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愛情深い母

私の母は、3人姉妹の真ん中で、
親から自分だけ叩かれ、
自分だけ買ってもらえなかったそうです。


自分は価値がないと思い続けた母には、
同じように傷ついた友人ができ、
同じように自分のことを
価値がないと思っている友人は、
人を蔑むことで優越感を持つしかなかった。
母は、友人関係でも安心できなかった。


私を産んで、
「もう何も怖くない」と思ったそうです。

私1人だけをとにかく愛情深く育てた。
一度も叩いたことはない。

母は、私に「いい子ね〜」とよく言った。

「しゃがんで目を見て
『りすちゃんはいい子だから
大きい声出さないのよ』と言い聞かせれば、
大きい声を出さなかったのよ。
そうやって言い聞かせたのよ。」

と、
いかに素晴らしくしつけたかを
繰り返し聞かされた。


どんなに素晴らしく育てたか、
語られれば語られるほど、

私は苦しく、

私はいい子なのではなく、

母の勢いに圧倒されて
表現する気になれなかっただけだ、
と思った。


母が私を立派に育てることで、
自分を保とうとしていることを、
子どもながらに
肌で感じていたように思います。


親から暴力で支配された母は成長し、
やがて親になり、
わが子を言葉で支配した。


私も、子どもを支配しているのかもしれない。
連鎖を断ち切るのは簡単ではない。


母は祖母から
安心をもらえなかったけど、
祖父は母を一番にかわいがりました。


母は、傷つきながらも、
寄せ集めた思いやりで
私を育ててくれた。

そのおかげで、私は、
のびやかな夫に出会うことができました。

ありのままを認めてもらいながら育った夫と
一緒に育児することで、
背伸びしない、
背伸びさせない家族に
少しずつなれている気がします。



祖母がひどい育児をしたのは

戦争の影響が
大きかったのではないかと思います。

心身に重みを背負いながら
育児していたと思います。

それを少しずつ、
世代ごとに努力して、
修正しているところ。


おばあちゃん、大丈夫だよ。
おばあちゃんの良さだけを
次世代に引き継ぐように
やってみる。


私が出産し、
私の子育てを眺めるうちに、
「こんな風になんとなく笑いながら
のんびりと育てればよかった」
と、母が言ってくれます。


孫の笑顔と心の伸びやかさに
胸を打たれ、

孫から気づきを得られるだけの
心の余裕を母は持っていた。

子育て中に、気づけなくたって、
孫が産まれてから気づいてもいい。


自分の子育て、どうだったかな、
と、振り返る母を眺めていると、

暴力だけは連鎖させまいと
ものすごい
意気込みで
私を育ててくれた
それだけでも感謝したいと思います。

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ノゾムさんの記事を読んで、
たった1人で抱えて来た思いを
その通りだよ、
と認めてもらったような気がしました。
出会いに感謝しています。

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