私ではないあなたへ

あなたへ

あなた。

今この文章を目で追っているあなたに伝えなければいけないことがあります。
あなたがこれから落ちる世界は、残念ながらとても怖いところです。
人が泣き、叫び、殺し合い、血を流し、死んでいく場所です。
命が消えます。
命が生まれます。
その繰り返しです。
あなたの落ちる世界に天使はいません。
神もいません。救いも信仰もありません。
それらは全て息絶えました。
穢れ、汚辱に満ち、悪意が蔓延した世界で純潔な魂たちは生き存えることができずみずからその生を閉じました。
その肉体から魂が抜けた頃、彼らは言うのです。
「あんなに美しかったのに」
美しかったら生きつづけねばならぬのですか。
醜かったら生きてはいけないのですか。
自らが傍観者でしかないから発することのできる言葉をなんの躊躇いもなく吐き出すその厚顔さ。
偽りの情が滲むその顔面を、思いっきり蹴飛ばしたい。

だれもかれも、自分に原因があるとは思わないのです。
かれらのこころの中にあるほんの少しの悪意が、形にせずとも純な魂を傷つけ続けていたことに。

なぜそんなにも空で居れるのでしょう
なぜそんなにも無能で居れるのでしょう

私には理解ができなかった。

人が言葉で表す程度の情に意味などないということにようやく気付きました。
現に彼らはもう忘れています。
忘れて、山のように築きあげた屍の山の頂点で愉しく笑っています。
その骸の中にまだ命ある人間が混ざっているなど露ほども考えずに。

言葉にならない形にならない情をどうにか形にしようと、こねくり回している敗残者の方がどれほど美しくいじらしいか。
私はそういう人間の守護者でありたいものです。

泣き、叫び、血を流し続ける心。
その存在を知覚してなお笑い合い、慈しみあい、愛しあって暮らしていく、そのことにあなたは耐えられますか。
その真実を知っても、完璧に正気な状態で生きていけますか。
私は、このような雑多な世界では生きていける肉体と精神を凡そ持ち合わせていません。私はきっと、生きてはいけないでしょう。そんな気がもうずっと前からしていました。そして今それが無視できない大きさで眼前に迫ってきています。

だからこうしてあなたに伝えようとしています。

もし、私があなたであなたが私ならきっとこの先の世界に落ちると言うことは
あなたが死ぬための物語をあなた自身で紡いでいくということ。
わかりきっている結末に向かって、醜く惨めに足を引き摺って歩く。
何も知らずに生きていけるならば、どれだけよかったのだろう。
無垢で、無知で、居れたなら。

私は伝えました。
私が伝えて欲しかった事柄を、あなたに。

どうか、あなたが
産まれませんように。


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