重ね合わせ電圧電池
何度か書いているが、私の主な感心は実験との整合性では白黒のつくことのない量子力学の解釈論(哲学、形而上学)である。
本稿では、量子力学の解釈論を検討する上での参考に、2つの値の電圧の重ね合わせ状態になる電池が開発されたと考えることにしよう。その電池の状態を
$$
\frac{1}{\sqrt{2}} | E_1 \rangle_{\mathrm{B}} + \frac{1}{\sqrt{2}} | E_2 \rangle _{\mathrm{B}}
$$
とする。ここで、$${| E\rangle_{\mathrm{B}}}$$は、電圧$${E}$$の電池の状態である。すなわち、今回開発された電池は、電圧$${E_1}$$と$${E_2}$$の重ね合わせ状態にある。
これに、抵抗$${R}$$の電線をつなごう。そうすると、
$$
\frac{1}{\sqrt{2}} | \frac{E_1}{R} \rangle _{\mathrm{L}} \otimes | E_1 \rangle _{\mathrm{B}} + \frac{1}{\sqrt{2}} | \frac{E_2}{R} \rangle_{\mathrm{L}} \otimes | E_2 \rangle _{\mathrm{B}}
$$
の状態になるだろう。ここで、$${| I\rangle_{\mathrm{L}}}$$は、電流$${I}$$が流れている電線の状態である。
この状況で、電線に流れている電流を測定しよう、そうすると、射影が起こって、状態は、5割の確率で
$$
| \frac{E_1}{R} \rangle _{\mathrm{L}} \otimes | E_1 \rangle _{\mathrm{B}}
$$
か
$$
| \frac{E_2}{R} \rangle_{\mathrm{L}} \otimes | E_2 \rangle _{\mathrm{B}}
$$
のどちらかの状態になるだろう。
量子ゼノン効果
以下では、
$$
| \frac{E_1}{R} \rangle _{\mathrm{L}} \otimes | E_1 \rangle _{\mathrm{B}}
$$
になったとして考察を進めよう。
また、ここで改めて、2つの値の電圧の重ね合わせ状態になる電池とはどういうものなのかを考えよう。最初から、電池が
$$
\frac{1}{\sqrt{2}} | E_1 \rangle_{\mathrm{B}} + \frac{1}{\sqrt{2}} | E_2 \rangle _{\mathrm{B}}
$$
にあるとは限らないので、電池の初期状態を$${|x_0\rangle_{\mathrm{B}} = \alpha_0 | E_1 \rangle_{\mathrm{B}} + \beta_0 | E_2 \rangle _{\mathrm{B}}}$$とすると、それがなんであれ、ある程度時間が経過するとほぼ電圧$${E_1}$$と$${E_2}$$の同率の重ね合わせ状態になるということだと思われる。すなわち、式で書くと、
$$
\lim_{t \to \infty}e^{-\frac{i}{\hbar}Ht} |x_0\rangle_{\mathrm{B}} = e^{-\frac{i}{\hbar}\epsilon t}(\frac{1}{\sqrt{2}} | E_1 \rangle_{\mathrm{B}} + \frac{1}{\sqrt{2}} | E_2 \rangle _{\mathrm{B}})
$$
と思われる。ここで、$${H}$$は電池のハミルトニアン、$${\epsilon}$$は電池のエネルギー(実数、c数)である。
一方、射影後に電流の測定をやめて短時間後($${t \to 0}$$)においては、$${| E_1\rangle_{\mathrm{B}}}$$から連続的に変化すると考えられることから、$${t^\xi}$$で冪乗展開できるとして(かつ簡単のために電池の電圧は2つの値しかとらないとして)、1次の項までとると、
$$
e^{-\frac{i}{\hbar}Ht} |E_1\rangle_{\mathrm{B}} = e^{-\frac{i}{\hbar}\epsilon t}(\sqrt{1- \lambda^2 t^{2\xi}} | E_1 \rangle_{\mathrm{B}} + e^{i \theta(t)} \lambda t^\xi
| E_2 \rangle _{\mathrm{B}}) +o(t^{2\xi})|x \rangle _{\mathrm{B}}
$$
