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何かを楽しんでいる時は、それがたとえ無意味でもいい。

意味があることとないことだったら、意味があることの方がいいなと私は思ってしまいます。

意味のない時間。意味のない人生。
そういうものを想像すると、なんだかむなしくなるから。

できれば、時間は有意味なことに使いたいし、何か生産性のあることをやり遂げた時には、「やってやったぞ」という達成感を感じます。


でも、「これになんの意味も要らない」と思う時というのもあります。
それはどんな時かと言うと、自分がただ、それを楽しんでいる時です。


たとえば私なら、好きな曲を聴いたり、ギターを弾いたり、引き出しの中の小物を取り出して見たり。

これらの行為に、「これは有意味か、それとも無意味か」と問おうとは全く思いません。

なぜなら楽しいから。
その事実だけで、たとえそれに客観的な有意味性がなくても、満足なんです。
なんの生産性もなかったとしても、私にとっては有意味だと感じます。

自分の趣味に没頭している時、あなたもそう感じませんか?


逆に、今していること、あるいはしようとしていることに対して客観的な意味を求めたくなった時、もしかしたら自分自身はそのことを心からは楽しめていないのかもしれません。

だからなんとか意味付けをして、意味があるならやるしかないと、気の乗らない自分を奮い立たせようとしているんじゃないでしょうか。


人の心って、傷付きそうになったらバリアを張ったり、萎みそうになったら空気を入れたりするようにできているのかもしれないですね。

生きていたら、嫌なことにも取り組まなきゃいけない時もあるし、泣きたくてもゆっくり泣けない時もあります。

自分の心の動きに目を向けてみたら、自分の中の本音や、自分を押さえつけているもの、自分が今何を大切にしているのかが、分かってくるような気がします。


悩める人皆に幸あれ。
そして、できれば私にも…



読んでくださり、ありがとうございました!



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