
私は今まで幾年もの間それに気づかず後生大事に抱き抱えていたのかと思うと自分に対しての哀れみを感じずにはいられない。
全く滑稽な話だ。
だって、少なくとも今朝までそれは私の中で輝いて美しく丸い形をしていたはずなのに、あの一瞬で潰れた果物のようになってしまった。大切だったはずのものを、私は生命を無くした肉塊だと認識したのは紛れもない事実。
私はついに真正面から相対し、それがただの腐った果実だったことに気付いたのだ。
それは一体いつから腐り始めて腐臭を漂わせていたのだろう。
現実を空想で補完して生きてきた私には、それは確かにきらきらした未来そのものだった。
けれども、その一瞬で私は私が追ってきた未来だったはずのものを、腐乱した死体だと認識したのだ。
私は、ずっと、死体を抱いて生きてきた。
死体に接吻し、死体を信仰し、死体を崇め奉り、死体と結婚まで考えていたのだ。



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