見出し画像

異なる温度の状態の重ね合わせ状態および時間反転対称性とエントロピーの増大則の整合性

異なる温度の重ね合わせ

特定温度の量子状態

SugiuraさんとShimizuさんの“Canonical Thermal Pure Quantum State”に倣い、$${\lambda = \Theta(1)}$$として、次元$${\lambda^N}$$のヒルベルト空間$${\mathcal{H}_N}$$を考えよう。ヒルベルト空間$${\mathcal{H}_N}$$の任意の正規直交基底を$${\{| i \rangle \}_i}$$とする。ランダムに$${\sum_i |c_i|^2 = 1}$$を満たす複素数列$${\{c_i\}_i}$$を選び、$${| \{c_i\}_i \rangle = \sum_i c_i|i\rangle }$$とする。また、

$$
|\beta \rangle = \mathrm{exp}[- \beta \hat{H}/2] | \{c_i\}_i \rangle
$$

とすると、SugiuraさんとShimizuさんによると、$${N \to \infty}$$において、$${|\beta \rangle}$$によるマクロな物理量の期待値は、逆温度$${\beta}$$におけるアンサンブル平均に一致する。エントロピーなどの純熱力学的量も、$${|\beta \rangle}$$から計算できる。

SugiuraさんとShimizuさんは物理学者なので、$${|\beta \rangle}$$から物量量が正しく計算できることをもって$${|\beta \rangle}$$が現実の逆温度$${\beta}$$の状態であるとは言わないが、私が行おうとしているのは哲学(形而上学)なので、$${|\beta \rangle}$$が現に我々が認識している逆温度の状態の一つだと想定して考察を進めることにしたい(有限温度の連続体量子力学が物理学として成立するのを待っていたら、私は確実に死んでしまうだろうから、現時点で可能な範囲で形而上学的な考察を行いたい。)。

本当に特定温度の状態であるために必要なこと①

前節において

$$
|\beta \rangle = \mathrm{exp}[- \beta \hat{H}/2] | \{c_i\}_i \rangle
$$

と書いたが、$${|\beta \rangle}$$は$${\beta}$$だけでなく、$${\{c_i\}_i}$$にも依存していることから、これを、とりあえず、

$$
|\beta , \{c_i\}_i \rangle = \mathrm{exp}[- \beta \hat{H}/2] | \{c_i\}_i \rangle
$$

と書き直すことにしよう。また、

$$
|\{c^{\beta}_i\}_i \rangle = \frac{1}{ \sqrt{|\langle \beta , \{c_i\}_i |\beta , \{c_i\}_i \rangle|} }|\beta , \{c_i\}_i \rangle
$$

と書くことにする。すなわち、正規化されていない状態$${|\beta , \{c_i\}_i \rangle}$$を正規化した状態が$${|\{c^{\beta}_i\}_i \rangle}$$である。当然ながら、$${c^{\beta}_i = \langle i | \{c^{\beta}_i\}_i \rangle}$$である。

少なくとも1つ以上の$${i}$$おいて$${c_i \ne d_i }$$である$${\{c_i\}_i}$$と$${\{d_i\}_i}$$において、$${\alpha \in \mathbb{C}}$$として、$${|\beta , \{c_i\}_i \rangle = \alpha |\beta^{\prime} , \{d_i\}_i \rangle}$$であると、$${|\beta , \{c_i\}_i \rangle }$$及び$${ |\beta^{\prime} , \{d_i\}_i \rangle}$$は、逆温度$${\beta}$$かつ、逆温度$${\beta^{\prime}}$$であることになり、実際にその逆温度の状態であるという想定と整合的でないため、$${N \to \infty}$$において、$${\beta \ne \beta^{\prime} }$$であれば$${|\beta , \{c_i\}_i \rangle \nsim |\beta^{\prime} , \{d_i\}_i \rangle}$$と想定することにしよう($${|\phi \rangle \sim | \varphi \rangle}$$は、$${|\phi \rangle = \alpha \ | \varphi \rangle}$$なる$${0}$$ではない$${\alpha \in \mathbb{C}}$$が存在するという意味で、$${\nsim}$$は$${\alpha}$$が存在しないという意味とする。すなわち、記号$${\sim}$$は射線(ray)として等しいかを意味する。)。$${|\beta \rangle}$$が現に我々が認識している逆温度$${\beta}$$の状態の一つだとすると、これが成り立つ必要がある。

本当に特定温度の状態であるために必要なこと②

通常の物理量の値により状態を特定する場合、異なる物理量の値の固有状態は直交している。例えば、物理量$${\hat{P}}$$の値が$${p}$$の状態を$${|p\rangle}$$、$${p^{\prime}}$$の状態を$${|p^{\prime} \rangle}$$とすると、$${p \ne p^{\prime}}$$であれば、$${\langle p |p^{\prime} \rangle = 0}$$である。しかし、逆温度$${\beta}$$と$${\beta^{\prime}}$$の場合には、$${\hat{H}}$$はエルミートで$${\hat{H}^\dag = \hat{H}}$$であるから、

$$
\langle \beta , \{c_i\}_i |\beta^{\prime} , \{c_i\}_i \rangle = \\
\langle  \{c_i\}_i | \mathrm{exp}[- \beta \hat{H} ^\dag/2] \mathrm{exp}[- \beta^{\prime} \hat{H}/2] | \{c_i\}_i \rangle = \\
\langle  \{c_i\}_i |\mathrm{exp}[- (\beta + \beta^{\prime} ) \hat{H}/2] | \{c_i\}_i \rangle = \\
\langle \frac{\beta + \beta^{\prime}}{2}, \{c_i\}_i | \frac{\beta + \beta^{\prime}}{2} , \{c_i\}_i \rangle
$$

となり、$${\beta \ne \beta^{\prime}}$$であっても、$${\langle \beta , \{c_i\}_i |\beta^{\prime} , \{c_i\}_i \rangle \ne 0}$$である。なぜなら、同一の状態の内積はゼロではない(同一の状態が直交していることはない)からである。

しかし、我々が異なる温度の状態の重ね合わせ状態を観測することはない。したがって、温度を測定すると、特定の温度の状態になると考えられる。通常は、物理量の異なる値の固有状態が直交しているため、異なる物理量の値の固有状態で直交基底となるが、物理量が温度の場合には前述したようにそのようにはならないため、次節以下で検討を行う。

コヒーレント光

古典的に異なる状態であり、一方で直交しない状態として知られている状態に、複素振幅$${\alpha}$$のコヒーレント光状態$${|\alpha \rangle}$$がある。Wikipediaでは、次のように説明されている。

