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イザベラ・バード「日本奥地紀行」 ー日本を舞台にした伝奇小説のような不気味さー


 イザベラ・バードは旅路での通訳が必要だった。彼女は日本語を話せないから。多くのものが通訳を名乗り出たが、有望だったのは3人だった。
 一人目は糊の強く効いたシャツを着た小綺麗で裕福そうな元気な青年。
 二人目は英国人に支えていた元料理長の恰幅の良い男性。しっかりとした推薦状を持っていた。
 三人目はウィルキンソン氏がよこした和服を着た知的な男性。緊張であがっているが、きちんと英語を理解し、きちんと話せるようだった。
 彼女は三人目を雇おうと思っていた時に一人の男がやってくる。
 その男は推薦状を持たない十八の男だった。第一印象では愚鈍な男という感想が出る、そんな男。けれどしきりに周りを盗み見る癖があった。英語も書けて、料理もできて、きちんと体力もある、そして日本の奥地の地理感のある男だった。旅には都合が良い男だった。
 男は植物学者マリーズ氏の推薦状を持っていたが、火事で燃えてしまったと弁明した。
 マリーズ氏に彼の身元を確かめる時間もないので、イザベラ・バードはすぐにその男を月給12ドルで雇うことにした。

イザベラバード「日本奥地紀行」第四信 超要約


概要

「日本奥地紀行」は1878年、明治になってからまもない時期に日本を旅行したイギリス人女性探検家イザベラ・バードの旅程の手紙をまとめた本である。
 日本は開国から30年ほどしか経っていない時期で、イギリス人の彼女にとってはまさに未開の土地。外国人女性の旅行なんて前例がなかったことであろう。
 彼女の著作は末期李氏朝鮮を旅した記録を描いた「朝鮮紀行」も有名であるが、今回は「日本奥地紀行」を扱う。
 この日本奥地紀行は、小説のような筆致で未開の地日本を彼女の目線で描写する。その描写は当時の日本を知るという点でも豊かなものだし、イギリス人の彼女の目線を通す日本が不思議なものに思える。
 そして、ノンフィクションであるのに伝奇小説のような不気味な伏線が時折出てくる。一応結論を言うならば、彼女はあまり大きな問題もなく旅を終えた。自分が読むと、何かが始まる伏線のように思えてくる。
 それはきっとイザベラにとって日本が未開の地で、そこを旅する興奮と不安が入り混じった感情こそが、その雰囲気を醸し出しているのだろうけれど。
 その結果的に何も始まらない伏線と彼女の日本についての描写で印象的なものを抜粋する。

人力車

 イザベラは横浜港を降りて、すぐ人力車を発見する。

外には、今では有名になっている人力車が五〇台ほど並んでいた。(中略)発明されたのはたった七年前なのに、今では一都市に二万三千台近くもある。

イザベラバード「日本奥地紀行」第一信

 自分は完全に知らなかったのだが、人力車が発明されたのは1870年であるようだった。江戸時代ぐらいに発明されたものだろうと思っていたので意外であった。

人力車を引く方が、ほとんどいかなる熟練労働よりもずっとお金になるので、何千となく屈強な若者たちが、農村の仕事を棄てて都会に集離、牛馬となって車を引くのである。しかし、車夫稼業に入ってからの平均寿命は、たった五年であるという。車夫の大部分の者は、重い心臓病や肺病にかかって倒れると言われている。

イザベラバード「日本奥地紀行」第一信

 人力車が発明されてから七年だというのに、それだけ多くの車夫が亡くなってきたのだろう。人力車は現在では浅草で観光用で用いられる程度で実用的な乗り物ではない。イザベラ・バードはこのように負の部分を描写しながらも、車夫の人々の快活さを見出している。イギリスでは乗合馬車が主流のようで、人力車というものにある種の面白みを感じたのだろう。
 そして、人を馬のように扱う日本という土地に少しの不気味さを感じたのかもしれない。

旅券について

 人力車みたいな日本文化の紹介よりは、小説のような伏線を紹介しておこう。まず旅券についてだ。

 イザベラは駐日英国公使、ハリー・パークスからほぼ無制限に近い旅券を与えられていた。当時は通常どこへ行くのか旅程を明確に申請しなければならなかったようだが、イザベラは旅程を明確にしなくて良かったようだ。イザベラは英国公使と懇意にしており、特例的な待遇だったようだ。

東京以北の全日本と北海道の旅行を許可しているのである。この貴重な書類がなければ、私は逮捕されて領事館へ送り戻されるかもしれない。

イザベラバード「日本奥地紀行」第六信

 例えば、この描写は旅券が誰かしらに盗まれてしまって逮捕される伏線なのではと思ってしまった。正直深読みだと思うのでそこまで気にしないで欲しい。
 この後、日本滞在中にしてはいけないことが列挙される。