となるとしよう($${\lambda}$$は定常状態に近づいていく速度を表すパラメータである。)。すると、$${\Delta t}$$後に電流を測定すると、$${\lambda^2 \Delta t^{2\xi}}$$の確率で
$$
| \frac{E_2}{R} \rangle_{\mathrm{L}} \otimes | E_2 \rangle _{\mathrm{B}}
$$
に、$${1-\lambda^2 \Delta t^{2\xi}}$$の確率で
$$
| \frac{E_1}{R} \rangle _{\mathrm{L}} \otimes | E_1 \rangle _{\mathrm{B}}
$$
に射影が起こるだろう。これを$${N}$$回続けたとすると、$${1- N \lambda^2 \Delta t^{2\xi}}$$の確率で
$$
| \frac{E_1}{R} \rangle _{\mathrm{L}} \otimes | E_1 \rangle _{\mathrm{B}}
$$
の状態であり続けるだろう。
$${T = N \Delta t}$$を一定にして、$${\Delta t \to 0}$$、$${N \to \infty}$$とすると、$${\xi \gt \frac{1}{2}}$$の場合には、$${1- N \lambda^2 \Delta t^{2\xi} \to 1}$$であるため、連続して電流を測定し続けていると、量子ゼノン効果により、電圧が$${E_2}$$の状態にはならない(電圧は$${E_1}$$であり続ける)と思われる。
これは、電流計を人が眺め続けていれば、量子ゼノン効果が起こるということのように私には思われる。人が電流計を眺めて電流の値を意識しなければ、電流計の針が異なる位置の重ね合わせ状態になるだけであり、そもそも射影は起こらない(そもそも電池の電圧が重ね合わせ状態になるという前提で考え始めているので、電流計の針は重ね合わせの状態にならず人が意識しなくても射影が起こるとするのは不合理であろう。)。
このように、意識は量子ゼノン効果を起こすと思われ、これは堀田さんの「意識は量子ゼノン効果を起こさない」という見解と異なっている。これはなぜなのだろうか?「量子ゼノンとシュレーディンガー猫のパラドックス」に書いてあるように「シュレーディンガー猫を連続的にモニターしても、猫の運命は変わらない。」は正しいが、重ね合わせ電圧電池の運命は変わるのだろうか? 意識が量子ゼノン効果をもたらさないというわけではなく、波動帯部分空間の測定は量子ゼノン効果をもたらさないというだけではないだろうか? 波動帯部分空間以外の測定においては意識は量子ゼノン効果をもたらすのではないだろうか? ここで考えた重ね合わせ電圧電池は、「量子ゼノンとシュレーディンガー猫のパラドックス」に書いてある
のどちらでもなく、マクロ状態からマクロ状態に変化して測定器は測定対象と相互作用を続けている場合だと思われる。その場合には、意識は量子ゼノン効果を起こすのだろうと思われる。古典的意識を持つ観測者が、マクロな量子対象系(意識は古典的であり得ても全ての対象系は量子的であり古典的対象系は存在しないのでわざわざ量子対象系と呼ぶことはないと思われるが)を連続的かつ間接的に観測し続ければ、量子ゼノン効果が起こると思われる(起こらないと考える理由は今のところなさそうに思われる。)。
意識の連続性
一方で、意識は連続的なのだろうかという疑問もある。主観的には、私の意識は連続していると感じるものの、それは幻想であり、実際は飛び飛びの意識があるだけなのかもしれない。そうであれば、$${\xi \gt \frac{1}{2}}$$で量子ゼノン効果が起こる場合であっても、電流が突然変わることがあり得る。このようにして、重ね合わせ電圧電池は、意識の仕組みの解明に役立つ可能性がある。
また、そもそも同じ刺激が一定期間継続しなければクオリアは生じないということもある。$${\xi \lt \frac{1}{2}}$$の場合には量子ゼノン効果は生じないので、時間が経てば電流は非連続に変わり得る。これだけでも奇妙だが、この変更期間の平均値が、クオリアを生じるために必要な刺激の継続時間よりも短ければ、電流系の針は見えなくなるかもしれない。これはさらに奇妙な現象である。
位相差の識別可能性
次に、下記の状態になる電池も開発されたとしよう。
$$
\frac{1}{\sqrt{2}} | E_1 \rangle_{\mathrm{B}} - \frac{1}{\sqrt{2}} | E_2 \rangle _{\mathrm{B}}
$$
前の電池をB1、今度の電池をB2と呼ぶことにしたい。当然であるが、量子論的には、この2種類の電池は、異なる状態にある。それでは、我々はこの2種類の電池を異なる種類の電池として認識できるのであろうか?