消滅演算子はエルミート演算子ではない。その固有状態であるコヒーレント状態は、異なる$${\alpha}$$の状態間では直交しない(ただし$${\alpha }$$と$${\beta }$$の差が大きいときに近似的に直交する)。
$${\langle \beta | \alpha \rangle = \exp {\big [}-{\frac {1}{2}}(|\alpha |^{2}+|\beta |^{2})+\beta ^{*}\alpha {\big ]}}$$
しかし以下のような完全系をなす。
$${{\frac {1}{\pi }}\int |\alpha \rangle \langle \alpha |d^{2}\alpha =1}$$
このような性質を過剰完全性という。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%92%E3%83%BC%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%83%88%E7%8A%B6%E6%85%8B

過剰であっても完全系であるので、任意の状態$${|\varphi \rangle}$$を

$$
|\varphi \rangle = {\frac {1}{\pi }}\int |\alpha \rangle \langle \alpha | \varphi \rangle d^{2}\alpha
$$

と書くことができる。$${\varphi(\alpha) = \langle \alpha | \varphi \rangle }$$とすれば、

$$
|\varphi \rangle = {\frac {1}{\pi }}\int  \varphi( \alpha ) |\alpha \rangle d^{2}\alpha \\
= {\frac {1}{\pi }}\int_{-\infty}^\infty \int_{-\infty}^\infty \varphi( a + bi ) |a +bi\rangle da \: db  \\
= {\frac {1}{\pi }}\int_0^\infty \int_0^{2\pi} \varphi( re^{i\theta} ) |re^{i\theta} \rangle r d\theta \: dr
$$

である。ただし、$${|\alpha \rangle}$$は直交系ではないので、$${|\alpha \rangle}$$による展開はユニークとは限らず、$${\varphi(\cdot) \ne \varphi^\prime(\cdot)}$$かつ、

$$
|\varphi \rangle = {\frac {1}{\pi }}\int  \varphi^\prime( \alpha ) |\alpha \rangle d^{2}\alpha
$$

となる$${\varphi^\prime(\cdot)}$$が存在する可能性がある。

話が変わるが、理想的なレーザーから放出される光は、コヒーレント光と考えられている。例えば、

しきい値より十分高い励起で動作する理想的なレーザー光源から発生する光はほぼコヒー レント状態である。実際のレーザー光はコヒーレント状態に位相拡散雑音が加わったものとなるが,それは適切 な参照光により実質的に打ち消すことができる.

https://www.jstage.jst.go.jp/article/lsj/33/5/33_333/_pdf

と説明されている。

ホモダイン検波で、$${\hat{\alpha} = \hat{x}_{\theta}e^{i\theta} + \hat{p}_{\theta}e^{i(\theta+ \pi / 2)} }$$としたときの2つの直交位相振幅、$${\hat{x}_{\theta}}$$、$${\hat{p}_{\theta}}$$のいずれかは測定することができる。しかし、$${\hat{x}_{\theta}}$$と$${\hat{p}_{\theta}}$$は非可換なので、$${\hat{x}_{\theta}}$$と$${\hat{p}_{\theta}}$$を同時に正確に測定することはできない。これは、例えば最も古典的な状態の光であるレーザー光$${\alpha}$$の複素振幅の実数部$${\hat{x}_{0}}$$を測定すると、状態は$${\alpha}$$ではなくなるということである。これは、古典的な(最も古典的に近い)状態を古典的に測定すると異なる状態になるということである。このように表現すると奇異な感じがするが、よく考えてみれば位置と運動量についても同じことは言え、特段奇異なことではないと思われる。そのことについて、次節では考察しよう。

マクロな物体(理想的な質点)の状態

マクロな(古典的な)物体の状態は、位置も運動量も決まっていると考えられているが、これは量子力学的には正しくない。コヒーレント光状態$${|\alpha \rangle}$$と同様に、位置も運動量も共に微小な範囲で重ね合わせ状態にあると考えるのが妥当(量子力学と整合的な考え)だろう。必ずしもそうであるとは限らないが、マクロな物体の位置と運動量も最小不確定状態にあるとしよう。そうすると、マクロな物体(理想的な質点)の状態は、位置の値$${x}$$と運動量の値$${p}$$を用いて、$${|x, p \rangle}$$と書くことができる。ただし、最小不確定状態にあることに加えて、最小不確定状態は一つ(一意)であると仮定した。$${|x, p \rangle}$$はもちろん、位置の固有状態$${|x \rangle}$$とも運動量の固有状態$${|p \rangle}$$とも異なる状態である。理想的な質点(自由度が位置と運動量のみの系)の任意の状態$${|\varphi \rangle}$$は、

$$
|\varphi \rangle
= {\frac {1}{\pi }}\int_{-\infty}^\infty \int_{-\infty}^\infty \varphi( x , p ) |x,p\rangle dx \: dp
$$

と書けるだろう。$${|x, p \rangle}$$の位置の測定(実際に我々が行なっている物体の位置の測定)は、位置の理想測定(射影測定)ではなく、誤差を伴う測定であり、運動量の波束が無限に広がったりはしない。運動量の波束が無限に広がれば、質量の大きいマクロな物体であってもその速度は大きな広がりのある重ね合わせ状態にあり、時間経過後の位置が不確定になるからである。実際の測定ではそんなことは起こらず、力が加わっていなければ等速運動するのであるから、位置の測定は誤差を含む測定であり(射影測定ではなく)、運動量の波束がそれほど広がったりはしない。

位置と運動量の最小不確定状態$${|x, p \rangle}$$は、位置と運動量の値が異なっていても、直交しているとは限らない。$${x \ne x^\prime}$$かつ$${p \ne p^\prime}$$であっても$${\langle x^\prime, p^\prime | x, p \rangle \ne 0}$$である。したがって、マクロな状態においては、異なる物理量の値の状態が直交していないのは通常のことであり、異なる温度の状態が直交していないからといって考察が誤っていると考える必要はないと思われる。

非直交性の違い

温度状態もコヒーレント光状態もマクロな質点の位置と運動量の最小不確定状態も異なる物理量の値の状態が直交していないことは共通しているが、温度状態の非直交性は他の2つとは異なっている。

コヒーレント光状態もマクロな質点の位置と運動量の最小不確定状態も物理量の値が大きく異なれば(差が大きくなれば)、その内積はゼロに収束していく。すなわち、$${|\alpha - \alpha^\prime| \to \infty}$$において、$${\langle \alpha^\prime | \alpha \rangle \to 0}$$、また、$${|x +ip - x^\prime -i p^\prime| \to \infty}$$において、$${\langle x^\prime, p^\prime | x, p \rangle \to 0}$$である。

