ビー玉とおはじき、亡骸[BL]

【概要】🌅🐇🎍
かなり前に書き溜めていた義兄弟ネタをまとめました。色々考えてボツだなと思ったんですがせっかくなので。


<2018 3月15日>
陸の最後の言葉は「渚と兄弟になれてよかった」だった。
大丈夫、兄弟になれたら無敵だからすぐ会える。俺は渚のことを一番に思っているよと。
 
これらの言葉がどれほどの重さで自分に向けられたものだったか、オレはわかっているつもりだ。そして受け止め方を間違えてはいけないと、最新の注意を払って。
陸は海を越えた新境地に旅立った。
 
オレは大学在学中に司法試験に合格して国際弁護士になる予定だった。
『合格おめでとう。次は海外のロースクール目指すの? 頑張って』
と陸はテレビ電話してくれた。
必ず行くぞ、兄さんのもとに。そう言えば、待ってくれるのだろうか。
 
 
 <2024 5月3日>
夢を見すぎていたのかもしれない。
兄は見違えるほど大人っぽく美しくなって6年後……彼女を連れて家族の前に現れた。
「ただいま。この人、彼女の桃子さんだよ」
まさか彼女を連れてくるなんてね、と母は言う。
再婚するまで一人で育ててきた息子が恋人を連れてくるなんてどう思うのか。
少しでも反対してくれないか、それならオレだって。
 
「結婚を前提に付き合ってたんだ」
 
自分の胸は大きく拍動し、じとっと嫌な痛みが心臓をついた。“前提”という言葉がやけに気に障った。
“前提”って?
オレだって兄さんのいるニューヨークへ行く“前提”でやってきたさ。辛い勉強も我慢して、なんとかくぐり抜けてきたよ。
 
何度も届くことのない陸の心に語りかける。
 
本当に勝手なやつめ。自分もコイツも気色悪い。とっとと結婚してしまえ。
 
オレはとうとうその空間にいたくなくなって、すぐに自分の部屋に逃げる。ほっと短く息を吐く。我慢する。
やっと気持ちが整ってきた束の間、陸がドアの前で「渚」と呼んだ。
「渚、いるの? 開けるよ」
「何?」
「いや……急に部屋に入るからどうしたのかと思って……」
オレは出来るだけ兄を見ないようにぎろりと目を動かした。いつも気持ちを抑えるように努力してきたから、こういう業には慣れていた。
 
「別に。大学の課題が残ってるから」
すぐ画面に見入る。陸が自分のベッドに腰かけたとわかり顔を歪める。
 
「結婚するんだろ? あの彼女と」
「うん、そのつもりだけど……まだ……」
 
その遠慮がちな物言いに胃が熱くなったのが自分でもわかった。他の女と結婚しようとしている。それなのになぜか申し訳なさそうな素振りを見せる。
この男の顔を見てやろう。突然そう思った。
思い切ってぐるりと振り返った。目の前の顔がしっかりとオレを見ていた。
「やっとこっち向いてくれたね」
陸は目を細めて笑った。
「せっかく六年ぶりくらいに会えたのに、生でちゃんと渚の顔見れないの辛かったよ」
前髪が少し伸びていて、顔はややほっそりしている。体つきは前とさほど変わらない。
ふわふわのセーターと……。
 
そして「大事な弟の顔が見れてよかった」と言って、オレの頭をなでて部屋を出ていった。最後に「勉強の邪魔してごめんな」と言い残した。
 
顔を見るんじゃなかった。オレは額に手を当てて落ち着かせた。陸の姿はもう一度“言えぬ想い”を呼び起こす。
「兄さん……」
と呟いてから一旦目を閉じた。再び兄弟としての感情を取り戻すためである。知らなければいいのに。
自分がこの人を……この思いを知らなければいいのにと思う。
 
*******
 
<2024 >
『吉野陸』と兄弟として知り合ってから15年目だ。
彼は10歳、オレは6歳。
陸は母親と一緒に、オレと父親の名字『加藤』となった。
「新しい兄さんが出来る」と父親に聞かされた時は、酷く病んで反発したのを覚えている。
いやだ。絶対仲良くしない。受け入れられない。
実の母親のことが忘れられなくてどうしても心がついていかなかった。
 