電池B2に電線をつなぐと、
$$
\frac{1}{\sqrt{2}} | \frac{E_1}{R} \rangle _{\mathrm{L}} \otimes | E_1 \rangle _{\mathrm{B}} - \frac{1}{\sqrt{2}} | \frac{E_2}{R} \rangle_{\mathrm{L}} \otimes | E_2 \rangle _{\mathrm{B}}
$$
の状態になるとしよう。この電線の電流を測定しても、電池B1とB2の違いはわからない。同じ確率で、同じ電流の値が測定されるだけで、違いは生じないからである。
普通に考えていると電池B1とB2の違いはわからないと思われることから、特殊な電流の測定装置が開発されたとしよう。その状態は、
$$
\int_0^{2\pi} d\theta \psi(\theta)|\theta \rangle_\mathrm{A}
$$
と書けるとする。そして、$${|0 \rangle_\mathrm{A}}$$を電流状態$${\frac{1}{\sqrt{2}}| I_1 \rangle_{\mathrm{L}} + \frac{e^{i \theta}} {\sqrt{2}} | I_2 \rangle_{\mathrm{L}}}$$と相互作用させると(測定すると)、
$$
(\frac{1}{\sqrt{2}}| I_1 \rangle_{\mathrm{L}} + \frac{e^{i \theta}} {\sqrt{2}} | I_2 \rangle_{\mathrm{L}}) \otimes |\theta \rangle_\mathrm{A}
$$
の状態になるとする。こんな測定装置があれば、電池B1の場合には測定値$${\theta = 0}$$か$${\theta = 2\pi}$$が測定され、電池B2の場合には、$${\theta = \pi}$$が測定されるだろう。したがって、電池B1か電池B2かどちらかわからなくなったときにも調べることができる。ちなみに、
$$
\frac{1}{\sqrt{2}} | E_1 \rangle_{\mathrm{B}} + \frac{i}{\sqrt{2}} | E_2 \rangle _{\mathrm{B}}
$$
の電池B3が開発されれば、$${\theta = \frac{\pi}{2}}$$が測定される。
そんな測定装置は実現できないだろうと感じる人が多いだろうが、中ノさんは、
と書いている。$${a}$$という振幅と$${\theta}$$という位相という違いはあるが、位相測定できる可能性がまったくないわでもなさそうに思われる。
任意の位相測定はできなくても、特定の相対位相$${\theta}$$の直交する2つの状態$${\frac{1}{\sqrt{2}}| I_1 \rangle_{\mathrm{L}} + \frac{e^{i\theta}} {\sqrt{2}} | I_2 \rangle_{\mathrm{L}}}$$と$${\frac{1}{\sqrt{2}}| I_1 \rangle_{\mathrm{L}} + \frac{e^{i (\theta + \pi)}} {\sqrt{2}} | I_2 \rangle_{\mathrm{L}}}$$への射影が起こる測定ができれば、それぞれの状態に射影される確率から(測定を何度も行えば)、B1かB2かどちらの電池かはわかるだろう。ただし、実現できる$${\theta}$$が$${\frac{\pi}{2}}$$のみの場合はB1かB2かどちらの電池かわからない。
$$
( \frac{1}{\sqrt{2}} {}_{\mathrm{L}} \langle I_1 | + \frac{1}{\sqrt{2}} {}_{\mathrm{L}} \langle I_2 |) (\frac{1}{\sqrt{2}}| I_1 \rangle_{\mathrm{L}} + \frac{e^{\frac{i\pi}{2}}}{\sqrt{2}} | I_2 \rangle_{\mathrm{L}} )= \frac{1+i}{2}
$$
であり、
$$
\left| \frac{1+i}{2} \right|^2 = \frac{1}{2}
$$
であるから、どちらの状態への射影も$${\frac{1}{2}}$$の確率で起こり、B1とB2の区別はつかないからである。
一方、$${\theta = 0}$$が可能であれば、B1かB2か1回の測定で直ちに判別することができる。
デコヒーレンス
前節では、B1とB2の判別ができる可能性について述べたが、現在可能な電流の測定装置では、当然$${| I_1 \rangle_{\mathrm{L}} }$$か$${| I_2 \rangle_{\mathrm{L}} }$$に射影が起こる測定しかできないので、B1とB2の判別はできない。それ以前に、改めて考えてみると、電池B1に電線をつなぐと
$$
\frac{1}{\sqrt{2}} | \frac{E_1}{R} \rangle _{\mathrm{L}} \otimes | E_1 \rangle _{\mathrm{B}} + \frac{1}{\sqrt{2}} | \frac{E_2}{R} \rangle_{\mathrm{L}} \otimes | E_2 \rangle _{\mathrm{B}}
