「Foo release me ,girl?」 フー・リリース・ミー,ガール(彼女の説明)

「Foo release me ,girl?」

フー・リリース・ミー,ガール(彼女の説明)

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子供のままで街をでた。

彼女にはじめて逢った時、
彼女はまだ10代の終わりだった。

「こんな話聞きたくないでしょ?」
「これはだいじな話なの。」

少し乱暴な言葉使い。

「彼女」に会った。

僕の初めての予備校の夏期講習の期間、
一緒の部屋で暮らした。     
暮らしたと言っても、
隣の部屋も廊下の向こう側もその他の部屋も、
芸術家志望の浪人生と、
他には一組の老夫婦だけが住む古い木造の二階建てで、
空いている部屋を全部、
美大受験の為の夏期講習に来た高校生に貸していた。
夏休みで帰省している浪人生の部屋まで、
その荷物や調度品のまま貸し出していた。
そう言えば老夫婦の姿を見かけた事は一度もなかった。
予備校経由での紹介で予約していた。
部屋は玄関のすぐ横の何故か受付用の磨りガラスの小窓が付いた四畳半と、
それにもう少しの板間と押し入れ。
外側に少し膨らんだ流しが付いていて、
マッチで点火する様式のコンロがあった。
誰かが気軽に引き戸を開けたり、
庭側の開け放した窓から顔を出したりもしたし、
たぶん布団なんか無かったと思う。
座布団が何枚か、多めにはあった。
それで大丈夫。
夏だから。

大きな玄関で靴を脱ぐ。
大きな下駄箱に靴を入れる。
あとはほぼ同じ家の中とも言えた。


玄関の真上に位置する二階の特別室には
女将さんが住んでいたのだが、寮では無かった。
一階の廊下の突き当たりのドアを開けると、
線路がいくつも重なっている光景が柵に遮られる事無く、
すぐ目の前から始まっていた。
見上げてみてもすぐには何階建てか解らないほどの高さの近代的な、
それから、硝子ばかりに見える現代的ないくつかの
ビルとビルに挟まれたアスファルトの細い道を入って行った、
更にその奥を右に曲がった先にある門を潜り、
土の地面の通路を暫く歩く。

その敷地はビルの壁と線路に囲まれていた。
外観は小さめの旅館といった風で、右手は木が植えられた庭、
歩く部分だけを小石とコンクリートで固めた
真っすぐな通路の先の正面に玄関が見えた。
真夏の夕方早めの時間に、
硝子と木の格子で出来た引き戸は開けられたまま、
研ぎだしの玄関は少し一段薄暗くはあるが、
奇麗に調えられ、
歓迎されている世界を感じた。
挨拶を済ませてから、
少しの説明を受け、
玄関のすぐ横のその部屋に
荷物を置いた。

そのさりげなさは何か「ある種」の品を備えている様に思えた。
「よかったらお菓子もどうぞ。」
網戸もなく開けられたままの、
枠に腰掛ける事もできるその部屋の窓からは、
通路と庭と、街が見渡せたが、
その時はお茶を出して頂いて女将さんに向かい
景色は見ないで座った。
確かにあの場所の雰囲気の一部は女将さんに因るものであって
その事による安心感があった。
数年後、
後にその場所がなくなることになった時に、
葉書を頂いたのを思い出した。


朝、田舎の家を出て新幹線に乗った。
新幹線は何時、東京行き。
それだけ。
降りる駅を気にする事なく高速鉄道は終点に到着する。
どんな場所に行くのかの想像は無かった。
でも今はもう都会の何処かのこの場所で、
ビルに囲まれて畳に座っている。
この場所を想像するのは難しかった。
成る程。
僕の気持ちとは関係なく、凡そ大雑把に物事が進んでいく。
それに、絵を描く以外の大概は、大した問題でも無かった。
そう思っていた。

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突然、彼女に遭った。
「こんにちは。」
標準語。
「よろしくね。」
何だろう?
たぶんさっき駅から此処に来るまでの道で目が合った女子だった。
僕が予約した部屋はこの部屋で、
彼女が予約したのもこの部屋だった。
他の部屋は友達同士だったりとか、
期間が違っていたりとか、
料金が違っていたりとか、
広さが違っていたりとか、
事情が違っていて、
兎に角、
ほんの数十秒程の詳細により
誰ひとりの問題項目にもあがらないと言う事らしい。
でも理由は簡単だった。
一部屋を二人ずつに貸していた。


「彼女」は家から通えない距離でもなかったのだけれど
デッサン教室の先生の関係で聞いて来ていた。
実際、都心の環状線の通勤時間の満員電車に
油絵の道具を一式持って乗る事には無理があった。
美大受験の為の絵画教室は通常「研究所」と呼ばれている。
僕は、田舎の家から電車で20分くらいの駅にある研究所に春頃から通っていて、
そこには全く偶然に僕よりも前から、
同じ高校の美術部の女子部長も通っていた。
でも全く偶然と言う程でもない。
二年の時の同じクラスの男子もいた。
しかも家に遊びに行った事もあるのにそんな話は聞いた事なかった。
要するに実績のある研究所は限られていた。
美術部の女子部長が最初の方針を変更、
自宅から通える京都の学校だけを受けることになり
代わりに東京には僕が来る事になった。
此処を予約していたのはその女子部長だった。

女将さんは何故か女将さんではなく
その予約に関しても直接は関係なく、
口出しもなかった。
借りた部屋には鍵などなく、鍵はわたされなかった。
初めてあった日に同じ部屋になった。
でも女の子だった。

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