一緒に暮らすようになってからオレは家に帰りたくなくなった。
そして友達と夕方まで遊んだり、図書館でこもって勉強をしたりした。ある日、
「渚! 今日カレーだから家帰ろう!」と陸が迎えに来た。鬱陶しくて、うざくて。
二時間以上、オレは無視した。そして黙ってベンチで勉強をする。空気しかないように。
陸もその場で、ずっとひたすらそばにいてくれた。
 
その後どう帰ったか定かではない。
「渚がどこにいても、俺はお兄ちゃんとしてずっとそばにいる」
と陸は言っていた。
おそらくこの日も強がるオレを宥めながら、ずっとそばにいてくれたのだと思う。この出来事は後の彼の印象を変えるきっかけとなった。

 <2024 7月8日>
 
自分のすごいなと思うところは嫌な予感が見事に的中することだ。
陸のことをずっと考えていると、彼の行動のだんだん読めて来るようになる。
 
「母さん、俺桃子さんと……」
「結婚するの……?」
「そうしようかと思ってる」
買い物に行った桃子さんがいない部屋で、母親と陸が話をしていた。オレはその場でじっと耳を澄ました。
「彼女も留学生だったんだ。バイト先でたまたま出会って英語も堪能だったし」
「もちろん、悪い子だとは思わないわ」
 
良い予想だけはすべて外れる。母親は全く陸の彼女を悪い子だとは思っておらず、突然のことに驚いていただけなのだ。どうか、反対でもしてくれ。
その願いはあっさりと潰れた。
びっくりしたの。だって大事な息子が立派になって、結婚するなんて。嬉しいし、もう
感激しそうで。
やはり再婚するまで女手一つで育ててきた陸に思い入れがあるのだろう。そう言って涙をにじませる母親と、目を潤ませる陸をオレは直視することが出来なかった。
 
陸は酷く美しくなった。そして大人っぽくなった。見るたび魅力的になっていく陸……。
その事実が“愛”と“憎しみ”となって目先にぶっ飛んでくる。
 
そっか。結婚するんだな。
 
今日の夜は、全然寝付けなかった。
 
*******

<2024 7月20日>
陸と桃子さんは、ゆっくり式の準備をしたいからと一旦家を出ていった。
「渚くん、バタバタしちゃってごめんね、日本で挙げる予定だから、是非来てくれると嬉しいな」
彼女は優しい。おっとり系で前の彼女とは全然違う。
 
<2016 5月2日>
陸が今日、初めて彼女を連れて来た。オレが学校から帰ると、陸とふわふわな髪を二つにまとめた女の子がテーブルに座っていた。
「渚、お帰り。この人、お兄ちゃんの彼女……」
「弟くん? よろしくね、私は美咲」
彼女の美咲さんがニコッと微笑むと、陸はオレが実は義兄弟であることやプロフィールなどを詳しく説明していた。
 
美咲さんが陸の顔を見て笑って、陸も美咲さんの顔を優しい眼差しで見て……。
柔らかく目を合わせて笑う二人がとても眩しく見える。
 
オレは突然、顔を背けて家を飛び出していた。
走って走って、足がもつれて目の前の公園のポールにしがみついた。へなへなとその場に座り込んだ。ウザイ、腹が立つ。
どんな感情よりもその言葉が頭に浮かぶ。
彼女の美咲さんのことが実はタイプだったのか。
又は「オレより先に彼女作るなよ」という嫉妬だったのか。昔から兄ぶっている陸に腹が立っていたのか。
しばらくグルグル考えていると、人影が自分の前でかがみこんできた。
小さい頃迎えに来てくれた時と同じように……優しくオレを抱きしめ、髪に唇を寄せる。
「ごめん、渚。本当にごめん。びっくりさせちゃったね」
ただただ自分の気持ちに混乱して黙りこくるオレに語りかけた。
「美咲には帰ってもらったよ。無理するな。お兄ちゃんしかいないから安心して」
 