$$
になり、電池B2に電線をつなぐと
$$
\frac{1}{\sqrt{2}} | \frac{E_1}{R} \rangle _{\mathrm{L}} \otimes | E_1 \rangle _{\mathrm{B}} - \frac{1}{\sqrt{2}} | \frac{E_2}{R} \rangle_{\mathrm{L}} \otimes | E_2 \rangle _{\mathrm{B}}
$$
になるという前提が誤っている可能性もある(たぶん誤っている。)。
電池につないでいない電線には電流が流れていないので、$${|0 \rangle_{\mathrm{L}} }$$の状態にある。しかし、電流の大きさだけで電線状態が決まるわけではない。位置(形状)や温度などのマクロな物理量も電線の状態を完全に決めるには必要だろうが、電子レベル、原子核レベルの微視的な自由度もあるだろう。ここでの考察には、電流以外のマクロな物理量は本質的ではないので、微視的な自由度のみ追加で考慮して、電池につなぐ直前に、電線は$${|0, q_1, q_2, \dots \rangle_{\mathrm{L}} }$$の状態にあるとしよう。$${q_1, q_2, \dots }$$が微視的自由度である。そうすると、電池B1につないだときに、
$$
\frac{1}{\sqrt{2}} | \frac{E_1}{R} \rangle _{\mathrm{L}} \otimes | E_1 \rangle _{\mathrm{B}} + \frac{e^{i \theta_1(q_1, q_2, \dots)} }{\sqrt{2}} | \frac{E_2}{R} \rangle_{\mathrm{L}} \otimes | E_2 \rangle _{\mathrm{B}}
$$
となる可能性もあるだろう。B2につないだときは同様に、
$$
\frac{1}{\sqrt{2}} | \frac{E_1}{R} \rangle _{\mathrm{L}} \otimes | E_1 \rangle _{\mathrm{B}} - \frac{e^{i \theta_2(q_1, q_2, \dots)} }{\sqrt{2}} | \frac{E_2}{R} \rangle_{\mathrm{L}} \otimes | E_2 \rangle _{\mathrm{B}}
$$
となるだろう。$${q_1, q_2, \dots }$$は微視的自由度なので、それらの値はわからない。したがって、$${\theta_1(q_1, q_2, \dots)}$$の値も、$${\theta_2(q_1, q_2, \dots)}$$の値もわからないない。つまり、どちらの電池につないでも、状態は密度行列
$$
\frac{1}{2}| I_1 \rangle | E_1 \rangle \langle I_1 | \langle E_2 | + \frac{1}{2} | I_2 \rangle | E_2 \rangle \langle I_2 | \langle E_2 |
$$
の状態にある(式を簡易にするため、ブラケットの添字、テンソル積の記号を省略するなどの簡素化を行っている。)。いわゆるデコヒーレンスが起こっている。
デコヒーレンスと多世界解釈
デコヒーレンスが起これば、量子力学の多世界解釈(多世界解釈の解釈にもいろいろあると思われるが、ここでは素朴に複数の世界に分かれるという解釈を意味している。本稿の例でいえば、電流$${I_1}$$が流れている世界と電流$${I_2}$$が流れている世界に分かれるという解釈である。)ができるという見解もあるが、それは誤っていると思われる。なぜならば、例えば、任意の$${\theta \in \mathbb{R}}$$において、
$$
\frac{1}{2}| I_1 \rangle \langle I_1|+ \frac{1}{2} | I_2 \rangle \langle I_2 | = \\ \frac{1}{2}(
\frac{1}{\sqrt{2}}| I_1 \rangle + \frac{e^{i\theta}}{\sqrt{2}} | I_2 \rangle)
(
\frac{1}{\sqrt{2}} \langle I_1 | + \frac{e^{-i\theta}}{\sqrt{2}} \langle I_2 |)
+ \\
\frac{1}{2}(\frac{1}{\sqrt{2}}| I_1 \rangle - \frac{e^{i \theta }} {\sqrt{2}} | I_2 \rangle)
(
\frac{1}{\sqrt{2}} \langle I_1 | - \frac{ e^{-i \theta} }{\sqrt{2}} \langle I_2 |)
$$
