ほんのひび 7

 姿の見えないお客さんを想像して、本を選んでいる。
 固定の場所をもたず、オンラインショップも設けず、毎回異なる出張先で本を売る。そんな形で本屋をしていると、出張先にどんなお客さんが訪れるのかを毎回思い浮かべる必要がある。
 あのお店では、こういう人が本を買っているかもしれない。こんな本が馴染むかもしれない。当たり前だけどものすごく真面目に考えて、80種類以上のラインアップから、持っていく本を選ぶ。

 結論から言うと、その予測は、たいてい外れる。
 「この本は売れないだろう」と思い込んでいた本をダイレクトで求めてきた人がいて、「すいません、今日は持ってきてないんですよ…」と頭を下げるパターンもある。
 一方で、特に売りたいと思っているけど今回は厳しいだろうと見込みながら持参した本が不意に買われていって、驚くこともある。
 そんなときは、もっと〈本の力〉を信じないといけないと反省する。求める人に求められる本が届く瞬間は、ちゃんとやってくるんだと。

 そもそも自分は、誰のほうを向いて本屋をしているのかと考えた。
 本屋が刊行している本を仕入れて販売する本屋をやっているので、そもそもの出発点が「既存の本屋をどう後押しできるか」にあって。
 その目的自体は間違っていない。だとしても、本を買うのはお客さん:読者だ。商売としての本屋をやる以上は、買う側のことを考えないといけない。
 そんな当たり前の視点がそもそも欠けていたんだと、ようやく気づいたのがスタートから3か月ほど経ってからだった。お客さんを置き去りにしていたら、届けられる本も届かない。

 本屋の本を売る本屋を始める前は、「本屋の本」を目当てにしてくるお客さんがメインになると思っていた。でも実際は、出張販売をした日にたまたま出張先の本屋を訪れて、ごーすと書房にも遭遇したという人が少なくない。
 それ自体はポジティブな話で、どうしてこういう本屋をしているのかをゼロから説明して、(本屋業界を取り巻く厳しい状況を含めて)興味をもってくれればいい。
 ただ、もう一歩踏み込んで、自分もまた本屋として、そのお客さんに何をもたらせられるのかを冷静に考えたい。そこではお客さんとの対話が鍵になる。短い言葉のやりとりから、その人に合う本、楽しめる本を薦めていけるといい。

 現状、できることは限られていて(というかアイデアが枯渇していて…)、まずは何事も「決めつけすぎない」ことかなと思っている。
 このお店のお客さんだからこの本が売れるだろうというのは、本当に自分の思い込みでしかなくて、自分が勝手に設けたセオリーから外れていくことも大事だと。
 出張販売で並べられた本から、そういう試行錯誤が伝わったら面白いし、そんな悩みなんて関係なしに本が届いていけばいいとも思う。

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