美咲さんが帰った。
その事実にどういうわけかホッと胸をなでおろしている自分に驚く。彼女のことが気に入らなかったらしい。
これで一つ目と二つ目の選択肢は消えた。
陸に手を引かれ、家に帰った。高校生と中学生の男。手を取り合って歩く。
腹が立つ、ウザイ。
その感情は空っぽになって、疑問だけが残ったまま、夜は早く帰った父とみんなで夕食を食べた。

 <2016 5月21日>
あの件があって陸と美咲さんは別れてしまったらしいことがわかった。
私のことを捨てて? そんなに弟のことが大事なの? 帰れって?
大体あの弟も最悪よ。
初対面なのに感じ悪。
 
美咲さんはそう言ったらしい。そのまま自然消滅したそうだ。
 
「渚のことを悪く言われた時、嫌な気分だったよ。だからお前のせいじゃない。俺が見抜けなかったんだ」
陸はオレが大きな罪悪感を感じていたことをわかっていたのだ。
 
<2024 >
絶対にオレを責めない、昔も、そして今も。いつも呪文のように
「渚のことが大事だから、一番俺がわかってる」と繰り返す声が渚をしびれさせた。
言われるたび、勘違いしそうになる。
陸にとって一番はオレだからもう彼女を作ったりすることはないだろうと。
それから陸の言葉を思い出すと、どんなことも受け入れられるようになった。
兄として弟を慰める言葉だったのだろうが、そんなことはどうでもよかった。
渚は俺の宝物。お前のおかげで俺も。
学校の嫌な出来事も、面倒くさいことも、気分が落ち込んでも……兄の魔法のような言葉で吹っ切れるのだ。
そして渚が高校一年生になった時。
「渚って頭いいし、長い文章とか読むのが得意だから法律関係の仕事に向いてそうだね」
突然陸がこう言った。
 
*******

<2024 8月25日>
婚約者である桃子さんは美咲さんと違って、オレに嫌悪感は持っていないらしい。
むしろ自分が急に家に現れたことで気を悪くさせてしまったと感じているようだ。
「勉強ばかりだと疲れるわ、お茶どうぞ」
そう言ってそばにいてくれることも少なくない。嬉しいのか、悲しいのか。気難しい性格であるオレのそばにいてくれる人は希有であるので驚いた。
 
時には「一緒に外食しないか」と誘って来た。陸との出会いやこれまでの経緯について色々話してくる。
桃子さんはオレと仲良くしようとしてくれているのだと思う。共通の話題が兄の陸だから……ってことだろうがオレには苦痛だ。
 
けれど、嫌だとは言い出せなかった。だって美咲さんの時と同じようにまた陸の恋愛を壊すことになってしまう。聞いているふりをしながら耳を塞ぐ。
関係ない、関係ないと心で何度も唱える。
 
兄の陸に「弟として嫌われることをなにより恐れている。
 
  *******
<2025 11月3日>
陸は渚に「色々と気を使わせてごめんね、疲れた?」と言ってきた。別に驚くことでもない。これはいつもの陸の労りの言葉だ。
「別に……。弟だろ」
「そうだね……」
いい弟でいることが今日、唯一の役割だから我慢出来る。
 