であるからである。したがって、$${\frac{1}{\sqrt{2}}| I_1 \rangle + \frac{e^{i\theta}}{\sqrt{2}} | I_2 \rangle}$$の世界と$${\frac{1}{\sqrt{2}}| I_1 \rangle - \frac{e^{i\theta}}{\sqrt{2}} | I_2 \rangle}$$の世界に分かているともいえる。どちらの別れ方になっているか決まっていないならば、複数の世界に分かれているとはいえないだろう。したがって、デコヒーレンスにより複数の世界に状態が分かれるというのは誤っている(分かれるという言葉が通常意味する内容と異なる使い方がされている)と考えるられる。wikipediaの
の説明は誤っていると言えるだろう。一方で、Wikipediaの
の記載のは問題ないだろう。測定すれば、世界の別れ方は決まるからである(測定された物理量の値の世界とそれに直交する状態の世界に別れ方は定まる。コペンハーゲン解釈では、測定さなかった方の世界(状態)は射影が起こって無くなるとするが、特段無くする必要はなく、存在し続けると考えても問題はない。)。Wikipediaの説明は、デコヒーレンスと測定を混同している。
デコヒーレンスでは、世界の別れ方は決まらないということは、「デコヒーレンスは多世界解釈の観測問題を解決しているわけではない。」などの堀田さんの記事で初めて私は知ったような記憶である。堀田さんの見解(量子力学の解釈やドイッチュさんや多世界解釈への批判)には同意できないところも多いが、「デコヒーレンスは多世界解釈における観測問題の本質的困難を全く解消していないのだ。」という意見は正しいだろうと思う。デコヒーレンスという言葉はでてこないが、密度行列を古典的な確率を与えるものとみなすことが誤りなことは、noteにも
という投稿がある。このことは、ミクロな状態だけでなく、電流といったマクロな状態の重ね合わせでも同様に生じるのである(私はそう思う。)。
位置の重ね合わせと電圧の重ね合わせの違い
本稿では、異なる電圧や電流の状態の重ね合わせ状態について考察してきたが、シュレディンガーの猫の場合でも同じである。生きた猫の状態を$${|😸\rangle}$$、死んだ猫の状態を$${|🙀\rangle}$$として、状態が密度行列
$$
\frac{1}{2}| 😸 \rangle \langle 😸|+ \frac{1}{2} | 🙀 \rangle \langle 🙀 |
$$
の状態にあったとしても、これは同時に、
$$
\frac{1}{2}(
\frac{1}{\sqrt{2}}| 😸 \rangle + \frac{e^{i\theta}}{\sqrt{2}} | 🙀\rangle)
(
\frac{1}{\sqrt{2}} \langle 😸 | + \frac{e^{-i\theta}}{\sqrt{2}} \langle 🙀 |)
+ \\
\frac{1}{2}(\frac{1}{\sqrt{2}}| 😸 \rangle - \frac{e^{i \theta }} {\sqrt{2}} | 🙀 \rangle)
(
\frac{1}{\sqrt{2}} \langle 😸 | - \frac{ e^{-i \theta} }{\sqrt{2}} \langle 🙀 |)
$$
でもある。生きた猫のいる世界と死んだ猫のいる世界に分岐しているとはいえない。$${\frac{1}{\sqrt{2}}| 😸 \rangle + \frac{e^{i\theta}}{\sqrt{2}} | 🙀\rangle}$$と$${\frac{1}{\sqrt{2}}| 😸 \rangle - \frac{e^{i\theta}}{\sqrt{2}} | 🙀\rangle}$$に分岐しているともいえるからである。どちらに分岐しているか決まっていない以上、前者に分岐しているとは言えない。
電流の場合と、猫の場合で、大きく異なるのは、電流は人には見えないが、猫は見えることである。そのため、異なる電流の値の重ね合わせ状態$${\frac{1}{\sqrt{2}}| I_1 \rangle + \frac{e^{i\theta}}{\sqrt{2}} | I_2 \rangle}$$にあると言われても、猫の場合ほどには奇妙には感じられない。超伝導回路においては、実際にそういう状態になっている場合があり、物理学者にはそれは受け入れられている。
しかしよく考えれば、電流の場合にも同様の奇妙さがあるはずである。磁気の中に電線があれば(地磁気もある)、電流の向きにより、フレミングの左手の法則により、異なる方向に力を受けるだろう。したがって、わずかかもしれないが、電流の向きにより電線は歪むだろう(異なる歪み方をした電線の重ね合わせ状態になる。)。糸で電線をぶら下げていれば、全体が異なる方向に動くと思われる(異なる位置に電線がある状態の重ね合わせ状態になる。)。水の上の発泡スチロールに置いてあれば、異なる方向に動いていくだろう(異なる位置に電線も発泡スチロールもある状態の重ね合わせ状態になる。)。
そうすると、電線を見ただけで射影が起こり、電流の値は決まるだろう(電線の位置が大きく離れた場所の重ね合わせ状態になっている場合には、重ね合わせの片方の状態で電線がある場所を見て電線がないことを認識して、射影が起こることもある。)。異なる位置の重ね合わせ状態の電線を見る(認知する)など起こりないと思われるからである(人類の歴史の中で起こったことはないと思われる。)。