次に、温度状態の場合を考えよう。ベースとなる直交基底をエネルギーの固有状態にとり、エネルギーの低い状態から順に並べるとすると、$${\beta \to \infty}$$において、$${|\beta , \{c_i\}_i \rangle \to \mathrm{exp}[- \beta E_1/2] c_1 |1 \rangle}$$、$${|\{c^{\beta}_i\}_i \rangle \to |1\rangle}$$である。ただし、簡単のために最低エネルギー状態に縮退はないとした。また、$${E_1}$$は最低エネルギー状態のエネルギーの値である。したがって、$${ \beta^\prime \to \infty}$$において、

$$
\langle \{c^{\beta^\prime}_i\}_i|\{c^{\beta}_i\}_i \rangle \to \langle 1 | \{c^{\beta}_i\}_i \rangle \\
= \frac{1}{ \sqrt{|\langle \beta , \{c_i\}_i | \beta , \{c_i\}_i \rangle |} } \langle 1 |\beta , \{c_i\}_i \rangle \\
= \frac{\mathrm{exp}[- \beta E_1/2] c_1}{ \sqrt{|\langle \beta , \{c_i\}_i | \beta , \{c_i\}_i \rangle |} }
$$

となる。これは、$${N}$$が有限であれば有限である。ただし、$${N \to \infty}$$においては、$${|c_1|}$$の期待値は$${\frac{1}{N}}$$となるので内積も$${0}$$に収束する。同じく極限で$${0}$$となるとしても、位置、運動量、複素振幅の場合とは理由が異なっている。

また、最低エネルギーの状態が縮退しており、$${m}$$個あるとすると、$${|\{c^{\beta}_i\}_i \rangle \to \frac{\sum_{n=1}^m c_n | n \rangle}{\sqrt{\sum_{n=1}^m |c_n|^2}}}$$であるので、

$$
\langle \{c^{\beta^\prime}_i\}_i|\{c^{\beta}_i\}_i \rangle \to \frac{\sum_{n=1}^m c_n \langle n | \{c^{\beta}_i\}_i \rangle}{\sqrt{\sum_{n=1}^m |c_n|^2}}\\
= \frac{\mathrm{exp}[- \beta E_1/2] \sum_{n=1}^m c_n}{ \sqrt{|\langle \beta , \{c_i\}_i | \beta , \{c_i\}_i \rangle |\sum_{n=1}^m |c_n|^2} }
$$

となり、$${m}$$が$${N}$$に比例して増加すれば、内積は$${N \to \infty}$$でもゼロにはならない。このように温度の異なる状態の内積は、位置や運動量が異なる状態の内積とは性質が異なっている。

同じ温度の状態の直交

前節まででは、異なる温度の状態が直交しないことをみたが、逆に本節では、同じ温度の状態が直交しえることを確認しておきたい。というか、$${N \to \infty}$$においては、任意に選ばれた2つの同一温度の状態は直交している。すなわち、$${N \to \infty}$$において

$$
\langle \{d^{\beta}_i\}_i | \{c^{\beta}_i\}_i \rangle \to 0
$$

である。この説明を以下で行いたい。

まず、定義から、$${\langle \{d^{\beta}_i\}_i | \{c^{\beta}_i\}_i \rangle \propto \langle \{d_i\}_i | \{c^{2\beta}_i\}_i \rangle }$$である。次に、基底をユニタリ変換により

$$
|n \rangle_U = \sum_k U_{nk} |k \rangle
$$

と変更すると、$${| \{c^{2\beta}_i\}_i \rangle = |1 \rangle_U}$$とできるだろう。そうすると、

$$
\langle \{d^{\beta}_i\}_i | \{c^{\beta}_i\}_i \rangle \propto d_1^{\prime *}
$$

となる。ただし、

$$
|\{d_i\}_i \rangle = \sum_k d^\prime_k |k \rangle_U
$$

とした。ユニタリ変換した後でも、$${N \to \infty}$$においては、$${|d_k|}$$の期待値は$${\frac{1}{N}}$$であるから、

$$
\langle \{d^{\beta}_i\}_i | \{c^{\beta}_i\}_i \rangle \to 0
$$

である。

異なる温度の重ね合わせ状態の確率解釈

本稿のタイトルでもある異なる温度の重ね合わせ状態について考察したい。これは例えば、

$$
|\varphi , \{c_i\}_i \rangle = \int_0^\infty d\beta \, \varphi(\beta) |\{c^{\beta}_i\}_i \rangle
$$

のような状態である。そして、この状態は、逆温度が$${\beta}$$と$${\beta +d\beta}$$の間にある確率が、$${\varphi(\beta)}$$により定まる値と$${d\beta}$$の積に比例する状態であると解釈したい。特に、$${\beta}$$と$${\beta +d\beta}$$の間にある確率が

$$
\frac{|\varphi(\beta)|^2 d\beta}{\int_0^\infty |\varphi(\beta)|^2 d\beta}
$$

であれば、ボルンの規則、射影仮説と同じ考えで異なる温度の重ね合わせ状態をとらえることができるためうれしい。

こうした解釈が可能なためには、$${|\varphi , \{c_i\}_i \rangle}$$を$${|\{c^{\beta}_i\}_i \rangle}$$の積分で表したときの$${\varphi}$$がユニークである必要がある。ユニークでなければ、それが確率を与えるとは解釈できないからである。すなわち、$${|\varphi , \{c_i\}_i \rangle = |\varphi^\prime , \{c_i\}_i \rangle}$$から、$${\varphi(\cdot) = \varphi^\prime (\cdot)}$$が導ける必要がある。以下で、これがなりちそうなことを述べる。

$${|\varphi , \{c_i\}_i \rangle = |\varphi^\prime , \{c_i\}_i \rangle}$$を書き直すと、

$$
\int_0^\infty d\beta \, \varphi(\beta) |\{c^{\beta}_i\}_i \rangle = \int_0^\infty d\beta \, \varphi^\prime (\beta) |\{c^{\beta}_i\}_i \rangle
$$

であり、さらに書き直すと、

$$
\int_0^\infty d\beta \, \frac{\varphi(\beta) }{ \sqrt{|\langle \beta , \{c_i\}_i |\beta , \{c_i\}_i \rangle|} }\mathrm{exp}[- \beta \hat{H}/2] | \{c_i\}_i \rangle \\
= \int_0^\infty d\beta \, \frac{\varphi^\prime(\beta) }{ \sqrt{|\langle \beta , \{c_i\}_i |\beta , \{c_i\}_i \rangle|} }\mathrm{exp}[- \beta \hat{H}/2] | \{c_i\}_i \rangle
$$

