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Quant College レクチャーシリーズ(1)LIBOR廃止とRFR移行のまとめ(前編)

【変更履歴】
2021/7/27 大幅改定
・新規追加:2.2節、4.1節、4.3節、5.2節、6.1節、7章、8章
・修正追記:2.1節、5.1節、6.3節、6.4節

1.はじめに

概要:
本稿は、LIBOR廃止とRFR移行について、可能な限りわかりやすく、体系的にまとめたもの。

当noteリリースの背景:
LIBOR廃止とRFR移行は金融業界全体が影響を受ける一大事であり、大手金融機関のみならず地方銀行や事業法人に至るまで、多くの企業で多大なリソースが割かれ、絶賛対応中である。
ところが本件に関する情報は、最近ではネットから豊富に得られるものの、
・英語で書かれているものが多い
・専門用語や数式がたくさん出てきて、理解に時間がかかる
・基本的な用語から順を追って体系的に学べるものが少ない
・断片的なものが多く、関連情報が一つにまとまった資料は少ない
・各国の当局、中央銀行、検討グループなど情報元が多すぎて、知りたい情報を探すのに手間がかかる

そこで当noteでは:
・実務で重要なポイントにしぼり、できる限りコンパクトに解説
・ほぼ数式を用いずに平易な日本語で説明
・RFR移行で新たに出てきた専門用語を簡潔に解説
・似た用語・概念の違いと、それらの関連について説明
・文献ではあまり説明されていない前提知識を、理解しやすい順番で解説

当noteの著者について:
・クオンツとして新卒入社後、デリバティブ評価関連の実務に長年従事
・LIBOR廃止による評価モデルへの影響調査、ライブラリ改修の実務を経験
・自身の運営するサイトQuantCollegeでは、2017年5月からLIBOR廃止に関する記事を約70本執筆
・2020年1月にリリースした当noteの前バージョンは、マニアックな内容にも関わらず200部以上を売り上げ済み

当noteは以下のような方向け:
・LIBOR廃止対応に追われている金融機関や事業法人に勤務の方
・業務でLIBOR廃止の話題が聞こえてくるが、同僚の話についていけない方
・英語を読むのはしんどいので、日本語で効率的に学びたい方
・ネット上にも詳細な資料は多くあるが、一つにまとめて整理したい方
・必要な資料を集めて読んで体系的にまとめる、という時間を節約したい方

当noteで前提とする知識:
金利スワップなど基本的な金利デリバティブの知識があると理解が深まる

当noteを読んで得られるメリット:
・LIBOR廃止とRFR移行について、全体像を把握できる
・ネット上の英語資料を調べ回る必要がなくなり、時間を節約できる
・頭の中に「地図」ができ、社内やネットの情報を効率的に吸収できる
・自社でどのようにRFR移行の対応を進めればよいか、イメージできる
・RFR、フォールバックレート、ターム物レート、前決め/後決め、フォワードルッキング/バックワードルッキング、といった用語の意味と違いがわかる

当noteに書いていない内容:
以下のような理論的な内容や計算の詳細はスコープ外
・RFRのイールドカーブ構築ロジックの詳細
・複利RFRなどの金利指標、及びそのフォワードレートの計算の詳細
・RFRを参照するスワップやオプションのプライシングの計算の詳細

ディスクレーマー:
当noteに掲載されている記事の内容につきましては、可能な限り正しい情報を提供することに努めてはおりますが、情報の完全性については保証せず、また責任を負いません。
当noteは初心者が理解しやすいことを優先した記述となっていますため、厳密には完全に正確と言い切れない記述も含まれる可能性がある点につきましてはご理解・ご容赦のほどお願い致します。
当noteで提供している記事の内容及びリンク先から、読者様・購入者様へいかなる損失や損害などの被害が発生したとしても、当noteでは責任を負いかねますのでご了承下さい。
当noteはパブリックに公開されている情報を基に制作されたものであり特定の金融機関に固有の情報を含みません。
当noteに記載の内容や意見につきましては、当note運営者の個人的見解であり、当note運営者の雇用主の公式見解ではありません。
当noteの内容を著者の許可なく複製、転載、共有、配布、転用、譲渡、販売することを固く禁じます。上記の禁止事項が発覚した場合は、然るべき対応をとらせて頂きます。

1.1 当noteの構成

当noteの構成は以下の通り。

2章ではLIBOR廃止の概要を把握するのを目的に、経緯、スケジュール、影響範囲について述べる。
3章ではRFR移行を理解するのに不可欠な用語の意味を説明する。

4章ではIBORについて復習し、LIBORとTIBORの特徴を確認する。
5章ではRFRの特徴を述べ、各通貨の具体例を見ながら説明する。

6章ではLIBORフォールバックについて、トリガーやスプレッド調整と合わせて確認する。
7章ではLIBORの後継指標を包括的に分類し、個別の指標について特徴を説明する。
8章では後継指標のうち米国で注目されているCredit Sensitive Benchmarkについて解説する。

9章で当noteをまとめる。

末尾に付録としてレガシーコンテンツを残してある。これは大幅改定前の内容のうち、当note本編に掲載しなかった部分を抜き出したものである。内容が古い箇所も多いので注意されたい(あくまで参考程度に留められたい)。

2.LIBOR廃止のアウトライン

2.1 経緯

LIBORは実取引に根差したレートではなく、また、限られた数の銀行がレートを呈示していた。一部のトレーダーはこれを利用してLIBORを不正に操作することで利益を得ていたことが発覚。