このように、人が見たり聞いたりする場合は(聞く場合は、空気の密度が異なる値の状態の重ね合わせ状態を考えることになる)、位置の値の固有状態になると考えられる。
電流の値が違う状態の重ね合わせに比べて、位置の違いの重ね合わせ状態は、イメージしにくい(式で表にくい)。生きている猫は動くので、$${|😸\rangle}$$の猫と$${|🙀\rangle}$$の猫は異なる位置にいるはずであるが、そのことが式に表されていない。単純に、位置のパラメータ$${X}$$を追加して、位置$${X}$$ にいる生きた猫を$${|😸,X\rangle}$$と書く方法もあるが、これだと、ある場所を見たときに射影が起こるということが表せない(なぜ表せることが必要なのかの説明も難しいが、ここでは人の視野は限られており、できないよりできた方が良いだろうという説明にとどめておきたい。)。そのため、動かないボールについて、シュレディンガーの猫と同様に状況を考えることにしよう。すなわち、猫を殺す代わりに、ガイガー計数管が原子崩壊を検知したら、ロボットで、ボールを位置Pから位置Qに移動させることにする。そして、位置Pにボールがあるときの状態を、$${|🥎\rangle_\text{P} |◯\rangle_\text{Q}}$$、位置Qにボールがあるときの状態を、 $${|◯\rangle_\text{P} |🥎\rangle_\text{Q}}$$と書くことにする。$${|◯\rangle_\text{Q}}$$は、位置Qにボールがないこと(空気がある)ことを意味している。そうすると、密閉した箱の中を見るまでは、
$$
\frac{1}{2} |🥎\rangle_ {\!\text{P}} |◯\rangle_{\!\text{Q}} \, {}_\text{P}\!\langle🥎| {}_\text{Q}\!\langle ◯| + \frac{1}{2} |◯\rangle_{\!\text{P}} |🥎\rangle_{\!\text{Q}} \, {}_\text{P}\!\langle ◯| {}_\text{Q}\!\langle 🥎|
$$
の状態になる。$${\mathrm{Tr_Q}}$$をとって位置Pだけの状態密度にすると、
$$
\frac{1}{2} |🥎\rangle_ {\!\text{P}} |\, {}_\text{P}\!\langle🥎| + \frac{1}{2} |◯\rangle_{\!\text{P}} \, {}_\text{P}\!\langle ◯|
$$
になる。これは、同時に
$$
\frac{1}{2}(
\frac{1}{\sqrt{2}} |🥎\rangle_ {\!\text{P}} + \frac{e^{i\theta}}{\sqrt{2}} |◯\rangle_{\!\text{P}})
(
\frac{1}{\sqrt{2}} {}_\text{P}\!\langle🥎| + \frac{e^{-i\theta}}{\sqrt{2}} {}_\text{P}\!\langle ◯| )
+ \\
\frac{1}{2}(\frac{1}{\sqrt{2}} |🥎\rangle_ {\!\text{P}}- \frac{e^{i \theta }} {\sqrt{2}} |◯\rangle_{\!\text{P}})
(
\frac{1}{\sqrt{2}} {}_\text{P}\!\langle🥎| - \frac{ e^{-i \theta} }{\sqrt{2}} {}_\text{P}\!\langle ◯| )
$$
でもある。位置Pにボールがある状態とない状態の重ね合わせ状態とは限らず、位置Pにボールがある状態とない状態の重ね合わせ状態の重ね合わせ状態(重ね合わせが2回出てきている)でもあるのである。
このように、物理的には、$${|🥎\rangle_\text{P}}$$と$${|◯\rangle_\text{P}}$$を特別視して、$${\frac{1}{\sqrt{2}} |🥎\rangle_ {\text{P}} + \frac{e^{i\theta}}{\sqrt{2}} |◯\rangle_{\text{P}}}$$とは異なる特別な状態と考える理由はないのである。しかし、人が認知するのは、経験的には間違いなく、$${|🥎\rangle_\text{P}}$$か$${|◯\rangle_\text{P}}$$であり、$${\frac{1}{\sqrt{2}} |🥎\rangle_ {\text{P}} + \frac{e^{i\theta}}{\sqrt{2}} |◯\rangle_{\text{P}}}$$を人が認知することはない。多分、犬やヤギも同じだろう。人が知っている動物は全て、$${|🥎\rangle_\text{P}}$$か$${|◯\rangle_\text{P}}$$を認知し、$${\frac{1}{\sqrt{2}} |🥎\rangle_ {\text{P}} + \frac{e^{i\theta}}{\sqrt{2}} |◯\rangle_{\text{P}}}$$を認知することはない。
物理学は生物学?