となる。正規直交基底としてエネルギーの固有状態を採用することとし、上式の左側に$${\langle i |}$$をつけて内積をとると、

$$
c_i \int_0^\infty d\beta \, \frac{\varphi(\beta) }{ \sqrt{|\langle \beta , \{c_i\}_i |\beta , \{c_i\}_i \rangle|} }\mathrm{exp}[- \beta E_i/2] \\
=  c_i \int_0^\infty d\beta \, \frac{\varphi^\prime(\beta) }{ \sqrt{|\langle \beta , \{c_i\}_i |\beta , \{c_i\}_i \rangle|} }\mathrm{exp}[- \beta E_i/2]
$$

となる。共通因子の$${c_i}$$を除き、$${\beta}$$を$${t}$$と$${E_i/2}$$を$${s}$$と書き直すと、

$$
\int_0^\infty dt \, \frac{\varphi(t) }{ \sqrt{|\langle t , \{c_i\}_i |t , \{c_i\}_i \rangle|} }e^{-s t }\\
=  \int_0^\infty dt \, \frac{\varphi^\prime (t) }{ \sqrt{|\langle t , \{c_i\}_i |t , \{c_i\}_i \rangle|} }e^{-st}
$$

となる。この右辺、左辺は、ラプラス変換の式である。ラプラス変換ついては、連続関数に限れば、逆ラプラス変換はユニークであることが知られている。日本語版にはないが、英語版のWikipediaには

It can be proven that, if a function
$${F(s)}$$has the inverse Laplace transform $${f(t)}$$, then $${f(t)}$$ is uniquely determined (considering functions which differ from each other only on a point set having Lebesgue measure zero as the same). This result was first proven by Mathias Lerch in 1903 and is known as Lerch's theorem.

https://en.wikipedia.org/wiki/Inverse_Laplace_transform

と記載されている。とりうる$${s}$$の値は高々可算無限個の$${|i \rangle}$$のエネルギー値によって決まる値であるから高々可算無限個で、連続体濃度の$${s}$$の値について等しいということはできないが、量子力学では、ヒルベルト空間の次元がたかだか可算無限であってもエネルギーや運動量は連続値を取れると考えるのが通常であるし、正則関数に限れば、可算無限個の複素数があれば冪級数展開で関数を特定できるので、可算無限個の位置での値があれば特定できそうに思われる。本稿は哲学であって数学ではないので、この程度の検討で、異なる温度の状態の重ね合わせ状態は、それぞれの温度の状態の確率がユニークに定まりうるとして検討を先に進めたいと思う。

なぜ測定に伴い射影が起こるのかは、まったく理由がわかっていない。そうであれば、測定に伴う波束の収束(ヒルベルト空間の元である状態の非連続な変化)が射影である合理的な理由もないだろう。確率解釈が可能な射影以外の波束の収束が温度の測定で起こるとしても理論の構築は可能であろう。

任意の状態の温度分解表示

$${|\varphi , \{c_i\}_i \rangle}$$という状態もあれば、$${|\varphi^\prime , \{d_i\}_i \rangle}$$という状態もある。当然に、これらの和の状態$${|\varphi , \{c_i\}_i \rangle + |\varphi^\prime , \{d_i\}_i \rangle}$$の状態もありえる。このようにここまでで検討してきた状態の和の状態の一般形について考えたい。

まず、単純な同一温度の状態の和の状態を考えよう。具体的には、$${\alpha | \{c^{\beta}_i\}_i \rangle + \gamma | \{d^{\beta}_i\}_i \rangle}$$を考える。$${\alpha}$$と$${\gamma}$$は$${|\alpha|^2 + |\gamma|^2 = 1}$$を満たす複素数である。$${ | \{c^{\beta}_i\}_i \rangle }$$と$${\gamma | \{d^{\beta}_i\}_i \rangle}$$の定義から、正規直交基底をエネルギーの固有状態とした場合には、$${e_i = \alpha c_i + \gamma d_i}$$として、

$$
\alpha | \{c^{\beta}_i\}_i \rangle + \gamma | \{d^{\beta}_i\}_i \rangle \\
= | \{e^{\beta}_i\}_i \rangle
$$

となる。正規直交基底がエネルギーの固有状態でない場合も、ユニタリ変換でエネルギーの固有状態の正規直交基底で表すことができるので、ある絶対値の2乗和が1の一様分布の$${\{e_i\}_i}$$を用いて、上式のように表すことができるだろう。

この考えを延長すると、いろいろな温度の熱平衡にある状態の重ね合わせの状態は

$$
\int_0^\infty \!\! d\beta \, \varphi(\beta)| \{c(\beta)^\beta_i\}_i \rangle
$$

と書くことができそうに思われる。いうまでもないが、

$$
c(\beta)^{\beta}_i= \frac{1}{ \sqrt{|\langle \beta , \{c_i\}_i |\beta , \{c_i\}_i \rangle|} }\langle i |\beta , \{c(\beta)_i\}_i \rangle
$$

である。またこれも言うまでもないが、$${c(\beta)_i}$$は$${\beta}$$が異なれば異なる値でよい。ここまでの考察では、$${c(\beta)_i}$$は$${\beta}$$について連続である必要もない(その積分の定義(well-definedかどうか)まではここでは考えないことにしたい。)。

時間反転対称性とエントロピーの増大則

相互作用による温度変化

次に、異なる温度にある系(系Aと系B)間の相互作用、温度変化について検討したい。簡単のため、両方の系とも、異なる温度の重ね合わせ状態ではなく、特定の温度の状態にあるとしよう。初期状態として、$${| \{c^{\beta_0}_i\}_i \rangle_A \otimes | \{d^{\beta_0^\prime}_i\}_i \rangle_B}$$を考える。さらに簡単のために、系A内では瞬時に熱平衡に達するとしよう。温度の変化は経験によると決定論的であるから、$${t}$$秒後の状態は、

$$
| \{c(t)^{\beta(t)}_i\}_i \rangle_A \otimes | \{d(t)^{\beta^\prime (t)}_i\}_i \rangle_B
$$

のようにも思われるが、そうではなく、

$$
\prod_i \int \!\! \mathrm{d}c_i \prod_i \int \!\! \mathrm{d}d_i \, \xi(t,\{c_i\}_i, \{d_i\}_i )| \{c^{\beta(t)}_i\}_i \rangle_A \otimes | \{d^{\beta^\prime (t)}_i\}_i \rangle_B
$$