これを受け、LIBORの信頼性に疑念が生じたことにより、LIBORを含むIBOR(アイボー)と呼ばれる一連の金利指標について、その算出や運営を改革する動きが出た。当初はIBORの算出方法・運営体制を改善したものをIBOR+(アイボープラス)として存続させる予定であった。デリバティブには主にリスクフリーレート(RFR)を用い、デリバティブ以外にはIBOR+を用いる、というアプローチ(マルチプル・レート・アプローチ)をとる予定であった。

しかし、そもそも銀行間の無担保取引が減少していることも踏まえ、信頼のなくなったLIBORを廃止する方向に急転換することになった。2017年7月、LIBORの管轄である英国FCA (Financial Conduct Authority) の長官はスピーチで「2021年末をもってLIBOR呈示行(パネルバンク)にLIBORレートの提出を強制することをやめる」と宣言。パネルバンクは現状、LIBORレートの提出が義務になっているが、この強制力がなくなるため、LIBOR呈示が各銀行の自主性に任されることになる。各パネルバンクからすれば、強制されなければ提出する必要性は特段ないわけなので、このFCA長官スピーチによって、2021年末以降、LIBORのクォートが消えることが現実味を帯びてきた。

もともと市場参加者はIBORを存続すると聞かされていたわけなので、このFCA長官のスピーチを受けて、初めは半信半疑という雰囲気だった。しかしその後、国際的な議論が盛り上がる中、徐々に市場参加者の本気度が高まっていくこととなった。

2.2 廃止のスケジュール

ISDAプロトコル(当noteの後編を参照)の準備ができた頃合いを見計らって、2021年3月5日にFCAは正式に、LIBORを廃止する旨のアナウンスを行い、通貨とテナーごとに廃止時期を発表した。各通貨・テナーの影響の大きさに応じて廃止時期が異なる。発表内容は以下の通り。

USD
ON, 12M2023/6/30に恒久的停止
1W, 2M:2021/12/31に恒久的停止、
 その後2023/6/30までは前後のテナーのFixingレートを補間して求める
1M, 3M, 6M2023/6/30に指標性喪失
 Synthetic LIBORの公表は2023/7/1から最長で2033/6/30まで
 (それより早く消える可能性あり)
GBP
ON, 1W, 2M, 12M:2021/12/31に恒久的停止
1M, 3M, 6M:2021/12/31に指標性喪失
 Synthetic LIBORの公表は2022/1/1から最長で2031/12/31まで
 (それより早く消える可能性あり)
JPY
SN, 1W, 2M, 12M:2021/12/31に恒久的停止
1M, 3M, 6M:2021/12/31に指標性喪失
 Synthetic LIBORの公表は2022/1/1から2022/12/31まで
EUR
・全てのテナー:2021/12/31に恒久的停止
CHF
・全てのテナー:2021/12/31に恒久的停止

恒久的停止とは、LIBORレートの公表が完全に停止される、すなわちSynthetic LIBORは公表されない。
指標性喪失とは、金利指標として使えるこれまでの正式なLIBORレートの公表は停止されるが、Synthetic LIBOR(シンセティックLIBOR)が公表される可能性がある。(シンセティックLIBORはLIBORの参考値のようなものだが、詳細は当noteの後編を参照。)また、その場合であっても、Synthetic LIBORの公表はFCAの協議を経て正式決定された場合に限る。

もともと示されていたLibor廃止のデッドラインは2021年末だが、コロナ危機を受け企業はコロナ対応を優先していたこと等を理由に、廃止時期が延期されるのではというウワサも一時期出ていたが、結局、USDのみ18カ月延期されることになった

フォールバックが導入されている契約では、実際の公表停止日までLIBORが後継指標に置き換わることはないが、FCAのアナウンスによって、RFRに対するフォールバックスプレッドのFixingは、USDも他通貨も同時に行われた。(RFRとフォールバックについてはそれぞれ5章と6章を参照。)
具体的なフォールバックスプレッドの値はBloombergのスプレッド確定値一覧を参照。

2.3 影響を受ける商品

契約で変動金利指標としてLIBORを参照するものは全て直接の影響を受けることになる。

デリバティブで影響を受けるのは次のような商品である。

(1)デリバティブ
・金利スワップ
・ベーシススワップ(変動金利同士を交換するスワップ)
・通貨スワップのうち変動Legを含むもの
・金利先物
・FRA (Forward Rate Agreement)
・スワップション
・キャップ/フロア
・LIBOR Exotics(LIBOR参照のバミューダンやリバースフローター等)
など

デリバティブの注意点は次の通り。

インターバンクなど、ISDAマスターに基づく取引はISDAのプロトコルで一斉にRFR移行できる

問題は対顧客取引で、ISDAではなく和文契約書ベースになっているものが多く、個別対応が必要となる

金利スワップはCCPで清算されているため、
・自社がクリアリングメンバーなら、CCPとの契約書が変更
・クライアントクリアリングなら、クリアリングメンバーとの契約書が変更

デリバティブ以外の商品、すなわち現物商品をキャッシュ商品ということがある。キャッシュ商品でLIBOR廃止の影響を受けるのは次のような商品である。

(2)キャッシュ商品
・変動利付債、仕組債
・仕組預金
・ローン(事業貸出、シンジケートローン、住宅ローンなど)
・証券化商品(CLO、RMBS、CMBS、ABSなど)
など

日本におけるキャッシュ商品の注意点は以下の通り。

・事業貸出の一部もLIBOR参照だが、TIBOR参照も多い
・シンジケートローン、証券化商品はLIBOR参照が多い
 (例外はRMBSで、固定金利が多い)

3.用語の準備

3.1 用語:参照期間と計算期間

金利はその参照期間(=観察期間)計算期間(=付利期間)を区別する必要がある。

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