では、物理的に特別ではない$${|🥎\rangle_\text{P}}$$と$${|◯\rangle_\text{P}}$$しか認知されず、$${\frac{1}{\sqrt{2}} |🥎\rangle_ {\text{P}} + \frac{e^{i\theta}}{\sqrt{2}} |◯\rangle_{\text{P}}}$$が認知されない理由はなんなのであろうか? それは物理的な理由ではないので(物理的な理由は今のところ知られていないので)、動物の特性と考えられる。すなわち、射影仮説を含む量子力学は、純粋に物理的な理論ではなく、生物の特徴を含むので、ある意味、生物学の理論を含む理論であると考えられる。少し誇張して表現すると、量子力学は生物学なのである。
堀田さんはこのことを、
と表現している。堀田さんの意図は異なると思われるが、「量子力学自体は、飽くまでそういう自分という人間の営みだということです。」ということは、私は、量子力学は人間の性質にも依存する生物学の要素を含んでいることを許容するということだと思う。
「意識が射影を起こす」というとオカルト的であるが、全く同じ趣旨であるが「射影が起こる理由は動物の認知機構である」と表現すると少し科学的に感じられるだろう。私は、量子力学が生物学であってもまったくかまわないと思う。堀田さんは「認識論的な現代的コペンハーゲン解釈」が良いというが、私は生物の認知機構が状態を分岐させる生物学的多世界解釈でも特段良いだろうと感じる。特に生物学的多世界解釈が認識論的な現代的コペンハーゲン解釈よりも望ましいと思うことはないが、どちらも可能な形而上学的な思想(量子力学の解釈)であろうと思う。
電線の位置の場合
それでは、再び電線の場合に話を戻そう。電流$${I_1}$$が流れている場合には電線は位置$${\text{P}_1}$$に、電流$${I_2}$$が流れている場合には位置$${\text{P}_2}$$に電線が移動すると、状態は、
$$
\frac{1}{2} |💡\rangle_ {\!\text{P}_1}|◯\rangle_{\!\text{P}_2} | I_1 \rangle_{\!\text{L}} \, {}_{\text{P}_1}\!\langle💡| {}_{\text{P}_2} \!\langle ◯| {}_\text{L}\!\langle I_1 | \\
+ \frac{1}{2} |◯\rangle_{\!\text{P}_1} |💡\rangle_{\!\text{P}_2} | I_2 \rangle_{\!\text{L}} \, {}_{\text{P}_1}\!\langle ◯| {}_{\text{P}_2} \!\langle 💡| {}_\text{L}\!\langle I_2 |
$$
になる。ここで、 $${|💡\rangle_ {\!\text{P}_n}}$$は、絵文字は電球であるが、位置$${\text{P}_n}$$に電線がある状態である。$${|◯\rangle_ {\!\text{P}_n}}$$は、位置$${\text{P}_n}$$に電線がない状態である。$${| I_n \rangle_{\!\text{L}}}$$は、電線に電流$${I_n}$$が流れている状態である。水素原子の量子力学において、水素原子の位置は考慮せず陽子と電子の相対位置のみで波動関数を書いて良いように、電線の位置がどこであっても同じ部分系の状態$${| \cdot \rangle_{\!\text{L}}}$$により電線内の電流状態は表せるとしている。
この状況において、人間が位置$${\text{P}_1}$$か$${\text{P}_2}$$を見ると、状態は$${|💡\rangle_ {\!\text{P}_1}|◯\rangle_{\!\text{P}_2} | I_1 \rangle_{\!\text{L}}}$$か$${|◯\rangle_{\!\text{P}_1} |💡\rangle_{\!\text{P}_2} | I_2 \rangle_{\!\text{L}}}$$に射影が起こる。すなわち、電線を見るだけで、電流の射影も起こるということである。