になると思われる。$${| \{c^{\beta}_i\}_i \rangle}$$が逆温度$${\beta}$$の状態であることは仮定するとしても、その仮定から、逆温度$${\beta}$$の状態であれば$${| \{c^{\beta}_i\}_i \rangle}$$の形に書けるというその逆は導けないため、上式で書けるとは限らないが、少なくとも系間の相互作用が起こっても積状態(セパラブル状態)であり続けると考える理由はないと思われる。よほど特別な前提がある場合以外は、エンタングルド状態(積分のある式の方の状態)になると考えるのが妥当だろう(以下、上式を「エンタングルド状態の式」と呼ぶことにしたい。)。当然であるが、

$$
\xi(0,\{c_i\}_i, \{d_i\}_i ) = \prod_i \delta(c_i - c_i(0)) \, \prod_i \delta(d_i - d_i(0))
$$

であり、エンタングルド状態の式は、時刻$${0}$$の始状態、積状態においても成り立っている(状態はエンタングルド状態ではないが、式はエンタングルド状態の式で問題ない。)。

逆温度$${\beta(t)}$$と$${\beta^\prime (t)}$$は、$${t \to \infty}$$において、両方とも同一の$${\beta(t)}$$と$${\beta^\prime (t)}$$の中間の値$${\beta^{\prime \prime}}$$に収束するだろう。すなわち、$${\beta(\infty) = \beta^\prime (\infty) = \beta^{\prime \prime}}$$である。両系の熱容量が同一であれば、

$$
\beta^{\prime \prime} = \frac{2 \beta \beta^\prime}{\beta + \beta^\prime}
$$

だろう。

時間反転対称性

複合系は、時間反転対象性を有しているとしよう。すなわち、系間の相互作用を含めて、ハミルトニアン$${\hat{H}}$$と時間反転演算子$${\hat{\Theta}}$$は可換とする。そうすると、$${\mathrm{exp}[- \beta \hat{H}/2] }$$と$${\hat{\Theta}}$$の順序も入れ換えることができるので、$${\hat{\Theta}|\{c_i\}_i \rangle = |\{c^\Theta_i\}_i \rangle  }$$として、$${\hat{\Theta}|\beta, \{c_i\}_i \rangle = |\beta, \{c^\Theta_i\}_i \rangle  }$$である。時間反転演算子は反ユニタリであり、内積の絶対値を保存するため、

$$
| \langle \beta, \{c_i\}_i|\beta, \{c\}_i \rangle | =
| \langle \beta, \{c^\Theta_i\}_i|\beta, \{c^\Theta_i\}_i \rangle |
$$

でもある。従って、$${\hat{\Theta} |\{c^\beta_i\}_i \rangle = |\{c^{\Theta\beta}_i\}_i \rangle }$$も成り立つ。

さて、次に$${\hat{\Theta} |\{c_i\}_i \rangle = |\{c^{\Theta}_i\}_i \rangle }$$について考察しよう。$${\{c_i\}_i }$$は単位球面上の一様確率分布からランダムに選ばれた値であり、時間反転はシンプルには運動量の正負反転であるから、$${|\{c^{\Theta}_i\}_i \rangle }$$も単位球面上の一様確率分布からランダムに選ばれた状態と考えて良いと思われる。したがって、時刻$${0}$$において$${| \{c^{\Theta\beta_0}_i\}_i \rangle_A \otimes | \{d^{\Theta{\beta_0^\prime}}_i\}_i \rangle_B}$$であった状態は、

$$
\prod_i \int \!\! \mathrm{d}c_i \prod_i \int \!\! \mathrm{d}d_i \, \xi^\Theta(t,\{c_i\}_i, \{d_i\}_i )| \{c^{\beta(t)}_i\}_i \rangle_A \otimes | \{d^{\beta^\prime (t)}_i\}_i \rangle_B
$$

になると考えられる。状態を時間反転して$${e^{-\frac{i}{\hbar}\hat{Ht}} }$$をかけて時間を$${t}$$秒進めて再度時間反転した状態は元の状態の$${t}$$秒前の状態であるから、

$$
\prod_i \int \!\! \mathrm{d}c_i \prod_i \int \!\! \mathrm{d}d_i \, \xi(-t,\{c_i\}_i, \{d_i\}_i )| \{c^{\beta(-t)}_i\}_i \rangle_A \otimes | \{d^{\beta^\prime (-t)}_i\}_i \rangle_B = \\
\hat{\Theta} \prod_i \int \!\! \mathrm{d}c_i \prod_i \int \!\! \mathrm{d}d_i \, \xi^\Theta(t,\{c_i\}_i, \{d_i\}_i )| \{c^{\beta(t)}_i\}_i \rangle_A \otimes | \{d^{\beta^\prime (t)}_i\}_i \rangle_B
$$

である。時間反転しても温度は変わらないと考えられるので、上式から$${\beta(t) = \beta(-t)}$$、$${\beta^\prime(t) = \beta^\prime(-t)}$$が導けるだろう。時間反転対称性があるので、時間が普通に進んでも逆向きに進んでも同じはずなので、$${\beta(t) = \beta(-t)}$$、$${\beta^\prime(t) = \beta^\prime(-t)}$$はある意味自明なことなのかもしれない。

温度の屈折

一方で、$${\beta(t) = \beta(-t)}$$の奇妙なところは、$${t = 0}$$において、温度が屈折することである。即ち、$${d\beta / dt}$$が$${t = 0}$$において不連続である。$${d\beta / dt = 0}$$であれば連続であるが、温度変化は一般に温度差に比例するので、$${d\beta / dt \ne 0}$$と考えられ、$${d\beta / dt}$$は$${t = 0}$$において正負が反転する不連続な変化を起こす。一般的に物理量は連続的に変化するので、これは奇妙なことである。