「渚」
陸が愛情を奥に秘めた眼差しで呼んだ。
「ありがとう、弟になってくれて。渚が家族になってくれたことが俺の幸せ」
その瞳の中にかつて自分から失踪した母親の面影を見た。柔らかく、光を放つ彼の瞳はかつて大好きだった母親を思い起こすには十分なものだった。
「やめろ、そういうのうざい」
「結婚式の前にも憎まれ口?」
「うざいもんはうざいよ」
お前がそうやって……オレの心を深くえぐるから。
「やっと二人きりでゆっくり話せるのに。俺本当に嬉しくてたまらなかったんだよ」
“二人きり”という言葉がまた渚の心臓に引っ搔き傷を作る。
「渚……」
陸が距離を詰め、胸に向かって渚の体を抱き込んだ。
「大好き、こうやって抱きしめるの何年ぶりかな」
「どうでもいい……」
「俺……。結婚した後も渚を思う気持ちは変わらないから何でも言って。何でも渚の喜ぶことしたい」
少しずつ壁が壊されていく。心の奥が熱を上げ、じわじわと理性を追い越していった。
「なんでも?」
「なんでも……してくれるの?」
「なんでもするよ、俺の出来ることはすべてしたい」
陸の呟きが渚の鼓膜を伝う。
渚は唇を相手の唇に押し付けた。逃げないように両頬を力いっぱい抑え、下唇を数回嚙んだ。軽く開いた陸の唇がそのまま静止している。逃げようとしてない。そのままシャツの中に手を入れようとした時、体が押しのけられた。
「渚……待って……どうゆうこと?……」
「…………」
「なんで……」
「なんでもしてくれるって言ったから」
「有り得ない……。ふざけないで」
「ふざけてない」
渚は自分の唾液で濡れて光る兄の唇を見つめる。
「なんでもするっていったから、オレのしたいことをした」
「渚……酷い……」
「裏切った……だろ」
そんなこと十分わかっている。陸が兄として接してくれていると知っていたから、これほど耐えてきた。どんなことも受け止めた。
「オレは陸のこと……兄だと思ったことないから。どんなに酷いって言われても、ないものはない」
「渚……」
「結婚の邪魔はしないから安心して」
陸の心身から出る全てが、いつも渚を叩き落し、理性のある人間でなくしてしまう。でもそれが表れるのもこの瞬間までだ。
「渚!」
冷たい手が腕を掴んでいた。
「渚……俺……」
言葉が出せなかった。それほどまで全身の血が流れ始める。怒り、ざわめき。それらを一気に押し流す。
ゆっくり顔を上げると、陸が泣きそうな目でこちらを見ていた。なんでだ……なんでお前が泣きそうな顔をするんだ。
「くそっ……」と声を吐き出し、再度唇を押し付けた。まだ自分の香りが残っていた。
「んっ……」
陸は抵抗してこない。
お前が拒絶しないってことはそういう意味だと俺も受け取る。いいんだな。オレは引き下がらない。
 
生温かい舌を歯の隙間から差し込んだ。奥で縮こまっている相手の舌を引き出して一気に絡めた。
他人の口の中に入るのは初めてだ。過去付き合った女の子ともこんなキスはしたことない。出来なかった。
世界で一番、感情がかき乱されるこの人とのキスを経験してしまえば二度と他人とは出来ないかもしれない。いい。それでもいい。
「はぁ……っ」
一旦口を離して陸の表情を確かめた。この世で一番……美しい人がいた。
「渚……」
「何が言いたい? 陸」
「渚……、残酷だよ」
陸は一言そう言った。
「俺は必死だった。渚のいいお兄ちゃんにならなきゃって。他人だから難しいこともあったけど……それでも良い兄弟関係を築こうって努力してきた」
「…………」
「あんまりだよ」
 
最後の一言が渚の胸に突き刺さった。陸の兄としての深い思いや覚悟を根こそぎ裏切ってしまったと後悔した。冷たい沈黙が二人の間をつないだ。戻れない。陸を傷つけた。
渚の顔は「弟」に戻っていた。
「ごめん……ずっと兄さんに恋してた。彼女を連れてきた時も嫌だった。裏切ってごめん……」
最後に「せめて弟としてそばにいさせて」と言おうとしてやめた。それは無理なのは自分が一番よくわかっている。陸への激しい想いは深く心まで刺さって抜けることはない。
陸も黙っていた。
馬鹿で強欲だ。理性の裏では、抱きしめてキスして押し倒したいと思っている。体中から迸る恋心は自分にも止められない。
「ごめん」
渚は耐えられなくなってその部屋を出た。距離を遠ざけようと出来るだけ速く走った。陸は今、どういう顔をしているだろうか。
重ねた唇もどんどん乾いてきて、陸の感触がなくなってくるのが寂しかった。
 


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