「通行止」の掲示を無視してはいけない(中略)また要求のあった場合には、いかなる役人にも旅券を呈示せねばならない。これに反すれば逮捕される。日本の奥地にあっては、狩猟や交易を行ったり、日本人と商取引したり、あるいは必要な旅行期限を超えて家屋や部屋を賃借してはならない

イザベラバード「日本奥地紀行」第六信

 「通行止」、ある種の禁足地に彼女が訪れてしまう伏線かもしれないし、そして奥地で彼女が何かしらの交易を行ってしまい(例えば輸入禁止していたものを彼女は手に入れてしまい)それがバレてしまい大事になるとか。
 完全に深読みおじさんのようであるけれど、因習村の物語において禁則事項は大抵主人公によって破られる。未開の土地に訪れるイザベラに、禁則事項がこのように伝えられる。これらの描写は盛大な前振りのように思えてならなかった。
 最近「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」という映画を見たのだが、作中、水木は因習村の哭倉村にある湖に浮かぶ島は禁足地だと告げられる。その禁足地に水木は足を踏み入れる。
 イザベラはそんな禁足地に行くわけではないけれど(してしまったら国際問題)、少し不気味な雰囲気がプンプンした。

三人の通訳、そして身元の怪しい通訳

 イザベラ・バードは旅路での通訳が必要だった。彼女は日本語を話せないから。多くのものが通訳を名乗り出たが、有望だったのは3人だった。 一人目は糊の強く効いたシャツを着た小綺麗で裕福そうな元気な青年。 二人目は英国人に支えていた元料理長の恰幅の良い男性。しっかりとした推薦状を持っていた。 三人目はウィルキンソン氏がよこした和服を着た知的な男性。緊張であがっているが、きちんと英語を理解し、きちんと話せるようだった。 彼女は三人目を雇おうと思っていた時に一人の男がやってくる。 その男は推薦状を持たない十八の男だった。第一印象では愚鈍な男という感想が出る、そんな男。けれどしきりに周りを盗み見る癖があった。英語も書けて、料理もできて、きちんと体力もある、そして日本の奥地の地理感のある男だった。旅には都合が良い男だった。 男は植物学者マリーズ氏の推薦状を持っていたが、火事で燃えてしまったと弁明した。 マリーズ氏に彼の身元を確かめる時間もないので、イザベラ・バードはすぐにその男を月給12ドルで雇うことにした。

イザベラバード「日本奥地紀行」第四信 超要約

 冒頭に呈示したものであるが、イザベラは旅に出る前に通訳を探していた。そんな中三人の通訳の候補が現れる。
 その三人はそれぞれ違う属性を持っていて、それぞれ個性的な人物のように思える。彼ら三人はきちんと身元も明らかで、推薦状も持っていた。イザベラにとって、通訳はできるだけ信頼できる人物の方がいいだろう。
 一番怖いのが未開の土地で、一番大切な通訳に裏切られることだ。当時の日本では英語の通じる人だって少ないはずで、通訳がいないと周りの人と一切意思疎通ができなくなる。お金だってぼったくられるかもしれない。
 そんな中彼女が選んだのは、推薦状も持たずにやってきた男だった。きちんと英語を話せる男であったけれど、身辺の怪しい人物を雇うのはどうだろうかとは思う。 
 彼の正体は伊藤鶴吉という明治時代に活躍した英語通訳者だ。彼は植物学者のマリーズ氏と北海道を旅行したこともあり、その他にも多くの海外の実業家や皇太子の通訳を経験した人物だったようだ。おそらくイザベラにとっては最適な人物であったのは間違いない。

それよりもまず、私はこの男が信用できず、嫌いになった。(中略)私は、旅行を早く始めたいと思ったので、月給12ドルで彼を雇うことにした。
 

イザベラバード「日本奥地紀行」第四信

 イザベラは本当に書き方が悪いのだ。まず信用できないという第一印象、そして時間がないから伊藤でいいやという妥協、推薦状は燃えてしまった。これで裏切られたとしても何の不思議もないだろう。
 そして、伊藤がマリーズ氏の推薦状を持っていなかった理由がある。マリーズ氏は同時期日本に滞在しており伊藤に通訳を依頼しようとしてほぼ決定していたのだが、伊藤はイザベラの通訳募集の話を聞いて、イザベラの方が報酬が良かったのでイザベラに鞍替えしてしまったのだ。
 マリーズ氏の仕事を投げ出して、イザベラに同伴しようとしていたのだからマリーズ氏の推薦状なんてそもそもなかったのだろう。
 そしてその後、この伊藤の不誠実がきっかけでイザベラとマリーズの間に諍いが起こってしまったようだ。

まとめ

 今回、紹介したのは第六信までの本当の冒頭だ。きちんと旅が始まるのはこれからで、興味があるならぜひ読んでほしい。著作自体が古いけれど、かなり読みやすいので。


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