このように、人が電線があるかもしれない場所を見れば射影の仕方(多世界解釈では世界への分岐の仕方)は決まっていて他の可能性はないと思われるが、それは物理的な原理によるものではない。繰り返しになるが、物理的には$${\frac{1}{\sqrt{2}} |💡\rangle_ {\!\text{P}_1}|◯\rangle_{\!\text{P}_2} | I_1 \rangle_{\!\text{L}} + \frac{e^{i\theta}}{\sqrt{2}} |◯\rangle_{\!\text{P}_1} |💡\rangle_{\!\text{P}_2} | I_2 \rangle_{\!\text{L}}}$$への射影が起こらない理由は知られていない。
まとめ
今回の投稿は、思いついたことをつらつらと書き連ねた感じであり(書き始めたときに書こうと思っていた内容とは異なるものとなり)、特にオチはない。本投稿に記載したことは、奇妙に感じられるかもしれないが、対象が電子等であれば当然のように理解されている量子力学の基本的な常識を、マクロな電圧や電流、電線や猫やボールを対象として書いたのみと私は理解してている。堀田さんが、
というように(私も同じ意見であり)、全ての素粒子で成り立つなら、猫でも電線でもボールでも成り立つと考えるのが妥当だろうと私は思う。
最後に本稿のまとめとしては、同意いただける方はほぼいないと思われるが(また前述した意見と異なるが)、
$$
\frac{1}{2}(
\frac{1}{\sqrt{2}} |🥎\rangle_ {\!\text{P}} + \frac{e^{i\theta}}{\sqrt{2}} |◯\rangle_{\!\text{P}})
(
\frac{1}{\sqrt{2}} {}_\text{P}\!\langle🥎| + \frac{e^{-i\theta}}{\sqrt{2}} {}_\text{P}\!\langle ◯| )
+ \\
\frac{1}{2}(\frac{1}{\sqrt{2}} |🥎\rangle_ {\!\text{P}}- \frac{e^{i \theta }} {\sqrt{2}} |◯\rangle_{\!\text{P}})
(
\frac{1}{\sqrt{2}} {}_\text{P}\!\langle🥎| - \frac{ e^{-i \theta} }{\sqrt{2}} {}_\text{P}\!\langle ◯| )
$$
を人が見てなぜ$${|🥎\rangle_\text{P}}$$か$${|◯\rangle_\text{P}}$$に射影が限られるのかは、物理的な理由は知られていないと諦めるのではなく、物理学者が(生物学者、脳科学者ではなく物理学者が)、解明を目指すべき謎(問題)であると私は思う。数学者でも良い。
蛇足(おまけ)
本投稿で記載した「位相差の識別可能性」について、堀田さんは以下のように記載している。
この記載ついて、私の学習不足かもしれないが、2点疑問が感じられた。
1点めは、$${\hat{O}}$$に含まれる$${| 生 \rangle \langle 死 |}$$は、死んでいる猫を生き返らせる演算子と思われることである。こうした物理量が測定できるということは、死人を生き返らせることも意味しており、そうした想定をおいて考察して良いのだろうかという疑問である。
2点めは、「期待値を測定する」とあるが、期待値を測定するためには、繰り返し測定して平均をとる必要があるが、一度の測定しかできないのではないかという疑問である。量子複製不可能定理(no-cloning theorem)により、$${\frac{1}{\sqrt{2}}| 生 \rangle + \frac{exp(i\phi)}{\sqrt{2}} | 死\rangle}$$を複製して実験用に多数用意することはできない。何匹もの猫を使って次々に別の$${\frac{1}{\sqrt{2}}| 生 \rangle + \frac{exp(i\phi^\prime)}{\sqrt{2}} | 死 \rangle}$$を作ることはできるが、$${\phi = \phi^\prime}$$とは限らず、一般的には$${\phi \ne \phi^\prime}$$なので、多数の実験を$${\frac{1}{\sqrt{2}}| 生 \rangle + \frac{exp(i\phi)}{\sqrt{2}} | 死\rangle}$$に対して行うために用いることはできない。
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