このような奇妙な結論となっているのは、そもそも$${t = 0}$$において状態が$${| \{c^{\beta_0}_i\}_i \rangle_A \otimes | \{d^{\beta_0^\prime}_i\}_i \rangle_B}$$という仮定が非現実的なためであろうと思われる。真空でも熱放射はあるので(輻射場はあるので)現実的な想定では、$${t \lt 0}$$におても系Aと系Bは相互作用している。その結果、$${t = 0}$$におい状態は既にエンタングルド状態にあり、積状態にあることはないだろう。

$${t = 0}$$において状態が$${| \{c^{\beta_0}_i\}_i \rangle_A \otimes | \{d^{\beta_0^\prime}_i\}_i \rangle_B}$$という仮定は、通常、系Aのハミルトニアンを$${\hat{H}_A}$$、系Bのハミルトニアンを$${\hat{H}_B}$$、相互作用を$${\hat{H}_I}$$、$${Y(t)}$$をヘビサイド関数として、全体のハミルトニアンが、$${\hat{H}_+ = \hat{H}_A + \hat{H}_B + Y(t)\hat{H}_I}$$であるとした場合の仮定である。全体のハミルトニアンが$${\hat{H}_\pm = \hat{H}_A + \hat{H}_B + (Y(t)+Y(-t))\hat{H}_I}$$である場合に、$${t = 0}$$において状態が$${| \{c^{\beta_0}_i\}_i \rangle_A \otimes | \{d^{\beta_0^\prime}_i\}_i \rangle_B}$$と考えるのは一般的にはナンセンスであろう(本稿は哲学であり一般的にはナンセンスなことも検討したい思う。)。

全体のハミルトニアンが$${\hat{H}_- = \hat{H}_A + \hat{H}_B + Y(-t)\hat{H}_I}$$である場合の考察も一般的には行われることはない(私はみたことがない。)。しかし、時間反転対称性が相互作用にあることと熱力学第二法則・エントロピーの増大法則の関係を考察するには、この$${\hat{H}_-}$$について検討することは必須であろうと思われる。私には自明なことと思われるが、系が時間反転対称性を有するのであれば、$${\hat{H}_-}$$の元での温度の変化は、$${\hat{H}_+}$$の元での温度変化の時間反転鏡像である。すなわち、$${t\lt0}$$において、$${t}$$が大きい方が温度差が大きい。

エントロピー増大の法則

$${t}$$が大きい方が温度差が大きいということは、$${t}$$が大きい方がエントロピーが小さいということである。これは、エントロピー増大則と矛盾しているのだろうか。本節では、それについて考察したい。

Wikipediaでは、エントロピー増大則は、

孤立系、及び断熱系において不可逆変化が生じた場合、その系のエントロピーは増大する。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%86%B1%E5%8A%9B%E5%AD%A6%E7%AC%AC%E4%BA%8C%E6%B3%95%E5%89%87

エントロピー増大則は、断熱条件の下で系がある平衡状態から別の平衡状態へ移るとき、遷移の前後で系のエントロピーが減少せず、殆ど必ず増加することを主張する。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%AD%E3%83%94%E3%83%BC

と説明されている。琉球大学の講義では、

エントロピー増大則は以下に述べるように「熱は高温から低温に流れる」という法則になる(熱力学第2法則はKelvinの原理やPlanckの原理として出てきたが、三つめの表現としてこれがある)。

http://www.phys.u-ryukyu.ac.jp/~maeno/td2016/lec9.html

と説明されている。

時刻$${t}$$が小さい方が前で、時刻が大きい方が後だとすると、前節で導いた「$${t}$$が大きい方が温度差が大きい」はエントロピー増大則と矛盾する。しかし、時刻$${t}$$の大小により前後が必ずしも決まるわけではなく、「時刻が大きいときの状態から小さいときの状態に移る」とか言っても良いのであれば、エントロピー増大則と「$${t}$$が大きい方が温度差が大きい」は矛盾しない。

ハミルトニアンに時間反転対称性があるということは、そもそも時間に特定の向き(前後)はないということである。したがって、エントロピーの増大則を「孤立系、及び断熱系において不可逆変化が生じた場合、その系のエントロピーは増大する。時間に向きはないので不可逆変化は時刻の小さい時点から時刻の大きい時点に向かって生じるとは限らない。逆向きの場合もある。」と書いたとしても何か知られている物理法則と矛盾するということはないだろう(ほとんどの人にとって無意味な法則となるだろうが)。

実施可能性とエントロピー増大則

そもそもエントロピー増大則、熱力学の第二法則は経験則であり、何かの正しいと期待されている基礎原理から理論的に導出されているものではない。Wikipediaには、

現時点で「熱力学第二法則」は、データによる検証という意味では正しいが、証明(物理の証明とは、ある法則を別の独立した物理法則から導くこと。ここではミクロな物理法則から、マクロな法則である熱力学第二法則を導くこと。)は未完成であり、統計物理学の懸案事項の一つとなっている。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%86%B1%E5%8A%9B%E5%AD%A6%E7%AC%AC%E4%BA%8C%E6%B3%95%E5%89%87

と記載されている。第二法則を時刻が大きいときの方がエントロピーが大きいと理解するならば、単に第二法則は正しくなく、近似的に$${\hat{H}_+}$$とみなせる実験は行うことができるが、近似的に$${\hat{H}_-}$$とみなせる実験はできないということであろうと私は思う。類似のことは(どう類似しているのか分かりにくいものの)、羽田野さんも「量子力学における『時間の矢』」の中で

初期条件問題,つまり「ある状態が初期条 件として与えられたときに,その後,何が 起こるかを問う問題」の場合には自動的に 崩壊状態が選択され,逆に終末条件問題, つまり「ある状態が終末条件として与えら れたときに,その前に,何が起こったかを 問う問題」の場合には自動的に成長する解 が選択されるのです.

https://www.jps.or.jp/books/gakkaishi/2017/06/72-06researches3.pdf

と述べている。なぜ$${\hat{H}_-}$$とみなせる実験ができないかというと、地球上の生物は、時刻が小さいときの記憶を有しているが、時刻が大きいときの記憶を有していないからである。別の言い方をすると、時刻がその時点より小さいときの五感と外部環境との相互作用の内容によって行動を変えることができる(又は脳の活動も決定論的だと考えると行動が変わる)が、時刻がその時点よりも大きいときの五感と外部環境との相互作用の内容によって行動を変えることができないからである。知らないことに基づいて何か決めることができないのは当然である。羽田野さんも「量子力学における『時間の矢』」の中で同じような趣旨のことを

我々は普段から「自然に」初期条件問題を問いがちなので,崩壊状態を見ることが多いのです.ここまで説明してくると当然のことのように思えますが,我々が初期条件問題を問いがちなのは,実は冒頭に挙げた「心理学的時間の矢」が原因であると考えると,これが決して当然ではないことがわかります.心理学的時間の矢のために,我々がそれを当然と感じてしまうだけなのです.

