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カモメとリスボン

いままで撮った写真で1番は?
真っ先に頭に浮かんだのがこの写真。

Lisbon

もう四半世紀も前にポルトガルのリスボンで撮った一枚。

リスボンから大西洋にそそぐテージョ川で、近くを飛ぶカモメを撮った。奥にリスボンの街が写っている。

白黒フィルムで撮り、自分で印画紙にプリントしたアナログなもので、今回その写真をデジタル画像にした。

あの頃、一眼レフカメラを首からぶら下げて街なかを歩き回っていた。古い建物の鮮やかな藍色のアズレージョタイル、窓から顔を出して手を振る女性、壁をかすめるように走る路面電車、高台のサンジョルジュ城から見るオレンジ色の屋根。シャッターを切ったときの記憶は今も残っている。

でも、ダントツで鮮明に覚えているのはこの写真だ。

リスボンから対岸へ渡るフェリーに乗り、デッキに出た。秋の曇り空。大航海時代、ここからヴァスコ・ダ・ガマやカブラルら航海士が船団を組んで長い旅に出ていたんだよなあと思いを馳せ、ぼーっと景色を眺めていると、遠くからカモメが近づいて来る。そして、すぐそばをフェリーと平行に飛ぶ。あまりに近くて手で触れそうだった。デッキに降り立つつもりだろうかとも思った。はっと我に返り、急いで露出とシャッタースピードを確認してカメラを構え、ファインダーを覗いてシャッターを押す。

カシャッ。

この瞬間、それまでに感じたことのない手ごたえがあった。撮っても撮っても感じられなかった手ごたえに内心あっと興奮した。シャッターを切った瞬間のフレーミングされたカモメとリスボン、水面と空が脳裏に焼き付いた。

それから夢中で撮り続けたが、すぐにカモメは離れていった。フィルムカメラだから現像しないと出来は分からなかったけど、あの手ごたえは最初だけで、たぶん結果は見えてるなと思いつつ現像するとやはり最初の写真がいちばん良かった。写真のなかの、遠く離れたリスボンの街並みの奥ゆかしさが心にしっくりときた。

いま写真を見返すと、笑っちゃうくらい画質が粗いし、露出が甘いのか濃淡のメリハリは無いし、リスボンの街が斜めになってる構図だし、全体的にぼやーっとしていて写真としてのレベルはまったく高くないだろう。でも、それでも良い。自分にとっては想いのこもったベストの一枚だ。

あのとき感じた、シャッターを押した指先の感触、フェリーの音、風の匂い、カモメの顔つきまで、小さな達成感とともに確かに覚えている。

ほんのわずかな時間の濃密な記憶。
その一瞬は、ずっと自分のなかに今もある。

#写真が好き

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