https://www.jstage.jst.go.jp/article/butsuri/72/6/72_408/_pdf/-char/ja

と書いている(羽田野さんの趣旨は異なるかもしてないが私には類似の見解のように思われる。)。「心理学的時間の矢」とは、

「心理学的時間の矢」は,我々が過去を記憶しているのに未来は記憶していないことを指します. これが我々の「時の流れ」の感覚を生んでいると思われます

https://www.jstage.jst.go.jp/article/butsuri/72/6/72_408/_pdf/-char/ja

ということである。完全に一致してはいないにしても本稿の「なぜ$${\hat{H}_-}$$とみなせる実験ができないかというと、地球上の生物は、時刻が小さいときの記憶を有しているが、時刻が大きいときの記憶を有していないからである。」という見解に近いと私は感じる。

古典論での時間反転

時間反転対称性とエントロピーの増大則の関係を上記のように考察し始めた際には(本稿を書き始めた際にも)、時刻が大きくなっても、小さくなってもエントロピーが増加するというのは、初期状態が積状態という特別な状態であり、その前後のエンタングルド状態とは異なる状態だからであり、量子論に固有のことであり、古典論ではこうしたことはありえないと思っていた。しかし、改めて考え直してみると、エントロピーの変化が鏡像をなし、微分が不連続となることは古典論でもあり得るように思われる。

温度を考察するのは複雑なため、シンプルな粒子数の場合を考えよう。空間Aと空間Bがあり、空間Aには粒子が$${n}$$個あり、飛び交っているとする。一方、空間Bは真空(粒子がない状態)とする。空間Aと空間Bは平面で接しており、その間は粒子と弾性衝突する壁で仕切られているとする。また、空間Aと空間Bは同体積で、接する面以外は粒子と弾性衝突する壁で囲まれているとする。

空間Aの空間Bとの接触面の近傍で、粒子の接触面の壁に垂直な方向の速度の分布を考えよう。弾性衝突壁であるから、壁にぶつかった粒子は同一速度で逆向きに進むようになる。したがって、壁に垂直な方向の速度を$${v}$$、粒子の速度分布を$${f(v)}$$とすると、$${f(v) = f(-v)}$$が成り立つ。そして、時刻$${t=0}$$おいて瞬間的に空間Aの空間Bとの間の壁を無くすと、粒子は空間Bに侵入するようになる。空間Aから空間Bに向かう方向を正にとると、壁がなくなった直後は、$${v \lt 0}$$ならば、$${f(v)=0}$$である。時間が経過すると、空間Aと空間Bにほぼ同数の粒子が存在するようになる。そうなると、再び$${f(v) = f(-v)}$$が成り立つようになる。

その状況で、時間反転したとしよう。すなわち、全ての粒子の速度が反転されたとする。その時刻を$${t_1}$$とすると、時刻$${2t_1}$$において、空間Bには粒子がなく真空で、空間Aに$${n}$$個の粒子がある状態になる。それは、壁との衝突を含む粒子の運動・相互作用は時間反転対称性を有しているとしているからである。粒子の速度分布は時刻$${0}$$と同様に$${f(v) = f(-v)}$$である。ただし、時間反転しているので、$${t=0}$$において速度$${v}$$だった粒子の速度は$${-v}$$なっている。

$${t \gt 2t_1}$$において、粒子は再び空間Bに侵入し始める。すなわち、時刻$${2t_1}$$において空間Bの粒子数は鏡像的に変化する。そもそも粒子数は離散であるため、粒子数そのものの変化も微分不可であるが、$${n}$$が非常に大きく粒子数を連続的に見做し得る場合にも、粒子数の時間微分は非連続に飛躍する(負の値から正の値に飛躍する)。

系間でエネルギーを交換する場合

次に、空間Aと空間Bの間で粒子は通過しないが、エネルギーと運動量の交換が行える場合を検討しよう。両空間ともに、$${n}$$個の粒子があるとする。

両空間の間には、$${t \lt 0}$$の間は断熱壁があり、エネルギーと運動量の交換は行われない。それが、$${t \gt 0}$$では瞬間的にエネルギーと運動量の交換が行える壁に変わるとする。粒子が空間間を移動できる場合と同様に、壁に垂直な方向の速度を$${v}$$とし、空間Aの壁際での時刻$${t=0}$$での粒子の速度分布を$${f_A(v)}$$とする。粒子が移動できる場合と同様に、$${f_A (v) = f_A (-v)}$$が成り立つ。空間Bにも粒子があるので、その分布を$${f_B(v)}$$とする。$${f_B (v) = f_B (-v)}$$が成り立つ。

時刻$${t_1 \gt 0}$$において時間反転したとしよう。すなわち、全ての粒子の速度が反転されたとする。そうすると、時刻$${2t_1}$$において、空間Aの壁際での速度分布が$${f_A(v)}$$に、空間Bの壁際での速度分布が$${f_B(v)}$$になる。時間反転しているので、$${t=0}$$において速度$${v}$$だった粒子の速度は$${-v}$$なっているが、$${f_A (v) = f_A (-v)}$$かつ$${f_B (v) = f_B (-v)}$$なので、速度分布は$${f_A(v)}$$と$${f_B(v)}$$になる。

空間間のエネルギーと運動量の交換が、粒子が厚みのない平面の壁上で正確に直接弾性衝突する場合と同じであれば、両空間のエネルギー(各粒子のエネルギーの合計)の変化は、$${f_A (\cdot)}$$と$${f_B (\cdot)}$$によって決まるだろう。したがって、$${2t_1}$$以降の両空間のエネルギーの遷移は、$${f_A (v) = f_A (-v)}$$かつ$${f_B (v) = f_B (-v)}$$であることから、時刻$${0}$$以降、$${t_1}$$までの変化と同じである。すなわち、時刻$${t}$$の空間Aのエネルギーを$${E_A(t)}$$と書くとすると、$${0 \lt t \lt t_1}$$において$${E_A(t)=E_A(2t_1 + t)}$$である。一方、時刻$${t_1}$$以降、$${2t_1}$$までの変化は、時刻$${0}$$以降、$${t_1}$$までの状況の時間反転であるから、$${E_A(t)=E_A(2t_1 - t)}$$である(この式においても、$${t}$$の範囲は$${0 \lt t \lt t_1}$$である。)。結果として、$${E_A(2t_1 - t) = E_A(2t_1 + t)}$$である。時刻$${2t_1}$$においては時間反転操作は行っておらず、運動方程式に従って粒子は運動している。それでも、エネルギーの値は鏡像的に変化して、時刻$${2t_1}$$における時間右微分と時間左微分の値は異なる(絶対値は同じで符号が異なる)ことになる。

空間間のエネルギーと運動量の交換が、粒子が厚みのない平面の壁上で正確に直接弾性衝突する場合とは異なる場合は、3次元の速度ベクトル$${\bm{v}}$$についての接触面近傍での速度分布$${f_A (\bm{v}) }$$と$${f_B (\bm{v}) }$$により系間で移動するエネルギーは決まると思われる。壁によってはより複雑な場合もあるかもしれないが、$${f_A (\bm{v}) }$$と$${f_B (\bm{v}) }$$により決まると考えれば、十分に一般的な場合にはついて検討できていると思われる。この場合も、時刻$${0}$$において空間Aと空間B内では十分に粒子は平衡状態にあるとすると、$${f_A (\bm{v}) = f_A (\bm{-v}) }$$、$${f_B (\bm{v}) = f_B (\bm{-v}) }$$が成り立っているだろう。そうすると、粒子が厚みのない平面の壁上で正確に直接弾性衝突する場合と同様の議論を行うことができる。従って、エネルギーの値は鏡像的に変化して、時刻$${2t_1}$$における時間右微分と時間左微分の値は異なる(絶対値は同じで符号が異なる)ことになる。

私は、多数の古典的な粒子から構成される系の各粒子の位置と速度が厳密にわかっている状態の温度やエントロピーの定義を知らないので、温度やエントロピーついて何かいうことはできないが、エネルギーが大きくなれば温度が上がるのは正しいと思うので、エネルギーの変化が屈折するのであれば温度もエントロピーも屈折すると考えても良いのではないかと思う。

古典論の場合の抽象化した整理

以上の考察から、古典的な系の状態の空間、すなわち位相空間$${\Gamma}$$は、位相空間の元にそもそもエントロピーが定義可能なのかという疑問を横においておくならば、エントロピーの時間微分が連続で正の値の状態の位相空間$${\Gamma_+}$$、エントロピーの時間微分が連続で負の値の状態の位相空間$${\Gamma_-}$$、エントロピーの時間微分が連続でその値がゼロの位相空間$${\Gamma_\infty}$$、エントロピーの時間微分が不連続で(右微分と左微分の値が異なり)、右微分は正の値、左微分は負の値の位相空間$${\Gamma_0}$$に分解されると思われる。すなわち、

$$
\Gamma = \Gamma_+ \cup \Gamma_- \cup \Gamma_\infty \cup \Gamma_0
$$

である。理念的には、右微分と左微分の値が異なり両方とも正の値であるとか、右微分が負の値で左微分の値が正であるようなものも考えられるが、時間反転対称性と第二法則を両立させるために必要ではないので(特に後者は第二法則と矛盾するので)存在しないとしている。

以前に、「第二法則を時刻が大きいときの方がエントロピーが大きいと理解するならば、単に第二法則は正しくなく、近似的に$${H_+}$$とみなせる実験は行うことができるが、近似的に$${H_-}$$とみなせる実験はできない」と考えるのであれば、本節のような考察は不要と思われる方もいるかもしれないが、私の考えとしては、「近似的に$${H_+}$$とみなせる実験は行うことができるが、近似的に$${H_-}$$とみなせる実験はできない」が、我々が観測する状態にエントロピーが減少する場合がないことの説明として成立するためには、$${\Gamma_0}$$が存在する($${\Gamma_0}$$が空集合でない)ことが必要であると私は考える。その理由を以下で説明しよう。

背理法で説明を行うことにし、$${\Gamma_0}$$が空集合であると仮定する。そうすると、実験開始時点の状態$${\bm{r_0}}$$は$${\Gamma_+}$$の元である。それは、時刻が大きくなるとエントロピーが大きくなる状態は、$${\Gamma_+}$$以外にないからである。この状態$${\bm{r_0}}$$の時間反転状態を$${\bm{r_0^\Theta}}$$とする。$${\bm{r_0^\Theta} \in \Gamma_-}$$である。一方で、我々人間は、$${\bm{r_0}}$$と$${\bm{r_0^\Theta}}$$の区別ができない。例えば、気体を考えると、その気体を構成する分子の速度を全て反転させた状態と元の状態を見分けることはできない。そうすると、準備した状態は、5割の確率で$${\Gamma_+}$$元であり、5割の確率で$${\Gamma_-}$$元であることになる。したがって、5割の確率で時刻が大きくなるとエントロピーが減少することになり、毎回エントロピーが増加するという実験と矛盾する。従って、$${\Gamma_0}$$は空集合であってはならない。

$${\bm{r_0} \in \Gamma_0}$$あれば、$${\bm{r_0^\Theta} \in \Gamma_0}$$であり、初期状態が$${\bm{r_0}}$$であっても$${\bm{r_0^\Theta}}$$であっても実験と整合的である。

上記の理由から、「近似的に$${H_+}$$とみなせる実験は行うことができるが、近似的に$${H_-}$$とみなせる実験はできないのがエントロピーの増大則が成り立つ理由である」が合理的であるためには、$${\Gamma_0 \ne \emptyset}$$である必要があるのである。

まとめ

本稿では、異なる温度の重ね合わせ状態から特定温度の状態への波束の収束を確率解釈できる可能性があることと、熱力学の第二法則と時間反転対称性は特に矛盾するものではなく、したがって、物理的には時間に向きはない(時間の矢はない)と考えても特に問題はないことを述べた。電磁相互作用に範囲を絞れば、存在するのは「心理学的時間の矢」のみである可能性が高いと私は思う。

異なる温度の重ね合わせ(温度の量子力学)と熱力学の第二法則というかなり内容の異なるテーマをこの一つの投稿で扱い始めた理由は、第二法則と時間反転対称性の矛盾を量子力学により解消できるのではと感じていたからである。初期状態が積状態であるという特殊性により時間反転対称性と第二法則が整合するのではと期待していたのである。しかし検討の結果、古典論の範囲でも時間反転対称性と第二法則は特に矛盾するわけではなさそうである(他の人はあるかもしれないが私の認識している範囲ではなくなった。)。一方で、古典的位相空間の元にエントロピーや温度を定義することはできないが、本稿の全半で記載したように、ヒルベルト空間の元には温度を定義することができ(もちろん重ね合わせであるが)、その点で時間反転対称性と熱力学の第二法則の整合性は古典論よりも量子論の方が適切に説明できる可能性が高いようにも感じる。

いずれにせよ、熱力学は、時間反転対称性を破っているとは限らない。時間反転対称性を破っているのは、CP対称性を破っている弱い相互作用と生物の記憶機能の仕組みだけであるかもしれない。と私は思う。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?